第20話 異常事態
〝槍を盗みます〟という予告状を受け取ったお爺ちゃんに頼まれて、ダンスホールで問題の槍を見守っていた私——アキだけど。
「どうしてこんなところに……?」
突然現れた璃空さんに私が目を瞬かせていると——璃空さんは少し悪戯っぽい笑みを浮かべて告げる。
「
「璃空さんも? じゃ、ライバルですね」
「ライバル?」
「私も槍を守るように言われたから」
「あなたが槍を?」
「はい」
「御剣家も
「璃空さん?」
「セキュリティガバガバじゃない。なんだ、気合い入れて損しちゃった」
「いったい何を言って——」
「悪いけど、槍は私がいただくわ」
「え? どういうことですか?」
「でも見逃してくれるなら、危害は加えないわ」
「もしかして、璃空さんが槍を盗みに来たってことですか?」
「ふふ、そうよ。私はその槍が欲しいの。だから、あなたは黙っててくれる?」
まさかのまさかだった。
璃空さんのとんでもない発言に、私は思わず即答していた。
「イヤです。槍は渡せません」
「なら、ちょっと痛い目を見ることになるわよ」
——と、その時だった。
突然ドカンと、爆発音が響き渡り、私は肩をビクリとさせる。
「え? 何?」
あちこちから煙が上がる中、璃空さんは余裕の表情で告げる。
「あらあら、ちょっと大袈裟ね」
「璃空さん、何をしたんですか!?」
「ふふ、早く逃げないと火だるまになるわよ」
そう言って、璃空さんはおじさん人形が持っている槍の柄を掴んだ。
それを見て、私も咄嗟に槍を掴むと——力を込めて引っ張る。
「ちょっと、槍を持って行かないで!」
「もう、しつこいわね」
そう吐き捨てるように言った璃空さんは、槍を持っていない方の手で私の頭に触れる。
すると、急に意識が遠くなって、私はその場に崩れ落ちたのだった。
***
「
ダンスホールにアキを置いて、人形の声が騒がしい玄関ホールへと移動した
しばらく様子を見て、アキの元へと帰ろうとした時だった。
螺旋階段が巻き付いた桜の木の下で
甚外は慌てて泰に駆け寄る。
「泰弦くん!」
「——どうしたの? ジンくん」
「泰弦くんが帰ってこないから探しに来たんだ。こんなところで何してるの? アキが心配してるよ」
「ちょっと妙な気配がしたから、気になって来てみたんだ」
そう言って泰は周囲を見回す。
すると、どこからともなく複数の足音が響いてくる。
泰の顔に緊張が走る中——螺旋階段の上から、三人の人影が現れる。
「お前……泰弦か?」
泰が呆然としていると、そのうち人影の一人——黒い学生服の少年が、泰の元まで降りてくる。
彼は以前、
「どうしてここに、あなたたちが……?」
訊ねても、学生服の少年は泰の言葉を無視し、逆に訊ねてくる。
「
「いないけど……こんなところで何やってるの? もしかして予告状を出したのは——」
「予告状? なんのことだ?」
予告状なんて知らないとばかりに目を丸くする元同胞を見て、泰はさらに訊ねる。
「じゃあ、なんでここに?」
「どうして俺たちがいる理由をお前に教えないといけないんだ」
「もしお爺ちゃんの槍を狙ってるのなら、ここで僕が止めるか——」
そう泰が言いかけた次の瞬間。
ドカン、と爆発音が響き渡る。
「え? 何?」
泰が狼狽える中、あとから降りてきたライダースーツの少年たちがこそこそと相談を始める。
「時間だ。俺たちは先に逃げるぞ」
「ああ、もうここに居ても無意味だからな」
そんな風に話し合う元同胞たちを見て、咄嗟に泰は手を伸ばすが——。
「待って!」
「お前も早く逃げた方が身のためだぞ」
学生服の少年はそう警告して、他の同胞たちと共に去っていった。
その様子をしばらく見守っていた泰だったが、思い出したように甚外に訊ねる。
