第6話 遭遇

 いつもと同じように、寝起き姿のまま茶を入れていた一夜だったが、黒雲の中にが入り込んだことを感じると、慌てて衣服を身に纏って外へと飛び出した。


 その手には、身の丈ほどある槍が握られている。


 先日ゴッドスレイヤーを名乗る男たちに置いていかせた武器をとして、自分が扱いやすい形状の物へと変形させたのだ。


 一夜は中学生時代、友人が入っていた演劇部の助っ人に無理矢理連れていかれた時、槍を扱う武将の役を担当したことがあった。


 あまりにも鮮やかな身のこなしや、槍の扱いは全国の舞台でも賞賛された。


 当初は刀を手に大勢で踊るモブ役に配置されていたのだが、休憩時間にそこら辺に置いてあった物干し竿で、当時流行っていた武将を操作して戦うゲームのモーションを再現していたところを座長に見つかり、一躍、名のある役に抜擢されてしまったのだ。


 そのため、戦闘と言うよりかは舞踊に近い動きになっているのだが、刀や大斧よりかは手に馴染んだし、から、何も問題は無かった。


 一夜にとっては、相手に使と思わせることが重要だったのだ。



 とはいえ、あの黒雲を無事に通り抜けて来られるとは思ってはいなかったため、本当にあの分厚い雲を突き抜けて、上空へと飛んでいく大きな鳥の姿を捉えた時は正直驚いた。



「なんかウチらと変わらないくらいの子に見えないっすか?女の子かな?」


「ラン、油断しない!あれは……顔を隠しているのかしら?」



 少女たちも同様に、一夜の風貌に驚いていた。

 彼女らが過去に戦ったことがある悪神は、でっぷりと太った腹肉を揺らす巨躯の、髭を生やした男だった。


 今回の神も凶悪な姿をしているだろうと勝手に想像していたところもあって、一見自分たちと同じくらいの背丈の子が大きな槍を持っているようにしか見えなかった。


 顔は何やら見たことのない紋様が描かれた布で隠されているものの、紫色の長髪を一纏めにして肩から垂らしているのを見て、女の子なのではないかと推測していた。




 一夜には一見ヒヨコのようにも見えたその大きな鳥の背には、どうやらの少女が跨っているようだった。


 白髪で腰には大きな尻尾を生やしている獣人の子が、茶髪のボーイッシュな子の腹部に手を回してしがみついている



「あらら……通り抜けて来れたんだ。それも女の子……?迷い込んだわけじゃないよね……いや、今度は油断しない!!」



 一夜は素早く飛び回る大鳥を捉えると、槍を振るいながら口を開いた。



『風よ、かの者達の進路を塞げ』



 そう唱えて横一閃に槍を振り抜けば、少女たちを背負う大きな鳥を暴風が襲った。



「うわぁっ!?」


「やっぱり早速攻撃してきたね……」



 大きな鳥は一度バランスを崩したかと思ったが、すぐに体勢を整えてこちらへ向かってきた。


 ジダバタと動くような飛び方の割に、空中を高速で移動してくる。



「あれでもダメなんだ?やっぱ鳥ってすごいんだなぁ。じゃあ……これは?」


雷迎らいごう



 澄み渡る青空に、突如現れた無数の魔法陣から、そこから大きな鳥を追うように無数の雷撃が放たれる。



「ピ、ピヨーーーー!?!?」


「わぁあああ!?避けて避けて!!!!」


のかしら……?それなら、あの槍を引き離すことさえ出来れば……」


(クロカ、聞こえる?)


(…………了解!)



 必死に大きな鳥へ指示を出している茶髪の子の後ろでは、白毛の少女が冷静に一夜の動きを分析していた。



 一夜からしたらあの男たちの時のように『動くな』であったり、『降りてこい』と言ってしまえば早いのだが、敢えてそうはしなかった。


 この言の葉の力を用いて、どこまで外敵に対処出来るか、そしてこの言の葉の力がどこまで自由が利くのかを試してみたいところもあったのだ。


 想像力次第で如何様にも使うことが出来るこの力で遊んでみたかった節がある。



(彼女たち……。僕の攻撃を避けるだけで、向こうから何かを仕掛けてくる訳ではない。一応攻撃するような素振りを見せて接近はするものの、どこか見える)



 ただ、一夜は少女たちも同じように彼女らの動きを観察していた。



「……!!狙いはこっちか!!」



 そして、彼女たちの狙いに気がついた一夜は、



『動くな』



 一夜は手放した槍を瞬時に握り直すと、身を翻して、槍を突き出すと同時にそう唱えた。


 そこには黒曜石のように鋭く輝いた爪を剥き出しにした黒毛の少女が、一夜の首筋を狙ってその手を伸ばして飛び込もうとしたその姿勢のまま、空中で動きを止めていた。


 少女は逆に首筋に槍の刃先を突きつけられる形となり、その切先を見つめながら額に脂汗を浮かべていた。



(何よ今の身のこなし……!?それに、身体が動かない……。やっぱり……)



「クロカ!!」

「クロっち!!!!」



 一夜は未だクロカと呼ばれた少女の首筋に槍を向けたまま、明らかに動揺した様子の二人を見上げた。



(あの二人もこの子の仲間であるなら、きっとすぐに降りてくるだろう)



 一夜の読み通り、二人を乗せた大きな鳥はすぐに高度を下げて、一夜から少し離れた位置へ着陸した。



(くっ……ごめん二人とも。あたしがしくじったせいで……)



 雷雲を頂上付近にしか発生させていなかったり、今もこうして首を刎ないでいることから話し合いが可能なのではないかと思う反面、その布のせいで表情が伺えないことから、この神が一体何を考えているのかが全く読めず、ただ不気味に感じてしまうのだった。



 二人の少女は大きな鳥から飛び降りると、すぐにクロカの元へと駆け寄った。


 一夜は二人が近づいてきたことを確認すると、その中性的な声で、クロカに言ったのと同じように、二人に対して『動くな』と言った。


 二人は自分の身に起きた現象に混乱し、言葉を失っていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る