20話 ドラゴンの肉を分けようぜ


 エレノアがローブの内側からスッと水筒を取り出した。

 そして、その中身を一気飲みした。

 急にどうした!?

 俺は驚いたが、とりあえず見守ることに。

 飲み干したエレノアの口に、赤い液体が付着していたので、俺はサッとハンカチで拭ってやる。

 そうすると、エレノアが照れた風に頬を染めた。


「ど、どうも……」


 エレノアはそう言ったあと、スキップするようにドラゴンの死体に近づく。

 そして、さっき空にした水筒にドラゴンの血液を注いでいる。

 なるほど。

 ドラゴンの血は俺も興味あるな。

 前に飲んだ時は魔力の量が少し上がった覚えがある。

 と、ドラゴンの死体を見ようと人間たちが集まってきた。

 周囲がザワザワと騒がしくなる。

 俺はとりあえず、自分の分のドラゴン肉を切り分けようと思った。

 そんなに多くはいらないし、残った肉は人間たちで食えばいい。


「あー、俺はこれからドラゴンの肉を切り分けるんだが、欲しい奴いるか?」


 ついでに切ってやるぞ、と俺。

 勇者パーティ全員が手を挙げた。

 あと、集まっていた人々も手を挙げていた。


「ふむ。じゃあ早速」


 俺は異次元ポケットから包丁代わりのショートソードを取り出す。

 剣には短く、短剣には長いっていう半端な代物。

 子供用の剣って感じなので、エレノアにプレゼントしてもいいなぁ、とか思った。

 しかしまぁ、切れ味は割といい。


「ちょちょちょちょちょちょ!」


 魔法使いがズイッと俺に顔を寄せた。

 近いっつーの。

 俺は一歩後退して距離を取った。


「それ、今のそれ、異次元ポケット!?」

「ああ、そうだが?」

「嘘でしょ! そんな伝説級のアイテムを持ってるなんて!」

「伝説も何も、うちの村じゃみんな持ってるぞ」


 こっちの大陸じゃ、異次元ポケットが貴重なのか?


「勇者!?」魔法使いがニナに詰め寄って胸ぐらを掴んだ。「あんたも持ってるの!?」


「えっと、この巾着がそうだよ?」


 ニナは腰に装備している巾着をパンパンと叩いた。


「なんであんたの村には異次元ポケットが大量にあるの!?」魔法使いは興奮した様子で言う。「てゆーか、あんた、それあんまり使ってなくない!?」


「だ、だってあたしの持ち物って、ライトニングだけだし……」

「異次元巾着いらないなら、ちょうだい!」

「嫌だし。これアルトの手作りなんだもん」


 グイッと魔法使いを押して、距離を取るニナ。


「手作り!?」


 魔法使いがグルンと首を俺の方に向けた。

 怖っ!


「村人が不便しないように配ったんだよ。大したもんじゃねぇぞ?」

「大したもんじゃない!? 異次元ポケットが!?」

「ああ。作るのだって簡単だぞ」

「教えて!」


 魔法使いが再び俺に寄ってくる。


「巾着でもポケットでも、空間魔法を付与して中を広くすればいいだけだな」俺が淡々と教えてやる。「あと、大きな物も収納できるように、転移系の魔法も付与。ああ、それから、必要なものを取り出せるように、こっちの思考を読んで手に転移させる魔法も付与するんだが、これは一般人には少し難しいかもしれない」


