第10話

あの日からネロとアルは、リーラ、ランディとは別の場所で寝起きするようになった。


それと同時に二人の行動範囲もどんどん広がり、毎日の学習や剣の訓練など、それぞれ興味があることを熱心に取り組んでいる。


ランディは、「寝るまでの間も、色んなことを吸収したいんだろう」と、笑いながら言っているが、リーラには少し寂しい気持ちもあった。


これが成長というものだろう。

寂しくもあるが嬉しいことでもあると、リーラは自分に言い聞かせる。


沢山の人と巡り合い、語り合うのはいい刺激にもなり、大人になる道につながっているはずだ。


そうなると夜、寝る時は必然的にランディと二人きりとなり、大きなベッドに二人で寝てはいる。そうすると、ランディはリーラを求めてくるが、頑なにベッドであの行為をすることを拒んでいた。


「なんでダメなんだ。ここはもう俺たちだけだし、何してもいいじゃないか。君を可愛がってもいいだろう?」


「ダメです。だって、声が出ちゃう…声が聞こえちゃうかもしれないし…知られてしまうのもダメでしょ?ランディに変な噂とか立つのも嫌なんです」


ダメだと言ってもあの手この手でなかなかやめてくれない。じゃれあってるようで、二人でたまらず笑い出したりもしてしまう時がある。


「噂?いいじゃないか、何も変なことなんてしていない。誰に知られたって構わないぞ、俺は」


「もう…ダメですって。それに、あの子達一緒じゃないのに、僕だけここで寝起きしてるのもおかしいですよ」


そう拒んでも、快楽を一度知ってしまった身体はすぐには変えられず、湯浴みに誘われては睦み合うこともしていた。流されるようだが、リーラはわかってて流されてもいる。


「わかった…ここではダメなんだな。えーっと、声が出ても大丈夫で、噂も気にならず、誰にも何をしてるか知られなければいいんだな?」


ランディは、リーラが納得する理由を、指折り数え難しい顔をしている。


「だが、リーラと俺が別の部屋で寝るのは却下な。それと、ベッドでキスだけは許してくれ」


素早くキスをされる。口の中をランディの肉厚な舌で弄られ、全身の力が抜けて行く。


抱きしめられ、抱きしめ返す、今日もこのまま眠ることになるだろう。出来ることならこのまま身を委ね、この関係のまま流されていたいと思っている。


「キスだけだ、許せ。それ以上は何もしない。今日はな…」


「んんっ…もう…んっ」


齧り付くようなキスから、啄むようなキスに変わる。逆ならいいのにと、物足りなくてリーラは吐息が多く出てしまう。


部屋から濃密な空気が出ているから、多分みんな気がつかれてしまう。どうしようと思いながらも止まらないのは、手の届かない人に恋をしているからだとリーラにはわかってる。


◇ ◇


果物の出来が悪い土地、いわゆる枯れた土地へ、新しい水を放つ計画が具体的に動き出した。その土地は水の流れが悪いため、新しい水を入れ浸透させる必要があった。


ネロが水をまるめて作るボールを、クルット婆さんが作る籠に入れて運び、その土地に放つことになる。


ただ、このやり方だけでは水は足りず、一時凌ぎになってしまうため、水を放つのとは別に山からも水を引く必要もあった。


問題は山積みであるとリーラは感じていたが、皆、飄々と解決していく。


水を入れた籠は荷馬車で移動させることになった。籠が大きいと運べる水の量は増えるが、荷馬車に積める大きさ重さにしなければ、運ぶことは出来なくなる。


となると、籠の大きさは限られてくる。それがわかった騎士団達は、毎日試行錯誤し、どのようにしていかに多くの水を運ぶか考えていたという。馬に負担をかけず、荷馬車から、荷上げ、荷下ろしの訓練を騎士全体で行っていた。


ネロとレオンは、荷馬車で村に出向き、クルット婆さん達にお願いして、ちょうどいい大きさの籠を沢山作ってもらい、更に、風が吹いた時、籠の蓋が取れやすくなるようにしてねと、追加で注文も付けていたという。こうすることで、地面に置いた籠は一晩風に吹かれれば、自然に水を放つことになるだろう。


「これで、水をボールにして持っていくことは出来るよ!問題ないからね」とネロは頼もしく言った。


もう一つの問題は、籠本体だ。ネロがクルット婆さんにお願いし、今では村人全員で籠を作ってくれている。籠を大量につくる『つる』は十分あり問題はない。


ただ、水を入れた後の籠は数日しかもたず、また一度水が入った籠はふやけてしまい二度は使えなかった。


アルとクリオスで考えたことを伝えられる。籠本体に水と風を覆うように吹きかけておけば、籠は水を入れても長持ちするという。クリオスを中心に何度も試してやってみた結果、出来上がった籠は、「一週間は余裕で水は漏れません」とクリオスは確信をもって言っていた。


ネロとアルの協力で出来た籠は、現地で風を起こせば、すぐにバラけ、地面に草となり広がる。


水が一晩で自然に土に浸透すると同時に草も土に吸収される。この草は水を浄化する働きをもっているらしく、その成分などがバランス良く溶け出すことにより、水を循環させ大地を甦らせることが出来ることもわかったようだった。


