モンブランの悪魔3

 SideY


「こんにちわ」


 私が声を掛けると、男は顔をあげた。

 あの時に比べて、少しは気持ちを入れ替えた様子の男は、不器用な笑顔を向けたのだけれど、私だと気がついた瞬間に笑顔を引きつらせた。


「……なんの要件だ」


 めんどくさそうにそう吐き捨てたのな、腰高祭を身勝手な理由で中止させようとしていた男。腰越高校の守衛をしている天屯義男だ。


「後輩達に生菓子の差し入れをしようと思ったのよ」


「……それがどうした」


「事もあろうにその後輩達は出番前で、忙しいみたいなんですよ。それで、冷蔵庫を貸して頂きたいんです」


「……好きに使えよ」


 義男はそう言うと、カウンター横の出入り口にの方に視線を向けた。


 これは勝手に入って良いと言う事よね。

 そう解釈して私は守衛室へと足を踏み入れる。


 扉を開いて中に入ってみると、案外中は広い。


 表からも見えるカウンターがある部屋の奥にもう一部屋あるようだ。


「冷蔵庫はどちらかしら」



「今、お前が見ている扉の奥だよ。さっさと仕舞って出ていってくれ」


 やっぱり私には恨みがあるようね。まあ歳下の小娘にいいようにやられたとなれば無理もないかもしれないわね。


 でも、元を正せば彼が悪いわけだから、恨まれる筋合いもないのだけど。


「ありがとうございます」


 あえて、ここ最近で一番の笑顔を作って天屯に会釈をすると、舌打ちをして目をそらした。


 どうやらかねり嫌われてしまっているらしい。


 奥の部屋に入っていくと、奥の壁際にロッカー。中央には折りたたみ式の小さなテーブルが一つ置かれ、その両脇にパイプ椅子が二つか置かれていた。


 そのうちの一つに見知った顔があった。


「あら、おじさま。お久しぶりですね」


 急な来訪者なはずなのに、おじさまは驚いた表情一つ見せずに会釈をしてくれた。


「これはこれは。以前は天屯君がご迷惑をお掛けしましたね」


 天屯義男のシフト調査をしにきた時に対応してくれた守衛さんだ。


「いえいえ。気にしていませんので」


 言葉の通り私はあまり気にしていない。正確には以前は気にしていた。けれど今は全く気にしていないと言ったほうが正しいかな。


「こんな所に、なんの御用でしょうか?」


 手に持っていた大きな紙袋を掲げながら答えた。


「後輩達に生菓子の差し入れを持ってきたのですが、準備で忙しいようなので冷蔵庫を貸していただけないかなと思いまして」


「結構ですよ。そちらにございます」


 おじさまは私のすぐ横を指差した。


 入口のすぐ横だったものだから盲点になって気がついていなかったのだけれど、そこには大型の冷蔵庫が置かれていた。


「ありがとうございます」


 一つお辞儀をしてから踵を返すと、私は冷蔵庫に手を伸ばした。


 冷蔵庫の中にはそんなに物が入っていなくて、小分けにされた箱を各段に二つづつ収める事ができた。

 全部で六つの箱を冷蔵庫に入れて、お礼を告げてから守衛室を後にした。


 去っていく私を見る天屯義男の視線は[せいせいした]というのが透けて見えた。


 かなり嫌われてしまったようね。


 そんな視線に見送られながら私が向かうのは体育館。


 うろちょろしている間にかなり時間が立ってしまった。里奈ちゃんの演劇の時間まで余裕がない。


 気持ち足早に体育館へ向かった。

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