猫の味方

 猫は口入屋と相場が決まっている。というわけで、もちろんこのおふたも口入屋の娘なのである。まぁ、娘として暮らしているという事だけれど。

 それで、行ってみて驚いたのはその家々の配置である。

 口入屋の向かいに妾としての部屋があり、なんとその長屋の隣が糸問屋かいこ屋、喜左衛門の店だったのだ。

 強かにもほどがある。厚かましいというか、厚顔無恥と言った方がいいかもしれない。そんな部屋を借りる喜左衛門の方にも問題はあるが、特におふたが厚かましい。

 そして、その長屋の路地の前で喜左衛門とその妻が私たちを待っていた。

「おふた、どこに行っておったのだ。逃げ出したのかと思ったぞ」

 腕組みをして睨みつける恰幅のいい男は、おそらく喜左衛門だ。その横で布団たたきを担いで今にも襲ってきそうな形相の女の人がその妻だろう。

 そしてもう一人、路地に身を潜める情けないひょろっとした男がいた。

「お、おふたちゃん。おいらを置いていくなんて酷いよ」

「あら、あたしは逃げたり置いて行ったりなんてしないわよ。話題の謎解き屋を連れてきたのよ。根付を見つけてくれるんですって。だから報酬はお願いね、喜左衛門さん」

「そうなのか? まぁ、見つけてくれるなら構わんが」

 すると、黙っていた妻が布団たたきで夫の尻をバンと叩く。

「構うわよ! なんであの女が盗んだ根付を探すのに私たちが金を払わなきゃいけないのよ。おかしいじゃない。あんたもあの女が盗んだんだって言っていたじゃない」

「あ、あぁ。そうだな。そうだな。だが本当に大切な根付なんだ。謎解き屋に依頼したい気持ちは儂にもあるからなぁ」

「あんたは甘いのよ! 何よ、妾なんか囲っちゃって! 知らなかったわよ!」

「だから、それはすまないと言っているじゃないか。おふたは可哀そうな子なんだ。家に居場所がなくてね。それで寂しくて……」

「女は皆そう言うのよ!」

 布団叩きは折れる勢いで振られ続ける。確かに、自分の知らないうちに隣の長屋で夫が若くて可愛い妾を囲っていたら、そうもしたくなるのだろう。

 間男はその間、ずっと路地に隠れ続けている。なるほど、おふたが会ってみた方が早いと言った理由が分かったような気がする。

「そ、それで謎解き屋とやら。どうかね。探せそうかね」

 喜左衛門は逃げ道を探すように、雪平に話しかけた。

「それは調査を始めてみない事には何とも。ですが、無くなった原因くらいは必ず突き止めて見せますよ」

「おぉ、そうか。それは心強い」

 会話の途中にも、奥さんは「なにが調査よ。あの女が盗ったに決まっているのに」とぶつぶつ呟いている。会話は喜左衛門さんがそれを宥めながらとぎれとぎれに進む。

「では昨日から今朝の話を聞かせてもらえますか」

 そう雪平が問えば、奥さんが

「だいたい、あんたがそんな高価な根付を買うからいけないのよ! 駄目だって言ったじゃない。本当にそれだけの価値のある物なんでしょうね? 騙されていたなんて事になったら笑うに笑えないわよ。それもこれも、その女が返してくれない限り無意味なんですけど」

「あら奥さん、あたしは盗んでいないって何度言ったら分かるの? あなた、今朝あたしを素っ裸にして探したじゃない。もう忘れたの? 耄碌するには早いんじゃないかしら」

 おふたが応戦するものだから、話は一向に元に戻っては来ない。

「あの、それで昨日から今朝の事を……」

「あぁ、そうだったな。昨日は昼飯を食べてからゆっくりと午後に根付を見に行ったんだ」

「ふん。どうだか。根付を見に行ったのか女を見に行ったのか分かったもんじゃないわ」

「安心してくれ。その時にはおふたは居なかったよ」

「居たら何したっていうのよ! 腹が立つわね!」

「何もしやしないよ」

「手を付けられない妾がいるもんですか。私だってまだまだ若いとは言えないけれど、それでも十分やる事はできるのよ」

「あら、奥さん。いつから手を付けてもらってないのかしら?私とは、ねぇ?」

「これ、おふた。挑発するのはやめておくれ」

「ごめんなさい。あたし、嫉妬しちゃって」

「そうかい、そうかい。仕方がないねぇ」

 こんな調子なので奥さんがまた地団太を踏む。間男はさらに路地の奥へ隠れてしまうといった悪循環が起きている。

「それで、おふた。あの男は誰なんだね」

 喜左衛門が間男を見咎める。

「あなたが来ないから寂しくて、友人にお酒に付き合ってもらったの」

「そうかい、そうかい。それなら仕方がない。根付さえ返してくれたらもう怒りはしないよ」

「だから根付は盗ってないって言っているじゃない」

「そうかい? でもねぇ」

「でも、何なんですか?」

 話を戻すいい機会とばかりに、雪平が突っ込んで聞く。

「言っただろう。儂は午後に根付を見に行ったと。その時には確かにあったんだ。それからあの家に入ったのは、おふたとあの男だけ。でも男はあの調子だろう? あんな気の小さな男に盗むような真似ができるとは思えないんだ」