「……え?」と魔法使い。


「まぁ最後のは、それなりの魔法使いじゃないと難しいと思う。でもまぁ、全体的には簡単な方だろ?」


「どこが!?」魔法使いが目を剥いて言う。「空間魔法を付与する時点で、大陸最強の大魔法使いでも、できるかどうか分からないんだけど!?」


「まぁ空間魔法は魔法そのものの練度より、空間認識能力が必要だしな」


 俺は割とその能力が高い。


「……練度の時点で無理……」


 小声だったのでよく聞こえなかったが、もう俺に話している風ではなかったのでスルー。

 魔法使いが死んだ魚のような目で、フラフラと聖女の方に歩いた。

 そして聖女の胸にポスンと自分の顔を埋める。

 やっと肉が切れると思って、俺はドラゴンの方に視線を移す。


 そうすると、エレノアがドラゴンの死体に抱き付いて、かぶりついていた。

 吸血しているのだけど、お前、今の姿はちょっと情けないぞ……。

 人間の子供たちが「あのお姉ちゃんどうしたの?」と質問して、「見ちゃいけません」と親が宥めている。

 俺は溜息を1つ吐いた。


「あ、あの、大聖者様」騎士が言う。「その剣は……この聖剣に勝るとも劣らない輝きが見えるのですが……」


「え? ただの包丁代わりのショートソードだぞ?」

「包丁代わり!?」


 騎士が驚いて叫び、目を剥いた。


「あ、そういえば、魔力を込めたら星が降ってくるというオマケも付いてるが、使いどころがねぇんだよな」

「『星降りの剣』!?」


 騎士が叫び、そして微かに震える。


「そういや、そんな名前だったか。『霜降り肉も切れる包丁』、通称『霜降り包丁』の方がピッタリな名前だけどな」


 俺は肩を竦めてから、ドラゴンの死体の方に近寄る。

 そしてエレノアを引き剥がす。


「はっ! あまりの旨さというか、魔力が漲る感じが気持ちよすぎて我を忘れていた……」


 エレノアが驚いたように言った。

 どうやら、エレノアの魔力量が増えたようだ。

 さて、と。

 俺は4つと首に分かれているドラゴンの死体の1つを、霜降り包丁でスパパパンと切っていく。

 1万年の自炊生活が活きるぜ。


 俺は料理が割と得意だし、一時期は趣味だったこともある。

 あっという間に、ドラゴンの死体の1つをステーキサイズの肉片に変えた。

 これは俺の分なので、異次元ポケットに仕舞っておく。

 骨も出汁を取りたいので一緒に仕舞う。

 ちなみに異次元ポケットには時間停止の魔法も付与しているので、腐ることはない。

 次の死体に寄っていき、同じように切り分ける。


「これはお前らのだ」


 俺はニナを見ながら言った。


「やったねみんな! ドラゴン肉が食べられるよぉ!」


 ニナが嬉しそうに言って、肉を異次元巾着に収納。


「で、残りは村人……じゃねぇ、街の人らで分けろ」


 この街は村と呼ぶには大きすぎる。

 俺は残り2つの死体も綺麗に解体。

 街の人たちが肉を回収して行く様子をぼんやり眺めつつ、霜降り包丁を異次元ポケットに仕舞う。


「エレノア、肉はどうする?」

「わたくしは……異次元ポケットもないので、アルト様が料理する時にわたくしの分も1つ作って頂ければと思いますが」

「分かった。任せろ」


 ついでにロザンナにも作ってやるか。

 頭の中でドラゴン肉をどう料理するか思考。

 シチューは確定なんだけど、あとはステーキと、何にしようかな?


「……1回、屋敷に帰るか」


 料理するなら自宅がいい。

 魔王城のキッチンを借りる手もあるが、使い慣れた道具のある我が家が一番だ。


「エレノア、頼みがあるんだが」

「はいアルト様! なんでも言ってください!」


 エレノアは俺に頼まれるのが嬉しいのか、キラキラした瞳で言った。


「父上な?」

「はっ! そうでした! 父上のお願いなら、わたくしは何だって聞きます!」

「ビビを呼んで来てくれ」

「何故あのクソビッチを?」

「いや、ほら、魔王軍との調整役だろあいつ」


 本来、俺の役目だったのだが。

 別に俺は四天王として頑張って働こうとは思ってないし、このままビビに任せようと思う。

 俺はそもそもニナと話したかっただけだしな。

 はっ!

 そうだ、俺、ニナに魔王軍の四天王にされちまったから、しばらく勇者活動を自粛してくれと頼む予定だった。

 そう、俺が後継者を決めるまで。

 まぁ、ケイオスが片付いてからでもいい。

 しばらく共闘するはずなので、俺とニナが敵対することはない。


「ふむ。そうでしたな。では取り急ぎ、行って参ります」


 エレノアが【ゲート】を使用し、その場から消える。


「えええ!? あの子、ゲート使えるの!?」


 魔法使いが驚いて言う。

 そして聖女に抱き付き、「わたし、自信がなくなった……」と半泣きで語った。


「あなたも使えるでしょう?」


 聖女が魔法使いの頭を撫でながら言った。


「……子供に使えるほど簡単じゃないのよ……」

「そこはほら、領主で妖精女王の部下で種族不明の大聖者様の娘だから……」


 言いながら、聖女は俺の方をジッと見た。

 種族はヴァンパイアだって言ったじゃん!?


――あとがき――

ここから隔日更新とさせて頂きます。

21話は明後日(20日)の18時です。

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