13話 乗るしかない、この流れ


「やはりこの食堂は美味しいですね!」


 エレノアはスッポンと人間のブレンド血液ジュースを飲みながら言った。

 俺はカツ丼を食いながら頷いた。

 確かに美味い。


「血液のレパートリーも豊富なのです! 最近のわたくしのお気に入りはこれ! アルト様もいかがですか?」


 エレノアが飲みかけのブレンドジュースを俺に差し出す。

 ちなみに、エレノアは俺の隣に座っている。


「いや、俺は村に帰ったら献血してもらうからいい」

「なるほど! 強制的に血を提供させ、支配者が誰か定期的に分からせていると!」


 違う、そうじゃない。

 お前は献血の意味を辞書で調べろ!

 そんなことを思いながら、俺はカツ丼を食った。

 そうすると、食堂に妖精たちが大挙して押し寄せてきた。


「くっ、やかましい小虫どもが……」


 エレノアが不快そうに言った。

 妖精たちはみんなお喋りしているので、確かに少しうるさい。

 ちなみに妖精たちの大きさは20センチぐらい。

 少し遅れて妖精女王で四天王のビビも食堂に入った。

 やっぱ四天王も普通に食堂使うんだなぁ。

 ビビと妖精たちが注文している時、種族不明のロロちゃんもやってきた。

 四天王が勢揃いだな。

 そう思ったのは俺だけじゃなかったようで、周囲がざわついた。


「珍しいな……四天王が揃うなんて」

「嵐が……来る?」


 そんな声が聞こえてくる。

 心配するな、嵐みたいなのはビビとその取り巻きだけだ。


「アルト」


 ロロが俺の前に座った。


「ん? なんだ?」


 俺はちょうどカツ丼を食い終わったところ。


「……ロロの尻尾、デザートにいる?」

「いや、いい」


 尻尾をデザートにするって、どういうことだよ。


「……そう……」


 なんで残念そうなんだよ!


「やっほー! アルト! ロロ!」


 ビビがロロの隣、エレノアの前に座った。

 他の妖精たちは好きな場所に散らばっている。


「それからちびっ子」

「誰がちびっ子だ貴様!」


 ビビがからかうように言って、エレノアがガタンと立ち上がった。


「やめろ」


 俺はエレノアの腕を引っ張ってもう一度座らせた。

 そんなに好戦的だと早死にするぞ?

 俺のようにノンビリ、広い心で生活すれば長生きできるのだ。


「ぐぬぬ……」


 エレノアは悔しそうにビビを睨んだ。

 ビビは楽しそうに笑っている。

 妖精の悪戯ってやつだな。


「ねーねー、アルトはいつ勇者のところに行くのぉ?」

「あー、それなぁ……」


 実はまだニナと何を話すか決めてないんだよな。

 時間が取れるならゆっくり全部説明するけど、それは難しいのではないかと思う。

 だから簡潔にまとめる必要がある。

 俺が伝えるべきことを。


「まぁ夕方くらいかな」


 時差があるので、今行っても向こうは真夜中とかだろう。

 正確にどのぐらい時差があるのか分からないけれども。

「えー? もっと早く行こうよぉ! 退屈! 妾、退屈!」


「ん? ああ、じゃあ昼ぐらいにするか? ってお前には関係ないだろ!? 危うく流されるところだったぜ!」

「わー! お昼にアルトが勇者を倒しに征くんだってみんな!」


 ビビが大きな声で宣言した。

 食堂がお祭り騒ぎになった。

 あれ、これ、昼に行かないとダメな雰囲気じゃね?

 なぜか魔界の連中はみんな、俺が勇者と戦うのを楽しみにしているようだ。

 他に娯楽ねぇのかよっ!

 そう思ったけれど、俺は引きつった笑みを浮かべるだけに留めた。

 と、俺の肩にジョージが手を置いた。


「お手並み拝見させてもらうぞアルト殿」

「あ、ああ……」


 俺はとりあえず頷いた。

 やべぇなこれ。

 俺はニナと戦うつもりはない。

 話し合う予定なのである。

 と、その時、誰かが手をパチンと叩いた。

 その時の音に魔力が乗っていて、食堂に軽い衝撃が走ったような感じになった。


「注目」


 手を叩いた者、ロザンナが言った。

 食堂内が一瞬で静まり返る。

 ロザンナも飯食いに来たのかな?


