第18話 ミッション完了

 

 御剣みつるぎのお爺ちゃんにメイさん探しを頼まれた私——アキは、お爺ちゃんのお屋敷で見つけた蝶に触れたら、どこか知らない牢屋の中へと移動してしまった。

 

 けど、その牢屋の中にはメイさんがいて、推し活資金はゲットしたも同然! とか思っていたその時——鉄格子の向こう側に謎のお婆ちゃんが現れたのだった。


「——あはは、あんたたち、どうやって逃げるつもりだい?」

「どうやってって、普通に帰りますけど」


 私が真面目にそう言うと、お婆ちゃんはさらに高い声で笑った。


「ここには結界が張ってあるからね。帰れるものなら帰ってみな」

「わかりました、帰ります。行こう、メイさん」

「アキさん……私はここから先に進めないんです」


 私がメイさんの手を引いて牢屋から出ようとした瞬間、メイさんと私の間に静電気みたいなものがパチッと走った。

 

 お婆ちゃんの言う結界ってやつだろう。


 私には効かないのかな? 静電気が走るまで、何もないと思ってた。


 けど、メイさんは動けないみたいだし……どうしよう。


「ジンくん、どうすればいい? 結界ってまたお札を剥がせば消えるの?」

「そうだよ」

「お札はどこに?」

「たぶん……牢屋の外」

「外かぁ……じゃあ、まずこの牢屋から出ないとダメってこと?」

「うん」

「どうしようかな」

「この御盾家みたてけから逃げられると思わないことだね」


 そう言って、お婆ちゃんは高らかに笑いながら目の前から去っていった。

 

 なんかちょっと長老に似てるかも。


「困ったなぁ……どうやってこの檻から出よう」


 鉄格子の外は、赤い絨毯の廊下を挟んで、同じような牢屋がたくさん並んでいた。


 悪趣味な場所だよね。


 私が牢屋の外を見ながら微妙な気持ちになっていると、ジンくんは困惑した顔で周囲を見回す。 


「そこらじゅうにしゅがかけられているから、出たとしても逃げられないよ」


 ジンくんがお手上げだとばかりに言った——その時だった。


 ふいにどこからか、さくらんぼみたいな甘い香りがしたかと思えば、牢屋の奥から人影が現れる。


「……誰?」


 現れたのは、長い茶髪を一つにゆわえた透き通る肌の美人だった。


 その女の人は、ジャケットにパンツという姿だったけど、その身軽な服装がスタイルの良さを強調していた。


 女の人は私と目が合うなり微笑む。


「初めまして、私は術師の璃空りくうよ」


 ちょっと気の強そうな美人さんはそう言って、名前の漢字まで教えてくれた。 

 

 私も慌てて自己紹介をする。


「……えっと、初めまして。私は佐渡さわたりアキです。あなたも虹色の蝶に触れてここに来たんですか?」

「ええ、そうみたいね。あなたも術師なの?」

「違います」

「へぇ……生まれつき力が強い子もいるものね」

「え?」

「あなた、きっと素質あるわよ。まあ、術師になるには、気の遠くなるような時間、修行しないといけないのだけれど」

「将来就職できなかったら、考えてみます」

「それより、あなたと一緒にいるその子、人間なの?」


 璃空りくうさんの視線が私の側にいるジンくんの方に向いてた。


 この場合、どう説明すればいいんだろう。


 術師なら、人間じゃないこともわかっちゃうのかな?


