第22話 仲間割れ

 

 



「おはよ、アキ」


 登校するなり、私——アキの席にやってきた由宇ゆうは、きょろきょろと周囲を見回す。


「あれ? 今日はとおるくんは一緒じゃないの?」

「いとこが行方不明になったから、探してるんだって」

「マジで? 大変じゃん」

「うん……でも昨日は私のスマホにリュウギさんから着信があったんだよね」

「リュウギさん?」

「行方不明になった泰くんのいとこ」

「ふうん……なんだか『SJ』の琉戯りゅうぎさんみたいな名前だね」

「そういえば、どことなく顔も似てる気がする」

「本物だったりして」

「まさか! そういえば、泰くんのもう一人のいとこが、國柊こくしゅうって言うんだよ」

「コクシュウ? ほんとに?」

「うん。國柊くんはあだ名だって言ってたけど」

「……あだ名ね」

「泰くんも泰弦たいげんくんにそっくりだし、モノマネ芸人目指せそうじゃない?」

「……それってさ」

「なに?」

「いい、なんでもない」


 何か物言いたげな由宇だったけど、それ以上何も言わなかった。






 ***






「リュウギさん、見つかったのかな?」


 帰り道、珍しく私は一人で歩いていた。


 泰くんは結局、学校には来なかったし、ジンくんも長老に用があるとかで、今日は遅くなるらしい。


 久しぶりに一人の私は、思いつきでいつもと違う道——繁華街の裏通りを歩くことにした。


 滅多に通らない道には、見たことのない建物が沢山あった。


「えー、うそ。あのカフェなくなったの?」


 工事現場を見て、ガッカリしながらさらに進むと、空き地がちらほら増えてくる。


 開発途中なのかな? 道が綺麗になって、街の雰囲気が明るくなっていた。


「ちょっと見ないうちに、景色が変わってる」


 ——と、そんな時だった。


「いい加減にしろよ!」


 変わってしまった景観を嬉しいような悲しいような気持ちで見ていると——突然、大きな声が聞こえた。


 見れば、近くの空き地に人が集まっていた。


 何事かと思ったけど、私には関係ないので通り過ぎようとしたら——。


「あら、初めからそういう約束だったでしょ?」


 聞いたことのある声にぎょっとした。


 璃空りくうさんだった。


 私は手近な立て看板に隠れて、そろりと空き地をのぞき込む。


 空き地には案の定、璃空さんがいた。それに泰くんの知り合いの、ヤンチャな男の子たちも。


 ——まさかこんなところで璃空さんに遭遇するなんて。


 どうしよう……とりあえず、誰かに報告しないと。


 ……でも、泰くんもジンくんも忙しいし……。


「こんなところで大声を出して、何してるんだろ……」


 私は静かに聞き耳を立てる。


 どうやら喧嘩をしているようだった。


 そして学ランの男の子は、璃空さんに向かって告げる。


「あんたに手を貸したのは、復讐を遂げるためだ。なのにあんたは、槍だけ手に入れて逃げるつもりか?」


 怒った顔をする学ランの男の子に対して、璃空さんは飄々と言い返す。


「何を言ってるの? 復讐なら、私が代わりにしてあげるわよ。この槍で」

「だがあんたは、琉戯りゅうぎを捕まえるだけで、何もしないじゃないか」

「いいえ。これから必ずあの人を殺すわ」


 その璃空さんの不穏な言葉に、私の背中に冷たいものが走る。


「——え? 殺す? 誰を……?」


 私は恐ろしいと思いながらも、前のめりになる。


 すると、その時ふいに何かを踏んでバリっと鈍い音が響いた。


 恐る恐る視線を下げると、足元に空き缶が見えた。


「——やば!」


 慌てて立て看板に隠れ直しても、もう遅かった。


 異変に気づいた璃空さんがこちらに向かって言葉を投げかける。

 

「誰かしら? そこにいるのは?」


 けど、学ランの男の子は気づいていないようで、璃空さんに疑わしい目を向けていた。


「何を言ってるんだ。ここには結界が張ってあるから、誰にも見えないはずだ」

「いいえ。子犬が一匹迷い込んだようね」

「子犬だと?」


 私は慌てて踵を返す。


 けど、逃げる前に見つかった。


「あらあ? アキちゃんじゃない。こんなところで何をしているの?」

「璃空さん……」


 気づくと、璃空さんがすぐ近くにいて、私をじっと見ていた。


 逃げてしまえばいいのに、なぜか足が動かなくて私は固唾を飲む。


 何より、ついさっき「殺す」という言葉を聞いてしまった私は、恐ろしさのあまり膝が震えていた。


「ふふ、やっぱり面白い子ね。あなたには結界なんて、ないも同然なのかしら」

「……リュウギさんをさらったんですか?」

「話を聞いていたのね。なら、生かしてはおけないわ」


 その言葉に私がゾッとする中、黒いライダースーツの男の子が口を挟む。


「——待てよ」

「何かしら?」

「お前は、無関係な人間に危害を加えるつもりか?」

「無関係じゃないわよ。この子は私たちの話を聞いていたのよ?」

「だが妖怪が人間に手を下すのはルール違反だ」

「そんなこと知らないわよ」

「お前……」

「バカね。そんな生ぬるいことを言っているから、あの人に裏切られるのよ。せっかくだから、槍を使ってみましょうか」

「は?」

 

