溺愛陛下の妃は大地を潤す
こうま
第1話
「ねえ、リーラ。また山から水が喋る声がするよ」
「僕も聞こえる。山から風も喋ってるの」
リーラは急いで大地に手をつけ、鼓動を感じる。この辺一帯はリーラの薬草を育てている場所だ。
「急いで。裏のルキおじさんにみんな避難するように伝えて」
「「わかった!」」
双子が急いで走り出す後ろで、リーラは、隣の家にいるクルット婆さんに声をかけに走る。
「クルットさん!いますか?僕と一緒に避難しましょう。山から鉄砲水が流れて来そうです」
「おや、リーラ。それは大変だわ、急がないと…」
「これに乗って、他の人達にはネロとアルが伝えに行ってるから。すぐに僕達もみんなの所に避難しに行きましょう」
クルットを車椅子に乗せ、リーラは全力で避難場所まで走った。
ネロとアルがルキに報告し、村人全員が避難場所に集まっている。
「リーラ、いつもありがとうな。ネロとアルもよくやった」
ルキに頭をぐりぐりと撫でられて、二人は誇らしげにしていた。
「それにしても、最近はかなり頻繁に発生しますよね」
「ああ、山に多くの水が溜まっているんだろう」
ここの村は山間にあり、空気が澄んでとてもきれいな場所である。村人は、木々に囲まれ、作物を育て豊かに生活をしている。また、季節が変わるごとにさまざまな姿を見せてくれて、自然の美しさを楽しませてもくれていた。
リーラ達はこの土地に移り生活を始めて一年が経つ。今では6歳に成長したネロとアル、25歳になったリーラの三人で暮らしている。リーラの弟で双子の男の子のネロとアルは、特殊な能力を持っていた。
ネロは水と声を聞き、アルは風の声が聞こえる。それなので、この能力により、村に頻繁に起こる山からの鉄砲水を事前に把握し、回避することが出来ていた。
リーラはというと、大地の感情を読み取ることができるため、この土地に薬草を育て薬を作っていた。大地からの声は聞こえないが、異変を感じとることは出来る。
「リーラ達が教えてくれるおかげで、ここにいる全員が助かるのよ」
村人達と話をしていたその時、ドンッと大きな音が聞こえ、皆に緊張が走る。恐らく、山からの水が流れ出た音だろう。幸いここの避難所は山から遠い、そのため待機していれば命の心配をすることはないが、リーラが育てている薬草畑は山に近いため、被害を受けていないかと心配であった。
「リーラ…心配?」
「リーラ…大丈夫?」
双子が不安そうに近づいてくる。
「大丈夫だよ。ほら、おいで」
双子を抱き抱えてあげると、疲れたようで二人は安心し眠りに入っていた。
二人が眠りに入った後、近所に住むルキがリーラの元に走り寄ってきた。
小さな子供を連れているので心配なのだろう。
二人の寝顔をそっと覗いて見ていた。
「今、様子を見てきた。音は大きかったが被害は少ない。もう大丈夫そうだ」
ルキを始めとする村の男性達が避難所に戻ってきたと同時に、この場の全員が安堵しそれぞれの自宅へと帰り支度をはじめた。
「リーラの家近くで、意識を失った男が倒れていたが、知らない男だ。この村の住人ではない。近くに馬もいてな、男も馬も無事だが、治療は必要かもしれない」
「わかりました。すぐに向かいます」
うとうととしていたが、周りの騒然とする気配で双子は起きてしまっている。
だが、少しでも寝ることができたので元気に回復しているようだ。今は、二人で
ふざけ合ったりして声を上げて笑っている。
「ネロ、アル手伝ってくれる?クルットさん、またこれに乗って。家まで帰りましょう」
リーラはそう言い、自宅まで急いだ。
リーラの家の前に、その男は横になって倒れていた。
意識は無いようで、数人の男達が心配そうに囲んでいた。
「大丈夫ですか?僕の家の中に運んでください」
「おい、リーラ。大丈夫か?知らない男だぞ」
村の人たちが口々に心配する言葉をリーラにかけている。
