第53話:火は作られた


 僕とリッカはジルと挨拶もそこそこに、銃の量産を行っているという工場こうばに案内された。


「ほんと苦労したんだからね!」


 そう言うわりに笑顔で満足気なジルを見て、僕とリッカは顔合わせて苦笑してしまう。


 工場は広く、中で作業している人々の中には見知った顔がいくつかあった。その全員がかつてイスカ村に住んでいた者達だ。


 このハルキアへと移住した彼らに農業のは別に銃量産の仕事をあてがったのだが、見たところ問題なくやってくれているようだ。


「試作を繰り返すこと三十六回! ようやく実戦で使えるものが完成したわ! それがこれ!」


 ジャジャーンと言わんばかりにジルが手を広げ、台の上に置いてある銃を披露する。


「のボルトアクション式ライフル、〝HKハルキア-37〟よ! 有効射程は一応モデルと同じ五百メートルだけども、もう少し短く想定した方がいいかも」


 木製のストックに、氷鉄グラシアイアを使った銃身。モデルとなった古ドワーフ製の銃と同じボトルアクション式で姿は酷似しているが、いくつかの機構は簡素化されている。


「こっちが専用弾。最大装弾数は五発。まとめてクリップで装填できるし、一発ずつ装填することも可能よ!」


 HK-37の横に専用弾らしき金属薬莢の銃弾が置かれていた。銃弾五発を縦に並べて固定化されているものもあり、これを使えば五発装填するのも一瞬だろう。


「どれ」


 リッカが慣れた手付きで銃を手に取り安全装置を外し、構える。彼女が愛用しているリボルビングライフルとは機構が違うが、どうやらボルトアクション式の訓練もおこなっていたようだった。


「……悪くない。ちょっとだけ硬い感触があるな」

「グリスが足りないのかな? あとで技術者と相談してみる」


 ジルがメモをし始め、リッカが気になる点をいくつか挙げていく。しかしどれもそれほどの問題でもなさそうで、すぐにでも修正できるようなことばかりだ。


 正直、このレベルまで再現できているとは思わなかったから驚きだ。


「素晴らしいね。流石だよ、ジル」


 僕がそう褒めると、ジルが喜びを隠しきれない様子で手をバタバタと振った。


「わ、私の功績じゃないって! このハルキアの街の職人の腕が素晴らしいのよ! あとイスカ村の人達もよく働いてくれてるし、王都からの技術者や設備の手配をウル王子がしてくれたおかげよ」

「それをまとめてくれたのはジルだよ、ありがとうね。ところで実際にこれと銃弾は今どれぐらいできてる?」


 僕がそう尋ねると、ジルが難しい顔をする。


「今は完成品が三十丁。銃弾は数百発ほど。ただ、まだ作業工程の効率化をできていないから、一週間の生産量はせいぜい十丁が限界ね」


 ノウハウがないなかで、ゼロから立ち上げたにしては上々だろう。


「悪くないよ。実戦配備についてはもう少し先になるから、それまでにある程度の数は用意しておきたいね」


 実際のところ、霜つく刃ヴロスアングには既に武器庫で見付けた銃を配備済みだ。ただし精鋭のみであり、僕としてはそれ以外の兵士についてはこのHK-37を使わせる予定だ。


 その中には当然、コボルトも含まれている。


「とりあえずこれを十丁と銃弾をイスカ村に送っていいかな? 向こうで射撃訓練をさせたい」

「もちろん。でも恐ろしい話ね。氷狼族ジーヴルとコボルトを銃で武装させるなんて、何と戦うつもりよ」


 ジルが呆れたような顔で僕を見てくる。


「それはもちろん――悪魔とだよ」


 この世界のこの時代にこの銃は、はっきり言って明らかにオーバースペックだ。だが相手には重力を操作したり、不死身だったりするチート持ちが複数いるのだ。


 悪魔に対抗するための火は作られた。あとはいかにこれを守るか。


 これまではずっとアルマ王国にしてやられてばかりだが、そろそろこちらから動く時だ。


「リッカ。実験的に実戦でも試したいから、霜つく刃ヴロスアングの兵にこれを装備させて投入するよ」


 その言葉に、リッカがニヤリと笑った。本当に彼女には狼の笑みがよく似合う。


「了解した。それでどう動く?」

「詳細はあとで話すけど、ざっくり言うと少数で公爵派にちょっかいをかける」

「バレないようにか?」

「いや、むしろ王族派の仕業だと匂わせるけど、決定的な証拠は残さない。難しいかもしれないけど、できるだろ?」


 僕がそう問うと、リッカが大きく頷いた。


「任せろ」


 その力強い言葉に、僕は安心する。

 アルマ王国侵略の前にまずは――前哨戦だ。


「ジル、報告書によると隣のフィリビア領に色々嫌がらせを受けているらしいね」


 フィリビア領とは、このヴァーゼアル領の東に位置する領地で、治めているのは公爵派の中でも中核に位置する貴族の一人、バルトス伯爵だ。


 フィリビア領は鉱山資源が豊富であり、HK-37にも使っている氷鉄グラシアイアの一大産地でもある。


「そうなのよ! 氷鉄グラシアイアの輸送団を襲う野盗が好き勝手してて! エリュシオン王家の旗を掲げてるのにもかかわらずよ!? あのクソヒゲ伯爵に抗議しても〝野盗については善処する〟とかなんとか言うだけで、なーーーんにもしてくれない! さらに護衛料も通行税もバカみたいに釣り上げてきて、最短経路を道路強制で禁止して遠回りさせられるし!」


 なんとも分かりやすい、公爵派による工作だろう。ならばこちらも指を加えて見ているわけにはいかない。


「野盗が出るらしいよ、リッカ」


 僕がそう話を振ると、心得たとばかりに彼女が口角を歪ませた。


「そりゃあ怖いな。せいぜい気を付けないと」

「そうだね。王族の輸送団を襲うぐらいの奴らだ。きっと貴族なんてお構いなしで襲うだろう」

「フィリビア領は気の毒だな、そんな野盗がのさばっているなんて」

「本当にね。バルトス伯爵にも僕の方から注意喚起しておくよ――、と」


 そんなやり取りを見ていたジルがため息をついて、こう呟いた。


「……物騒な話」


 それは本当にその通りだった。


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