6 秋葵猫丸「あの音が響く先で 第一曲」

全四十二話(物語部分三十九話) 完結済  147,538文字


現代ドラマ


公開 2023/09/25


長編



 部活もの小説の一つの流れとして、コンプレックスのある主人公がスポーツなり芸事なりの世界に触れて次第に人生を楽しむようになっていく……というパターンがありますが、ある意味、この小説はそのどまんなかの作品。ただ、主人公の陰キャぶりが徹底していると言いますか、とにかくネガティブぶりがとてもリアルです。

 平たく言えば、いじめられっ子キャラということのようで、孤立無援というわけではないのだけれども、この少女、自己肯定感がゼロに近く、日々忍耐と諦めの中で過ごしている、という感じの中学生です。

 そんな彼女ですが、実は中学校で吹奏楽をやるということは、幼少時からの宿願でした。いったい過去の主人公に何があったのかは、同じ作者の「あの音が響く先で 前奏」(全十話・完結済 35,552文字)に描かれています。こちらは単に主人公の前日譚と言うだけでなく、舞台である同じ中学校の吹奏楽部にどんな過去があったのかを説明する内容にもなっていて、ネタバレっぽくて恐縮ですが、「前奏」と「第一曲」とで、似たような境遇の主人公同士、思いが受け継いでいくさまを描きたい、という構想のもとに書かれた作品のようです。

 両作とも主人公の内面描写が丁寧で、女子中学生の孤独な心のひだが、それはそれは丹念に書かれています。その内省的な筆致は、来る人には思い切り心にグッとくるんじゃないと思います。そういう意味では正統派の応援ソング系青春小説ですね。

 実は、このエッセイ集であまりこういう側面をことさらに取り上げるべきではないだろうかとも思ったんですが、この書き手さん、現役高校生作家なのだそうです(2024年2月現在)。初読で「んー、二十代後半ぐらい?」と目星をつけた湾多は仰天しました 笑。自分が高校文芸部時代に書いていたものとの落差を考えると……とそれはともかく、この年齢で、何世代にもわたる作品世界の時間軸を作り上げ、その青写真通りの息の長い物語を書き連ねているという事実は、瞠目すべきことだと思います。いや、「そんな長編、書いてみたいなあ」と構想するは簡単ですが、本当に腰を据えた形で、時に一日一日を、時に数年開けてその先を、と緩急の感覚に無理がないようシリーズを構成するのって、十年以上書いてる物書きでも結構難しいと思うんですよ。

 年若い書き手の場合、文章力の向上の跡が作品中に垣間見えるのも読む楽しみと申しますか w、いささか年寄り目線な紹介の仕方になりますけれども、そういうところにも注目してほしい書き手さんです。


 2024年春の時点で中一時代の前半を描いた「第一曲」が無事完結。以後、主人公と部のその後の成長を「第二曲」以降で書き続ける予定とのことです。結構な連作長編になりそうですね、これ。


→ 「あの音が響く先で 第一曲」https://kakuyomu.jp/works/16817330663459841986




ポイント分析

  コメディ要素 **

  伏線を仕込んでの引っ張り要素 ***

  吹奏楽部自体にも這い上がり展開 ****

  陰キャラ一人称の鬱屈ぶり ****

  恋愛要素 *?

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