第52話 秋

 あの事件からしばらくが経った。

 あの事件はオレにとって、ただの恐怖だけじゃなく、大切なことも教えてくれた。

 人とつながることの意味、自分だけの力では限界があるということ。


 あの火事は古いケーブルによる失火ということになった。

 犠牲者は一名。

 炎の中に飛び込んでいった学生だけだ。


 オレの後遺症もすっかりよくなり、もう幻覚は見えなくなった。

 ちなみにあの時の猫は、今はオレの家で飼われることになっている。


 今は猫用のキャットタワー(犬用のキャットタワーなんてものが存在するとは思えないが)に登ったりして、楽しく過ごしている、と思う。


 名前は、あいつがどう思うかは判らないが。

 桑名智也の下の名前からもらって、『トモ』と名付けた。


 雑種の野良猫ではあったが、妙に賢そうな顔をしている。




 オレはキャンパスを歩きながら、あの火事以来の変化を感じていた。

 もうすっかり秋になっていた。


 木々の間を歩くと、秋の風がオレの頬を撫でる。

 空は深い青さをたたえ、落ち葉の絨毯が足元に広がっていた。

 季節の移ろいを感じながら、オレはここしばらくの期間を振り返った。あ

 の事件以降、オレは自分の中で何かが変わったことを実感していた。


 すると、前に同じ学科の生徒たちを見つけた。


「……おはよう」

 オレは彼らに声をかける。

 以前の俺なら決してしなかった行動だ。


「おはよ、網代くん」

 と彼らはフレンドリーに返してくる。


 彼らの一人がオレに誘いをかけてきた。

「網代くん、今度さ、飲みに行かない?」


 オレは少し驚いた。

 彼らとはそこまで親しくはないが、いい関係を築けているとは思っていた。

 彼らとは、朝挨拶をして、たまに席が近くなった時に話すような関係になっていた。

「ああ、いいね。オレも少し興味あるよ、行ってみたいと思ってたんだ」

 と答える。


「お!? マジ!? やった! ほらな! 来てくれると思ったんだよ!」


「それで、どんな飲み会なんだ?」

 オレは気になって尋ねる。


「合コン! 顔のいいやつ連れてきてくれって言われてさ」


「え。ご、合コンか……」

 合コン。合同コンパの略。

 彼氏彼女が欲しい男女が集まって酒を飲み親しくなるイベント。


 ――いや、合コンか。男同士の飲み会だと思った。

 今からでも断ろうか――いや、でも行くって言っちゃったしな。


「慧くーん。おはよー!」

 そう言って後ろから美月が駆け寄ってくる。


「ああ。おはよう。美月」


「男三人で何話してたのー? ねえねえ」


 オレを誘った男子学生が「ちょ」と言った。


「ああ、実は飲み会に誘われてね。行くっていったところなんだ」


「おおっ。いいじゃんいいじゃん。慧くんいっといでよ。そういうの、たくさん楽しんでほしいからねっ。友達の輪、広げよっ」


 美月がそう言った。

 オレを飲み会に誘った男は顔を青くしている。


「どんな飲み会なの?」


 誘ってきた男が祈るようなしぐさをする。


「合コンってやつらしい」


 オレが言うと、美月は眉毛を釣り上げた。


「慧くん!? やっぱりだめだめ! ダメ! 取り消し禁止! 合コンだめ絶対!」


 誘ってきた男が睨みつけられる。


「あのですね。いいですか? 慧くんは、合コン行くとやばいの。お医者さんに止められてるから、だめです。もう誘っちゃだめだよ? わかった? 刺激が強すぎるからね?」


 そう言って男を詰めていく美月。


「は、はい」


「ごめん、やっぱり行けないかもしれない」

 オレが言うと、誘ってきた男は苦笑した。


「わかったよ。仕方ないな」


 その時、オレの携帯が鳴った。着信は意外な人物からだった。


「あ、ちょっと出る。ごめんな」


 オレは少し離れて電話に出た。

 電話の相手は、研究室の教授だった。


「網代くん、君が元気になっているって聞いて安心したよ。ちょっと話があるんだけど、今度会って話せないかな?」


 オレは少し驚いたが、快く承諾した。

 しかし、なぜオレに……?


 電話を終えて美月のところに戻ると、美月が心配そうにオレを見ていた。

 男子学生たちはもういなくなっていた。


「大丈夫だよ、美月。ちょっと教授から相談があってね」


「そうなんだ……。何かやらかしたり……?」


「多分、そういう事じゃないと思う。なんだろうな」

 この後オレは知ることになるのだが、なぜか教授はオレのプログラミングの腕を買ってくれていた。

 そのことで、ゼミの中で重要な仕事を任されることになるのだった。


「合コン、残念だった?」


 オレは彼女に微笑み返し、合コンには別に行きたいとも思っていないことを伝えた。


「それは、よかった」


 オレは再びキャンパスを歩き始めた。

 秋の風が心地よく、木々の葉が舞い落ちる様子は、なんだか新たな始まりのようにも感じられた。

 美月や新しい友人たちとの関係も少しずつ変わっていくのかもしれない。


 事件を乗り越えて、オレは何かを始めたいと思うようになった。

 プログラミングにもっと力を入れて、いつかは人とAIが共存する未来を作るようなソフトウェアを開発したい。

 あの事件がオレに教えてくれたのは、技術そのものが問題なのではなく、どう使うかが重要だということだ。


 新しい日々が、そこにはあった。






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 あとがき


 ここは読み飛ばしてくださって結構です。

 ここまでお読みいただきありがとうございます。


 カクヨムコンというコンテストに出させていただいております。

 よろしければ、★やフォローでの応援をよろしくお願いいたします。


 この作品はフィクションであり、実在の人物・団体などには何の関係もありません。

 なお作中で行われている行為は現実で行うと犯罪として処罰されるものがあります。

 絶対に真似しないでください。


 もちぱん太朗。

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