「えっと……それは……」

「アキ」


 ジンくんが目くばせするのを見て、私は言葉を飲み込んだ。


 ……やっぱり、正体は言わない方がいいみたいだね。


「この子は甚外じんとくんと言って、私のいとこなんです」

「へぇ……じゃあ、力が強いのは血筋なのね?」

「……はあ」


 生返事した私は、ジンくんに視線を送る。


「それよりも、早く脱出しなきゃ……あんまり遅いとお兄ちゃんに叱られるよね。ジンくん……どうする?」


 すると、ジンくんの代わりに璃空りくうさんが告げる。


「良かったら、お姉さんが脱出のお手伝いしてあげようか?」

「でも、璃空さんも脱出できないからここにいるんじゃ……?」


 失礼を承知で訊ねると、璃空さんは小さく笑った。


「いいえ。私はいつでも脱出できるけど、わざとしないだけよ」

「どうしてですか?」

「ちょっとね……探しものをしていて」

「探しもの? こんな檻の中で?」

「ええ。でも収穫はあったから、そろそろ出ようかな」

「どうやって出るつもりですか?」

「術師には術師のやり方があるのよ」


 そんな風に私と璃空さんがやりとりしていると、ふいにジンくんが私の上着の袖を引っ張る。


「アキ、この人に近づかないで」

「え?」


 怪訝な顔をするジンくんに私は目を丸くする。


 けど、璃空さんは気分を害した様子もなく軽い口調で言った。


「なんだか警戒されているみたいね」

「どうしたの? ジンくん」

「この人は……きっと危険だから」

「あら心外ね。あなたたちのことも助けるつもりだったのに」

「俺は自分でなんとかするから、あなたは一人で帰るといいよ」

「ジンくん!?」


 ジンくんのいつになくキツい物言いに私が驚いていると、璃空さんは少しだけ尖った口調で言い放つ。


「まあ、生意気ね……なら、お言葉に甘えて、私だけ帰ることにするわ。じゃあね、不思議なお嬢さんたち」


 そして璃空さんはまるで煙のように消えた。


 その魔法みたいな消え方を見て、私は目を瞬かせる。


「璃空さん……何者だったんだろう」

「アキは、あの人に関わらない方がいいよ」


 見上げてくるジンくんの目は、真剣そのものだった。


 ……私のことを心配してくれているんだね。


「……わかった。ジンくんがそういうなら、私は関わらないようにするよ」

「アキ……俺のこと信用してくれるの?」

「ジンくんが嘘をついたことなんてないし」

「……」

「どうしたの?」


 俯くジンくんを不思議に思っていると——。


「嬉しいな……アキ、ちょっと耳を貸して」

「何? ジンくん——ふがっ」


 ジンくんに耳を貸してと言われて、なんの疑いもなくしゃがんだ私に、ジンくんは不意打ちのキスをする。


 するとその直後、ジンくんは大人の男の人へと姿を変えたのだった。


「ちょ、ちょっと!」

「アキ、真っ赤だよ」

「うるさいわね! いきなりなんてことするのよ!」

「アキが愛しくて」

「恥ずかしいこと言わないでよ! ここには私たち以外もいるのよ?」

 

 そう言って、私が目で示した先には、ちょっと顔を赤くしたメイさんの姿があった。


 でもジンくんは外野なんておかまいなしに堂々と告げる。


「でも俺の目にはアキしか映ってないから」

「……帰ったら、覚えてなさいよ!」

「うん。全部覚えておくよ。可愛いアキのこと」

「……ほんと……やめてよ。そういうの」

「え? どういうの?」

「そんなことより、私たちも脱出しなきゃ!」

「それなら、もう大丈夫だよ」

「え?」

「さっきの術師が、牢屋のカギを開けていったから」

「ええ!?」


 ……いつの間に。






 ***






「このお屋敷も広いなぁ……ていうか、お爺ちゃんのお屋敷にそっくりなんだけど……出口は見つからないね」


 赤い絨毯をいくら歩いても、私たちは出口を見つけられないまま、時間だけが過ぎていった。


 ……出口は一階にないとかそういうオチじゃないよね?