 驚いた顔をする男の子たちをよそに、璃空さんは一歩前に出る。


 その手に現れた大きな槍を見て、私は息を飲んだ。


「突然現れたあなたが悪いのよ」

「待って、やめてください! 璃空さん!」

「危険を承知で結界内に飛び込んできたんでしょ? なら仕方ないわ」

「おい、やめろ! 人間に手を出すな!」


 学ランの男の子が前に出ると、璃空さんは槍を学ランの子に向ける。


「じゃあ、あなたが練習台になる?」

「やるなら、琉戯りゅうぎたちだけにしろ! おいそこのお前、逃げろ!」


 逃げろと言われて、慌てて身をひるがえす私だけど——璃空さんが回り込んできて、槍の先を私の顔に向けた。


 もうダメだと思っていたら——。


「やめろ!」


 目の前で飛び散る赤い花のような血飛沫ちしぶき


 学ランの男の子が、私の代わりに槍を受けたのだった。


 男の子の胸を突き抜けた槍を見て、私は声にならない声を出す。


「……ひ」

「本当にバカね。どうして小娘をかばうのかしら」


 槍で刺さされて、血が溢れる男の子を仲間たちが支える中、璃空さんはどこまでも冷酷だった。


 けど、そんな璃空さんに対して、怒りが湧いた私は——泣きそうになるのを我慢して、璃空さんを睨みつける。


「どうしてこんなひどいことをするんですか!」

「あらあら、さっきまで震えていたくせに、威勢がいいわね」


 本当は怖くてたまらないのに、そんなことよりも私の代わりに刺された男の子の方が、心配で辛かった。


 私は口の中で唱える。


 ——大丈夫、私は平気——と。


 すると璃空さんは嘲笑うように告げる。


「何が大丈夫なのかしら?」

「わ、私——そんな槍なんて、こ、怖くないんだから!」


 私が前に出て睨みつけると、璃空さんは少しだけ肩をびくりとさせた。


「槍を返して」

「……何かしら、この威圧感」


 そして私は、さらに一歩前に出る。



 ——槍を返しなさいよ!



 その時、バリン————と、ガラスが割れるような音が響いた。


 粉々の何かが頭上に降り注がれる中、璃空さんが大きく見開く。


「結界が砕けた……?」


 すると、どこからともなくジンくんの声が聞こえた。


「アキ!」

「ジンくん?」

 

 私の元にやってきたジンくんは、私の前に出て璃空さんを見上げた。


 続いて長老もやってくる。


「お前、璃空!」

「あらやだ、お師匠様じゃない。見つかっちゃった——命拾いしたわね、あなた」


 そう言って、璃空さんは姿を消した。


「大丈夫か? アキ殿」

「……ジンくん? それに長老も……どうしてここに?」

「あの女の人を探していたんだ。結界が邪魔をして見つけられなかったけど……アキが結界を破ったから、見つけられたんだ」

「それより! この人たちが……」


 私は学ランの男の子に向かって指をさす。


 槍を受けた男の子は、すでに顔色がひどいものになっていた。


「槍に刺されたの?」

「俺たちがあの女に手を貸したばかりに……」


 口惜しそうなライダースーツの男の子の隣で、赤ジャンの男の子も泣きそうな声を出す。


「このままこいつは死ぬのか?」


 けど、駆けつけた長老が、学生服から見える傷口に軽く触れると、ふっと息を吐くように笑う。


「いや、まだ間に合う。とにかく、うちに連れて帰ろう」


 学ランの男の子を抱えてどこかに向かおうとする長老を、ライダースーツの男の子が睨みつける。


「おい、こいつをどうするつもりだ?」


 長老はジンくんの手を借りて、歩きながら告げた。


「こやつを救いたいのだろう? ならば一緒に来い」

「……」






 ***







 璃空さんの攻撃を私の代わりに受けた学ランの男の子を自宅に連れ帰った長老は、男の子の傷を治療してくれた。


 すると、学ランの男の子はすぐに顔色が良くなって、普通に喋ることができるくらい回復した。


 まるで魔法みたいと思っていると——布団に寝かされている学ランの男の子に、ジンくんが話しかける。

 

「傷がふさがって良かったね」

「……礼は言わないぞ」


 上半身を起こした学ランの男の子に、長老はふんと鼻を鳴らす。


「そんなものは期待しとらん」

「じゃあ、どうして助けたんだ?」


 ライダースーツの男の子に支えられながら、学ランの男の子が訊ねると——長老は難しい顔をして告げる。


「あの槍は死を予定しているものだけに使うものだからだ」

「死を予定している?」

「そうだ。死神が持つべき槍だ。それをあの女は……」


 長老が扇子で口元を隠してため息をつく傍ら、ジンくんが私を見上げる。


「アキはどうしてあそこにいたの?」

「いつもと違う道を通ったら、声が聞こえたから」

「アキ殿には結界というものが効かないのだな」


 長老が興味深そうに言う中、私は思い出したように両手を合わせる。


「そうだ! とおるくんに連絡したほうがいいかな?」


 親切で言ったつもりだったけど、男の子たちは顔色を失くした。


 同胞って言ってたけど、何か確執がありそうだもんね。


 でもやっぱり呼んだ方がいいよね?


 ——なんて思っていると、ジンくんが「もう呼んであるよ」とさらりと告げた。


「なんだと!?」


 男の子たちが慌てふためく中、襖が豪快に開くと——泰くんと國柊くんが現れる。


「キミたちが……琉戯りゅうぎ兄さんをさらったの?」


 泰くんの言葉に、男の子たちはバツが悪そうな顔をしていた。





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