「怪我人だし、意識もないようなので、治療が必要だと思います」
「…わかった。何かあればすぐに言えよ。馬は俺たちが面倒みておくから」
「わかりました」
意識のない体の大きな男を家に入れ、リーラとネロ、アルで看病をしてすることになった。
「熱がちょっと出てるみたいだね。ネロ、水を使って冷やしてあげて。アル、風を起こして部屋の空気回して。できる?」
「わかった」
「できるよ」
双子は力を発揮し、リーラは薬草を男の傷口に塗り治療を行う。左手を負傷しているようだった。
(骨は折れてないみたいだけど…傷が多いな。熱が下がれば意識も戻ると思うけど)
「ねえ、リーラ。この人、すっごく大きい人だね」
「ルキおじさんより大きいよ」
その男をよく見ると確かにこの村にいる男性より体が大きく、がっしりとしているので、特別な訓練を受けている人のように感じた。それに、身なりが良く高貴な印象を受ける。
(騎士さんかな…とりあえず、ひとりでも助けないと)
同じ過ちは繰り返したくないと、リーラは強く思い、看病を続けることに専念した。
◇ ◇
「リーラ、起きたよ!目を覚ました」
「おっきい人が起きたよ!」
双子の興奮する声が部屋に響き、男が寝ているベッドの周りをくるくるとネロとアルが楽しそうに走り回っているので、「こら、走らないの」とリーラが優しく諭す。
「大丈夫ですか?気分はどうでしょうか」
「あのね、僕が看病したんだよ」
「僕もやったもん。看病したよ」
三人に話しかけられ、目が覚めた男は呆気に取られた顔をしていたが、思い立ったように口を開いた。
「俺は…気を失ってた?」
「そうです。昨日の鉄砲水に巻き込まれたと思います。うちの前に倒れていたので、村の人が運んでくれました。左手が負傷してます」
「そうか…あの水はそれか。あ、ここは君の家?世話になったようだ。感謝する」
そう言って、男は動き出そうとしたが傷口が痛むようで顔を歪める。左手の傷が大きい。もしかしたら、見た目より傷が深いのかもしれないとリーラは心配になった。
「まだ横になっていてください。あっ!お腹すいたでしょう。ご飯食べましょうか、ここまで持ってきますから」
双子はというと、初めて見る大きな男の人に興味津々で付きっきりであった。
「おっきい人、お名前は?僕の名前はねネロ!」
「僕はね、アルだよ!」
「俺の名前は…ランディだ」
二人は「ランディだって!ランディだって!」と、男の言葉を聞き大はしゃぎしている。
「ランディさん、僕はリーラです。右手でご飯食べられますか?スープとパンです。とりあえずこれ食べてください。食べ終わったら薬、飲みましょう」
「リーラありがとう。何から何まで…本当に感謝する。君は医者なのか?」
「いいえ。薬草を育てていて、それで薬を作ってるだけです。この辺にはお医者様はいなくって、病院は町までいかないとないから、なるべくみんなからの要望に応えられる薬を作ってるんです。高齢の人も多いから…」
「これも、リーラがやってくれたんだな」
ランディは左手に巻かれている包帯を差し出す。寝ている間にリーラが巻いてあげた包帯である。
「あ、そうです。痛みませんか?もし痛いようなら町のお医者様に診てもらった方がいいです。痛み止めの薬を塗っておいたのですが…骨は折れてないと思うのですけど」
「ああ、大丈夫そうだ。これくらいならすぐに治るだろう。ありがとう」
ランディは笑顔でリーラを見ていた。
◇ ◇
翌朝、熱が下がり回復したランディはネロとアルを連れて村中をまわり、気絶して助けてくれた礼をしていた。
その間リーラは、薬草を大きな釜でぐつぐつと煮て、怪我をした傷口に塗る薬、飲み薬や痛み止め、解熱剤、滋養強壮、栄養補給など、村の人達に必要な薬を作り忙しくしていた。
「「ただいまぁ」」
「おかえりなさい。ご飯にしようか」