「だから、夜のうちに水も草も土に還るんだよ!クリオスとやってみたんだ。そしたらちゃんと計算通りできたよ」とアルに言われた。


「すごい…」


この短い期間で双子はこんなにも大きく成長していたのかと、リーラは驚いて返す言葉もない。自分で考えてみたり、人に相談してみることも出来るようになっていた。不思議な力を持つこともそんなに悪いことではないと感じる。


そしてランディが立てた計画は、一週間繰り返していけば枯れた大地は潤すだろうという。水捌けを良くし、流してまた貯める、古い水は流してやろうという計画だ。


「対策としては、そう報告を受けていたな。ありがとうネロ、アル。では、その後の話をしよう」


ランディが机の上に地図を広げ、地図の川に沿って指を刺す。


「ここの川は、今以上水が増えると溢れてしまう。多分、次に大雨が来れば溢れ出てしまうだろう。水が足りないのも問題だが、水が多く溢れてしまうのも問題だな。ただ、その問題解決はできると思っている。この途中にあるここ...ここを見てくれ。この川を途中で二手に分けてやれば、溢れる心配はなくなるだろう」


川の途中に新しい路を作るとランディは言う。東と西、二手に分けて水を流す計画をしている。川を二手に分けた西側のすぐそばには、あの枯れた土地の畑があるので、そこに流すことができれば、水を引く問題も同時に解決するだろう。


川の路を新しく作るなんて、そんなことができるのだろうか。国王陛下の考えはスケールが大き過ぎてリーラは驚くばかりであるが、目の前にいるこの国の王は、それを計画し、やり遂げようとしている。


アルやネロ、そしてランディの壮大な計画を聞き、応援したい、協力したい気持ちが湧き上がってくる。更にランディは続けて言った。


「川の氾濫や渇水は、人々の生活を大きく困らせるものだ。俺はこの国と国民を救いたい。そう考えている」


新しく川の流れを変えるためには、多くの人の手が必要になる。町中の人に伝え、既に川の増設作業は着工しているとランディは言っていた。


聡明な王の横顔を見てリーラは惚れ惚れとした。


「リーラ、ランディかっこいいね」


ネロとアルも同じように感じていたのだろう。こっそりと言われ、「本当に…かっこいいよね」とリーラは二人に向き合い呟いた。


◇ ◇


籠に水を入れ荷馬車に積み込み、数百頭の馬が水を放つ土地へと向かう。


馬の編成は、三つの班が交替で人も馬も休ませながら効率よく運ぶことになる。


国王陛下のランディを始め、リーラ、ネロ、アルは現地に向かい計画を遂行する。これが上手く行けば、ネロはレオンと一部の騎士団に連れられ城に帰り、水のボールを作り籠に入れる作業を行う。


アルは現地にリーラ達と滞在し、風と話をして、水を土に放つ作業をする。


初めて双子が離ればなれになり、リーラもネロと離れることになるが、ネロ、アルの本人達は意外にもケロッとしており、寂しいよりどちらかというと、わくわくとしているようだった。


ネロはレオンの馬に乗り、アルはクリオスの馬、リーラはもちろんランディがライズに乗せて目的地へと向かっていた。


「僕も馬に乗れるようになりたい!」


「僕も!一人で乗れるようになりたい」


双子の好奇心がムクムクと動き出してきたようだ。


「そうだな。この計画が無事に終わったら、褒美として一頭づつお前達に与えるとしよう。ちゃんと世話をするんだぞ」


「「やったー!」」


願っていた事のそれ以上が急にやってきて、双子は大喜びである。それぞれ乗せてもらっている馬の背の上で、嬉しそうな声を上げている。


「ちょ、ちょっと、ランディ、馬って」


「リーラはダメだ。俺が乗せる」


「僕は馬に乗れませんから、いいんですって、そうじゃなくて。馬なんてそんな凄いご褒美を…」


「これからは必要だろ。レオンもクリオスもいるから危なくない。すぐに乗れるようになるだろう」


ランディは双子をかわいがっている。学業や剣の稽古など、やりたい事をやらせてくれているので、最近は双子を王宮に置き、いずれはこの国の重要な役割をする人間となるように育てているのではないか、という噂も出ている。


双子が幸せであればいいのだが、リーラは複雑な心境であった。


「リーラ、心配か?馬に乗るのは、危ないと思ってるのか?」


「い、いえ…そうじゃなくて…なんだか、成長が早くて僕だけ取り残されてる感じです。二人が遠くに行っちゃいそうって」


「二人はどこにもいかないぞ。それに、俺もいるだろ?ずっと君のそばにいる」


そうまた甘い言葉を使い、後ろからリーラの髪にキスをし、頬を撫でるからリーラは危なく声が出るところだった。


馬に乗っているとはいえ、周りにはたくさんの護衛の人たちがいる。少なくとも数人には今のキスを見られたはずだ。


「や・め・て」と、口パクでリーラはランディを睨みながら言う。


「な・ん・で」と、ランディも口パクで返してくるが、その顔はニヤけている。


もう…と小声で呟くが、実際はリーラもニヤけないように必死である。


周りの護衛たちも二人を見ないように必死であったことは、ランディもリーラも知らない。


葡萄畑が見えてきた。

もう間もなく目的地に到着となるだろう。


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