「そういえばジンくん、アキさんは?」
「槍のところにいるよ」
「なんでアキさんを一人にしたの!?」
その言葉にハッとした甚外は、慌ててダンスホールへと向かったのだった。
***
「アキ!」
気づくと、ジンくんの顔が頭上にあった。
どうやら私——アキはいつの間にかダンスホールで倒れていて、そんな私をジンくんが覗き込んでいた。
「ん……ジンくん?」
「アキ、何があったの?」
ジンくんに支えられながら、私はふらふらと立ち上がる。
「さっき、
「あの術師の人が?」
ジンくんも璃空さんのことを覚えていたようで、私の話を聞いて驚いた顔をしていた。
けど——。
「あああああ! 槍持っていかれちゃった!」
何も持っていないおじさん人形を見て、私は思わず叫んでいた。
ジンくんがきょとんとする中、私は半泣きになりながらぼやく。
「どうしよう、このままじゃバイト代がもらえないよ〜」
そんな私に構わず、ジンくんは真剣な顔で告げる。
「そんなことより、早く屋敷を出よう」
「でも……」
「お金なんかより、アキの命が一番大事だよ」
ジンくんの言葉はもっともだったけど、なんとなく納得できない気持ちで、その場にとどまっていると——。
そのうち、どこからかよく知る声が聞こえた。
「アキ!」
「え? 賜おにいちゃん? どうしてここに?」
煙が漂うダンスホールに現れたのは、
家で仕事をしているはずのお兄ちゃんがどうして
「もうアキにはバイトをさせないよう、お爺さんにお願いしにきたんだ。けど、突然爆発音がして——逃げ回ってたらアキの声が聞こえたんだ。大丈夫か? 怪我はないか?」
「うん、大丈夫だよ」
私が元気いっぱいに答えると、お兄ちゃんは笑顔で頷いた。
「賜も早く逃げよう」
ジンくんがそう言った矢先、新しい足音がパタパタとこちらにやってくる。
泰くんだった。
「アキさん!」
「泰くん」
「大変だよ、メイさんが」
「メイさん?」
「うん。どうやらメイさんが爆発物をバラまいてるみたいだ」
「じゃあ、止めなきゃ」
私がダンスホールから出ようと踏み出した瞬間、賜お兄ちゃんがそんな私を手で制した。
「ダメだ。早く逃げるぞ。ほら、ジンくんも」
お兄ちゃんがジンくんに向かって手を伸ばすと、ジンくんは
「みんなは先に逃げて。俺はあとから出るよ。ちょっと気になることがあるから」
「え? ジンくん?」
「わかった。すぐに来いよ」
賜お兄ちゃんは素直に頷くと、私の手を無理やり引っ張ってその場をあとにした。
***
「メイ」
アキと別れて
一度、監禁されて苦い思いをした場所だったが、
そして煙の中心には、エプロンドレスを纏った使用人の姿があった。
「あはは、燃えろ、全部燃えろ」
「メイ!」
「無駄だよ、ジンくん。その子はすっかりおかしくなっちまった」
メイに近づこうとした甚外を止めたのは、双子の姉のナディアだった。
ナディアは怪訝な顔をしてメイを見つめていた。
甚外は
「ううん、これは何かの術にかかってるんだと思う」
「術?」
「うん、だからちょっと待っててね」
そう言って、甚外はメイの側にやってくると大きな声で告げる。
「メイ、俺の声が聞こえる?」
「なあに? 化け物」
クスクスと笑うメイは、いつものメイではなかった。
ナディアが不安そうに見守る中、甚外はメイに向かって手をかざす。
「あのね、メイ。ちょっとだけ我慢してね」
刹那、客間が光に包まれる。
光は瞬く間に消え去ったと同時に——メイは倒れた。
「メイ!? あんた、この子に何したんだい?」
慌ててメイを抱えるナディアに、甚外は無表情で説明する。
「メイから術を取り除いただけだよ。でも早く逃げないと」
甚外が避難経路を確認していたその時——。