「ひぃぃ」


 エレノアが俺に抱き付く。

 どんだけビビってんだよ。

 これ、エレノアの教育係にロザンナを抜擢したら面白そうだな。


「魔王軍情報部によると」ロザンナが言う。「ケイオスの復活がほぼ確定したみたい」


 ケイオスって何?

 俺はそう聞こうと思ったけど、聞けそうな雰囲気じゃなかった。

 みんな表情が引きつっていて、数名は「ひっ」と短い悲鳴を上げた。

 誰かが「そんな……」と言って、別の誰かが「世界の……終わりだ……」と言った。

 大袈裟な連中だな。


「ほぼ確定、の状態であるけれど」


 ロザンナは淡々としている。

 まるで業務のように。

 あ、業務なのか?

 魔王軍情報部に所属してるのか、ロザンナは。


「最優先で対処したいと思う。それで」


 ロザンナが俺を見た。

 みんなの視線が俺に集中する。


「アルト、勇者を殺したくてウズウズしてると思うけど」


 いや少しもウズウズしてねぇよ。


「勇者を倒すのはちょっと待って欲しい」

「え? なんで?」


 いや、倒す気なんて最初からないけども!

 ケイオスって奴と勇者に何の関係があるのか分からない。

 だからこれは単純な質問に過ぎなかったのだが。


「な、なんで反論するのよ……」ビビが引きつった表情で言う。「いくら四天王最強だからって……」


「アルト殿」ジョージが俺の隣に腰を下ろした。「異を挟む場面ではないと思うが……」


 んんん?

 俺は反対したわけじゃないぞ?

 質問したんだ、質問。

 コホン、とロザンナが少し困った風に言う。


「ケイオスを倒すために、勇者とは共闘する可能性があるから……。その、アルトは勇者を殺したいだろうけど、今回だけはぼくの顔を立てると思って、言う通りにして欲しいかな」


「そうだな。分かった。勇者を殺さない」


 元から殺すつもりはなかったし、そもそも戦う気もなかったので、俺にとっては好都合。

 この流れに乗っておいて損はないぜ!

 俺の発言で、周囲の連中がホッと息を吐いた。

 ちなみにエレノアはずっと俺に抱き付いたままである。


「ありがとうアルト」ロザンナも安堵した風に言う。「この借りはいつか返すからね?」


「そうしてくれ」


 借りもクソもないけど、俺はもう流れに乗ると決めたのだ。


「さて、それじゃあ早速だけど」ロザンナが言う。「誰か勇者との連絡係に立候補してくれないかな?」


「目が合ったら殺されると思う……」と誰かが言った。

「さすがに怖すぎる……」と別の誰か。


 魔物にとっての勇者ってそんな感じなんだなぁ、と思った。


「危険なのはぼくも理解してるよ」ロザンナが言う。「ぼくが直接行ってもいいけど、話が拗れた時に、大陸の半分が消し飛ぶかもしれない」


 どんな拗れ方したらそうなるんだよ!

 ニナは何も考えてない奴だけど、さすがにそこまでの破壊はしねぇよ!

 だが俺以外のみんなは納得したようだった。


「ふむ……。一応、面識もあるし……ワシが行くか」


 あまり気が乗らないような感じだが、ジョージが立候補。


「てゆーか、俺が行くぞ」


 俺が手を挙げる。

 ニナとは話したかったし、魔王軍公認でゆっくり話せるならそれも好都合。


「いやいやいや」ビビが首を振る。「殺しちゃダメなんだってば!」

「アルト……」ロザンナが言う。「話し合いだよ?」


 お前ら俺を何だと思ってんの?


「分かってる。大丈夫だ。ケイオスが復活したと伝えて、共闘しようって話せばいいんだろ? 簡単だ」


 俺は未だにケイオスが何か知らないけれど。

 それでもニナとは仲良しだから話し合いなら俺に任せろ。


「なるほど!」いきなりエレノアが俺から離れた。「かつての魔人竜戦争を知っているアルト様の言葉なら、勇者も耳を貸すかもしれないと! そういうことですね!」


 どういうことだよ。

 魔人竜戦争?

 俺はキョトンとしたが、俺以外は納得した様子だった。

 さっきから疎外感が半端ねぇな!

 やべぇな、ここらで1度、歴史の勉強をした方が良さそうだ。

 前に歴史書を読んだのって、そういやもう6000年は前だったな。


「そういうことだから、俺に任せろ。勇者を説得してみせよう」


 俺は流れに身を任せて自信満々に言った。

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