35話 俺は違和感にやっと気付いた


 俺たちはダラダラと雑談をしつつ、俺の淹れたコーヒーをみんなで楽しんだ。


「ところで質問なんだが」俺が言う。「アスタロト、お前って魔王のことどう思う?」


 俺は座ったままコーヒーを飲む。

 なぜかロザンナの動きが止まる。

 ロザンナは椅子に座っていて、右手でコーヒーカップを持っている。

 アスタロトはコーヒーカップをテーブルに置いて、俺の方を見た。


「魔王様をどう思うか? と? なぜ突然?」

「いや、ちょっと気になっただけで深い意味はねぇよ」


 俺は気楽に言った。

 単純に、みんなが俺を応援しているから、気になっただけ。

 魔王軍なのに魔王じゃなくて俺を応援するってことは、俺がよっぽど好かれているか魔王がよっぽど嫌われてるかだろ?

 そして前者はないだろうし。


「ふぅむ」


 アスタロトが真剣な様子で悩む。

 ロザンナが俺とアスタロトを交互に見ている。

 どうしたんだロザンナ。


「はい!」突如ニナが右手を上げた。「人類的には倒すべき敵って話だったけど、あたし個人としては面倒だからスルーしたい!」


「そういう感じじゃなくて」俺が言う。「好きとか嫌いとか、もっと感情的な質問だな」


 ロザンナがビクッと身を竦めた。

 だからどうしたロザンナ。

 もしかして魔王のオッサンに惚れてるのか?


「別に可もなく不可もないかな」とニナ。


「わたくしは大嫌……」


 エレノアがボソッと言って、ロザンナがエレノアを睨む。

 エレノアが慌てて言い直す。


「大好きであります!! 大嫌いなどと、そのようなことが、あるはずが、ござ、ございませんよ! はっはっはっは!」


 笑いながらテーブルを見るエレノア。

 エレノアは魔王のことが嫌いっと。

 仲よさそうに見えたけど、やはりお漏らしするほどビビらされたせいか?



(アルトどうしていきなり、ぼくのことを好きか嫌いか聞いて回ってるの!? 何が目的!?)


 ロザンナはビクビクしていた。

 アルトの目的がさっぱり分からないからだ。


「我は」アスタロトが言う。「魔王様が大好きですねぇ。あ、性的な意味ではなく」


 性的な意味だったら、ロザンナはしばらくアスタロトを避けていた。


「そりゃ、性的な意味じゃねぇよな。逆に性的な意味だったらビビるぜ」


 アルトが笑った。


(それって、ぼくに性的な魅力がまったくないって意味!?)


 ロザンナは激しくショックを受けた。


「ビビも魔王様大好き~♪」


 ビビが媚びるように言った。

 まぁビビはいつも強者に媚びているし、なんなら人間にも媚びているので、ロザンナはあまり本気にしなかった。


「……ロロは、よく分からない……」


 言いながら、ロロは自分の尻尾を囓った。


(ぼくはロロのことがよく分からないよ!)


 ロロを連れてきたのはアスタロトだが、アスタロトもロロの正体を知らない。

 ただ、ロロは恐ろしく強い。

 ロザンナより強い可能性もある。


「ワシとしては、ワシより強いところが魅力的だと思っているが……」


 脳筋なジョージが言った。

 ジョージは強いか弱いかが判断基準の一番上なのだ。


「ふむ。概ね好意的って感じか」とアルト。


「ア、アルトはその……」ロザンナは勇気を振り絞って言う。「どう、思ってるの?」


「俺がどう思ってるか、の前にロザンナはどう思う?」

「ぼく!?」


 ロザンナは酷く驚いた。


(ぼくがぼくをどう思うか? それって哲学的な問い? それとも、魔王という役職をどう思うか? あるいは、今後魔王としてどうありたいか、とかそういう意識高い系の質問?)