 いっそ窓から逃げようかと考えていた矢先、メイさんが叫んだ。


「アキさん!」

「おや? どうやって出てきたんだい?」

「あ、見つかっちゃった」


 廊下の向こうからやってきたお婆ちゃんを見て、私は肩を落とした。


 このまま脱出できたら良かったんだけど、なんだか面倒なことになりそうな予感。


「仕方のない子たちだね。お前たち、あの子を捕まえなさい」


 お婆ちゃんが指を鳴らすと、近くのドアから灰色のスーツを来たおじさんが大量に現れる。


 それは、お爺ちゃんのボディガードと同じ人形だった。


「またあの人形!?」


 私がおじさん人形を見てうんざりしていると、ジンくんが私の前に出る。


「アキ、俺が足止めするから、アキはお札を剥がしてくれる?」

「うん、わかった」


 そう言ってジンくんが手をかざすと、人形たちが動きを止めた。


 まるで時間が止まったように静止したおじさんたちに、お婆ちゃんは驚いた顔をする。 


「なんだい? お前たち、どうして止まるんだい? 早くあの子たちを捕まえ——」

「無駄だよ、お婆ちゃん」


 ジンくんの合図で、人形についているお札を次々と剥がしていく私。


 すると、人形はあっという間に消えて、お婆ちゃんは一人になる。


「なんだい……何者なんだい? あんたたちは」

「ただの女子高生と、そのいとこです」


 こうして私たちは、無事にメイさんを連れ帰ることができたのだった。




 ――けど、




「なんで! せっかくのバイト代、使っちゃいけないの?」


 バイト代を持ってウハウハで帰宅したまでは良かったけど、バイトの報酬について話したら、お兄ちゃんに取り上げられた。


「お前が持つには金額がデカすぎるの! これはお前の将来のために置いておこう」

たもるお兄ちゃんの鬼! せっかく頑張ったのに!」

「それを言うなら、このお金はジンくんのものでもあるだろう?」

「半分でもいいもん! 私の推し活に使わせてよ!」

「とか言って、本当に推し活で全部使いきるつもりだろ? そういうのは、お金の有難みがわかるようになってからにしなさい」

「もう、お兄ちゃんなんて嫌い!」

たもる

「なんだい、ジンくん」

「俺の報酬はアキに渡していいよ」

「ジンくん……それはダメだ。報酬は貰うべき人が貰うものだ」

「でも、アキが可哀相だよ」


 私の方が妖怪のようにすすり泣いていると、それを憐れに思ったジンくんが口を挟んだ。

 

 すると、賜お兄ちゃんは頭を掻きながらため息を吐く。


「もう、しょうがいないな。ジンくんがそこまで言うなら……アキ、少しだけだぞ」

「お兄ちゃん……ジンくんの言うことは聞くんだね」

「なんだ? いらないのか?」

「ううん、ありがとうございますお兄様、感謝します!」






***






「てなわけで、次のコンサート参戦できることになりました!」


 翌朝。


 さっそくバイトの報告をした私に、由宇は手を叩いて「おー」と喜んでくれた。


「良かったじゃん。念願の初コン。……でも、チケットどうするつもり?」

「何が?」

「チケットをゲットするのも大変だよ?」

「そうなの?」

「仕方ない……今度一緒にネカフェ行こう」

「ネカフェ? なんで?」

「チケットを取るために決まってるでしょ」

「ネカフェじゃないと取れないの?」

「ファンクラブの抽選は終わったし……チケット争奪戦は通信速度にかかってるからね」

「そっか……わかった」


 チケット争奪戦と聞いて私が闘志を燃やす中——ずっと静かに聞いていたとおるくんがしどろもどろ声をかけてくる。


「あああの、アキさん…」

「どうしたの?」

「え、えっと……良かったら、次のチケットは僕が確保するよ」

「え? 泰くんが?」


 泰くんの提案に衝撃を受けていると、由宇が好奇心いっぱいの顔で間に入ってくる。


「なになに? もしかして泰くん、コネでもあるの?」

「うん。知り合いが取ってくれるって」

「やったね、アキ。初コン行けるじゃん」

「うん、ありがとう泰くん!」

「あの……それと、アキさん……」

「そうだ! チケットを手配してもらうお礼に、今度おごるよ!」

「え!? ちょ、ちょっと待ってアキさん。その前に僕がおごる約束を……」

「実はバイトで初めてのお給料もらったんだ」

「そ、そんな大切なお金で……」

「いいのいいの! 良かったら今度、パンケーキのお店行こうよ。由宇も」

「私はいいよ。二人で行ってきな」

「なんで?」

「本当にこの子は……」


 私が目を丸くする中、由宇はやれやれとため息を吐いた。











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