「大丈夫だ。こんなこともあろうかと、人形には消火の術を施してある」
客間のドアから、金色の
「え? 長老?」
長老は甚外たちの側にやってくるなり、余裕の笑みを浮かべた。
「人形のメンテナンスに来たら、火事が起きてな」
「人形のメンテナンス? この人形を作ったのは長老なの?」
「左様だ。ほれ、みるみる火が消えているだろう」
「本当だ。良かった……でもアキたちは無事に帰ったのかな」
「アキ殿もいたのか?」
「うん」
頷く甚外の後ろから、今度は御剣の老人が現れる。
老人は周囲を見回しては、声を荒げた。
「おい、槍はどこだ!?」
「お爺ちゃん、槍はないよ」
「どういうことだ! おまえたちは槍を守れなかったのか!?」
***
それから、火が完全に消えた頃、お爺ちゃん宅を訪ねてみた私、アキだけど。
お爺ちゃんはまるで最愛の人を失って絶望の淵にいるような顔をしていた。
「お爺ちゃん、ごめんね。役に立てなかったよ」
すっかり煙で汚れた客間よりも、お爺ちゃんの方がずっと憐れな様子だった。
目に涙を溜めたお爺ちゃんは、槍のことばかり呟いて、私なんて見えていなかった。
「……誰が、誰が盗んだ……わしの槍」
「お爺ちゃん……そんなに大切な槍なの?」
「ああ、この御剣家が栄えていたのは、あの槍のおかげだ」
お爺ちゃんがそんなことを言っていると、いつからそこにいたのか——長老が考えるそぶりで口を開く。
「……すっかり人外の槍に憑りつかれているようだな」
「長老?」
「いいか? あの槍は人間が持つには力が強すぎるんだ。失ったのは、槍自身がお主から離れたということでもあるんだ」
そんな風に苦言を吐く長老だったけど、お爺ちゃんは納得がいかない様子だった。
「どうしてだ……これまで誰一人として槍を盗めなかったというのに」
「申し訳ございません、旦那様、申し訳ございません」
土下座する勢いで謝罪するメイさんに、ジンくんは慰めるように告げる。
「メイは操られてたから、仕方ないよ」
「ですが、屋敷に火をつけるなど……自首してまいります」
その言葉にハラハラする私だけど——その時、ようやく目に光を取り戻したお爺ちゃんが、ハッキリと告げた。
「警察になど行かんでいい」
その強い言葉に、メイさんは驚いた顔をする。
「旦那様」
「これ以上、わしの大事なものがなくなっては困る」
「ですが、もしかしたら私は、また火をつけるかもしれません……」
弱気なメイさんを勇気づけるように、ジンくんは笑顔を作る。
「大丈夫だよ。術はしっかり抜いておいたから」
「ほほう、甚外が他人のために術を使うとはな」
優しいジンくんの言葉に、長老は感心した様子だった。
そんな中、ナディアさんがメイさんの肩に手を置いて告げる。
「メイ、あなたは少し休みなさい」
「でも、ナディア姉さん」
「明日も仕事はたくさんあるんだから、今のうちにゆっくりしな」
「姉さん」
ナディアさんはお爺ちゃんに目配せをすると、メイさんを客間の外へと連れ出して行った。
そして静かになった客間で、長老が私に訊ねる。
「それで、槍を盗んだ人間を見たと言ったな? アキ殿。いったい、どんな輩が……」
「
そう告げた瞬間、長老は大きく見開く。
「りくう……だと?」
「長老?」
「そいつがどこにいるのか、わかるか? アキ殿」
いつになく焦った様子の長老に、私は慌てて答える。
「ううん。名前しか知らないです。あと、術師ってことしか」
「そうか……ようやく、あいつに近づけたのか。日本に来た甲斐があったな」
「長老?」
「だがあいつがどうして槍を?」
そう呟いて黙り込む長老は、なんだか声をかけられない雰囲気だった。
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