 喜左衛門は眉根を寄せて考え込む。

「第三者という事は考えられませんか?」

「それはないと思うよ。後で見てもらえば分かるだろうが、儂は根付を隠すため、長持の底に絡繰り細工の金庫を作ってもらって、そこに仕舞っているんだ。その細工の解き方を知っているのが、儂とおふただけという訳だよ」

「なるほど、だからずっとおふたさんを疑っているわけですか」

「そうよ! その女が盗ったに決まっているんだから!」

 また奥さんが叫ぶ。通行人はもはや見物客のようで、止まって見ていく人もいる。

 すると、路地から「おふたちゃんは盗みなんてしないやい」と声が聞こえてくる。見てみると、例の間男が震えながらこっちを見ている。

「あら、あたしにも味方がいたのね。ありがとう」

 おふたが微笑むと、間男はデレデレと頭を掻いた。

「ほら、ごらんなさい。あんたいい様に使われているのよ。あっちの男にもこっちの男に色目を使うような女なんだから! 目を覚ましなさいな!」

「分かった、分かったよ、おとよ。調査の邪魔になるといけないから帰ろう。ね?」

 そう言って喜左衛門は、案内をおふたに頼んで怒り心頭の妻と帰っていったのである。

「で、お前さんはいつまでそうしているつもりだい」

 雪平が聞くと、おどおどとした調子で間男が路地から出てきた。

「いつまでと言われると、いつまでも隠れていたいんですがね。もういませんかい? 本当に帰りましたか? 実はその辺から覗いていたりしませんかね」

「するわけないだろう。お前、よくそんなんで間男なんてやっているな」

「知らなかったんですよ。まさか妾だったなんて。酷いや、おふたちゃん。でもそんな自由奔放なところも好きだよ」

「あら、ありがとう」

 よくもまぁ、よその男から与えられた部屋の前で愛を囁けるものである。こちらもこちらで神経を疑いたくなる男であるようだ。

「で、間男さんはこれからどうするの?」

「間男さんじゃあいくら何でも酷いじゃないか。おいらは茂助ってんだ。で、どうするってのは何のことだい、お嬢ちゃん」

「何のことも何もないわよ。あなた、この女に二股をかけられていたのよ」

「それでも好きなんだから仕方ないやい」

「どうしようもないわね」

 私と雪平は呆れて、目を合わせると鼻で笑ってしまった。

「とにかく、部屋の中を案内してもらおうか」


 おふたに連れられて部屋の中に入ると、中は物で溢れていた。これはきっと、この二人だけからの贈り物ではないだろう。そう思える量だった。

 鏡台に紅が数種類、簪が何本もあり、櫛も一つではない。高価そうな帯が三つに、帯飾りまである。土間にはぽっくりも置いてあったし、随分といい生活をしているらしい。

 これは疑われるのも分かる気がする。

「どれ、これがその長持か」

 雪平が長持の前にドカッと座り込む。

 しかし絡繰り細工がなかなか解けないらしく、額にねじり鉢巻きをし始めた。

「大丈夫ですかい? 手伝いましょうか?」

 茂助が聞くと、雪平は驚いて振り返った。

「お前が? できるのか?」

「おいらは手先が器用ですからね。絡繰り細工ぐらいならいくらでも」

「そうかい。でもこれは僕の仕事だ」

 雪平は意地になって誰にもそれを触れさせなかった。そうしてしばらくすると「解けた!」という声が響く。

 それは引き出しが枡目状になっていて、そこに一つずつ根付が入っている。

 その真ん中に、ぽかんと一つだけ何もないところがあった。

「ここにあったんだな?」

「そうよ。あったのは龍の根付で、細工も細かくてあの人、とっても気に入っていたの」

「おふたさんは、それが十両もするって知っていたのかい?」

 そう聞かれると、おふたはぷくっと頬を膨らませる。こういう仕草が男を誘うのかもしれないが、私には真似できないなと思った。

「なぁに? 謎解き屋さんもあたしの事を疑っているの?」

「いいや。聞いただけさ」

「知らなかったわよ。根付なんかあたし、興味ないもの」

「そうかい。それが聞けて良かったよ」

 雪平がおふたに微笑むのが何となく気に食わなくて、私は雪平の袖をつかんでせっつく。

「そんな事より、早く部屋の中を調べないといけないんじゃないの?」

「いいや。部屋の中なら喜左衛門さんが散々調べたようだし、きっとここにはないよ」

 そう言われてみれば、部屋は物をひっくり返したように散らかっている。必死になって調べた跡なのだろう。

「それじゃあ、どうするの?」

「さぁて、どこから行くかな」

「おいらも、おふたちゃんの為なら働きますよ」

 茂助もやる気に満ちてこぶしを握る。

 ここまで来て、ようやく私は必要もないのに謎解き屋の手伝いをしている事に思い至ったのだった。


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