「好きなのか?」とアルト。


「……よく分からないよ……。考えたことも、ないし……」

「そっか」

「それで……アルトはその、どう思ってるの?」

「あー、全体的に、面倒臭いなって」

「面倒臭い!?」


 ロザンナは勢い余って立ち上がった。

 みんなの視線がロザンナに集中する。

 こういう反応が面倒臭いのかな、と思ってロザンナはゆっくり座り直した。


「まぁでも嫌いじゃねぇな」

「本当!?」


「ああ」とアルトが頷く。


「でも好きってわけじゃ、ないよね!」


 ニナが焦った風に言った。

 ロザンナがニナを睨み付ける。

 勇者と魔王の一触即発の雰囲気に、誰かが唾を飲んだ。


「ではアルト様」エレノアが堂々と言う。「勇者と魔王とわたくしなら……」


「「黙れ」」


 ニナとロザンナの声が重なり、エレノアは黙って縮こまった。


「そ、それより」ポンティが発言。「大聖者様が負けた時にどうするか、考えた方がいいのでは?」


 それは酷く大切なことだったので、ロザンナとニナの睨み合いが終わる。

 誰かがホッと息を吐いた。

 その時。

 窓から差し込んでいた陽光が遮られた。


「来た、か」


 そう言ったのはアスタロト。


「早いなぁ」アルトが苦笑い。「まぁいい。出迎えよう。玄関からな?」



 外に出ると、無数のドラゴンが空を埋め尽くしていた。

 俺は生まれて初めて見るその光景に、ちょっと気圧された。

 魔王のオッサンもそこに浮いている。

 オッサンは人間の姿だ。

 オッサンの隣には凶悪そうな金ぴかのドラゴンが滞空している。

 そのゴールドドラゴンは「あぁ、こいつがケイオスだな」と一目で分かる威厳を備えている。


「ケイ……オス」


 アスタロトが金竜を見ながら言ったので、間違いない。

 オッサンは魔王軍よりケイオスを選んだのか?

 この辺りの関係性がよく分からないな。

 俺が頭を悩ませていると、オッサンがスゥっと降りてくる。

 俺の前に着地したオッサンは、ニヤッと笑った。


「準備は万端みたいだなぁおい」


「まぁな」俺は肩を竦める。「ところで、オッサンはドラゴンたちをどうしたいんだ? あと魔王軍はどうするんだ?」


「ああん?」オッサンが顔をしかめる。「ドラゴンたちは、別にただ俺様に付き従ってるだけだろ。俺様も同族には多少、優しい気持ちが湧かないでもないしな」


 ん?

 あれ?

 ケイオスもオッサンに従ってるのか?

 もう倒しちゃった系?

 だとしたら、魔王のオッサンどんだけ強いんだよ。

 人類も魔王軍もケイオス対策で共闘するとか言ってたのに、お前1人で解決しちゃってんじゃん。


「魔王軍に関しては」オッサンが言う。「特に考えたこともねぇなぁ。まぁ、邪魔なら滅ぼすだけだ」


 魔王軍の面々がビクッと身を縮めた。

 え?

 お前の軍じゃねぇの?

 なんか話がおかしい気がする。

 何か前提が間違っているのでは?

 俺は付きまとう違和感の正体を掴もうと思考する。

 何が間違っているのだ?


「比武をするってんなら」俺が言う。「まずはお互い、正式な名乗りを上げようぜ」


 そう、オッサンの情報をオッサン自身から聞き出して確認しようと思ったのだ。

 素直に聞けばいいのかもしれないが、俺だけが勘違いしていたら恥ずかしいし。

 自然な流れで確認したい。


「ふむ。良かろう。まずは小僧から名乗れ。ドラゴンたちに聞かせてやれ、小僧が何者なのかをな!」


 オッサンが言って、俺は空を見上げる。

 いやー、本当に多いなぁ。

 世界中のドラゴンが全部集まったのかな?


「俺はアルト、平均的なヴァンパイアのアルトだ」


 俺の名乗りを聞いて、オッサンが爆笑する。


「平均的だと!? くははははは! 小僧が平均的!? それが正式な名乗りか!?」

「ああ。俺は平均的だ。長生きってだけさ」

「……え? 本当にヴァンパイア? まさかね……」


 ヒソヒソとポンティたちの言葉が微かに聞こえた。

 まだ信じてくれないらしい。


「ふん。じゃあ俺様の番だな」


 オッサンが大きく息を吸い込む。

 そして、世界が震えるような大声で言った。

 いや、魔力を乗せた声で言ったのだ。


「俺様は破壊と混沌をこよなく愛する古の変異竜! ケイオス様だ!! 世界は!! 文明は!! 生命は!! 等しくこの俺様に破壊される権利があるっ!! 小僧!! 世界の命運を賭けて俺様と戦え!!」


 ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!

 オッサンがケイオスなの!?

 じゃあ魔王は誰だよぉぉぉ!!

 俺は知らない奴を好きか嫌いか聞いて回ったのかぁぁぁ!!

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