元気な双子の声が重なって聞こえてきたので、リーラはキッチンに移り、食事の準備をしていると、こちらに向かってくる足音がした。
「手伝うぞ」と、ランディがキッチンに顔を出してくれるが、その後ろにいたはずの双子はもうテーブルについていた。二人の姿にリーラは苦笑いをする。
「ランディさんは怪我人なので座ってて下さい」
「ランディでいい…おい、チビ助ども手伝え、こっちこい」
「「はーい」」
いつの間にかすっかり二人はランディに懐いていた。その様子を呆気に取られてリーラが見ていると、双子は嬉しそうにランディにまとわりつき、手伝いをしている。
いつもは甘えん坊の双子が少し頼もしく見えていた。
「リーラ、ランディすごいんだよ。僕達を一緒に抱っこできるんだ」
「ぐるぐるってやってくれたんだよ」
興奮気味に二人が話し、賑やかな食卓が始まる。リーラ以外の大人と食事を共にすることはあまりないため、二人の興奮は止まらないようだった。
「怪我してるんだから、そんなお願いしゃダメでしょう」
「大丈夫だ、これくらい。それより、村の人達から聞いたが、この辺は最近災害が多いらしいな」
「そうなんです。この辺一帯の山に水が溜まっているようで、突然大量の水が流れ出てしまうんです。僕の畑も以前被害にあいました。だから今はみんなで事前に避難することにしたんです」
「そうか…」
そう言うと、ランディは黙り込み何か考えているようだった。
包帯を解き、傷口に新しく薬を塗る。熱が下がっているものの、傷口はまだ新しく痛々しい。
「痛みますか?」
「大丈夫だ。ありがとう」
「後は…はいこれ。飲んでくださいね」
リーラは飲み薬をランディに渡した。
「…えっと、これ…」
「ちょっと苦いですけど、よく効きますから。飲んでください」
昨日から薬草で作った飲み薬を飲ませていた。それを前に、渋い顔をして薬と睨めっこしているランディを見て双子は、クスクスと笑っている。
「ランディ、お薬飲めないんだ」
「僕、飲めるよ、えいって飲むんだよ」
リーラが育てる薬草はすくすくと育ち、その薬草で作る薬はよく効くと評判だ。
ただ、その薬は苦いものが多いため飲むのに苦労する人もいる。大きな身体の男が
苦い飲み薬の前に、躊躇しているのが面白く双子から笑い声が上がった。
ランディは渋りながらも薬を飲み、「どうだ」と言うが若干涙目になっているので、双子が更に笑い出す。
「よし、治った。それじゃあ、水浴びに行くか」
「「いくー!」」
ここに来て、こんなに楽しそうにしているネロとアルを初めて見る。最近は成長して活発になってきている。生活するのに必死であり、二人と中々遊んであげられなかったなと、リーラは双子を眺めていた。
水浴びから帰ってきたネロとアルは、ランディに抱えられてかえってきた。
思いっきり遊んでくれたようで二人は眠そうである。
「リーラ、遊び疲れて二人が眠そうだ。ベッド迄運んでいいか?」
「ありがとうございます。こっちです。お願いします」
二人をベッドに寝かせて、ランディが改めてリーラに向き合った。
「リーラ、看病してくれてありがとう。一度帰るが、明日必ずまた来る。何か欲しいものはないか?持ってくるぞ」
「い、いいえ。特に困っているものはありませんので。それより、今から帰るって…大丈夫なんですか?」
「ああ、問題ない。ライズも…俺の馬も世話してくれて感謝する。こいつら起きたら明日また俺が来るって伝えといてくれ」
「わかりました。そしたら、これ持って行ってください。塗り薬です。傷口に塗ってください」
ありがとうと言い、ランディは颯爽と馬に跨り駆け抜けて行ったが、彼の左手に巻かれていた包帯が痛々しく、リーラの心に残っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます