身勝手な予告状13

 日もすっかり落ちた夜半前、私と汐音、そして佐渡晃の三人は西浜で共に階段に座り、ある人物の到着を待っていた。


「犯人がわかったって言っていたけど、まさか僕だって言うわけじゃ無いだろうね?」


 冗談めかして佐渡晃は私の方を見るけど、当然、私だって佐渡晃が犯人だと思っている訳では無い。


「先輩にはボディーガードをお願いしたいんです。自分で言ってましたよね。危険があるかもしれないって、それに、なんでも協力してくれるって言ってましたよね?」


 佐渡晃は苦笑いを浮かべて、「そこまで言ったっけかなあ」と頭を掻いた。


 実際のところ佐渡晃はそこまでは言っていない。

 だけど、カフェで那奈に相談をしたら、彼氏である佐渡晃を自由にしていいと言ってくれたのだ。


 佐渡晃はボディーガードにはうってつけだ。身長は180センチ近く、かなりガタイも良い。

 すぐに杉浦君は呼び出せるだろうけど、佐渡晃に比べれば頼りない。

 立花君が居れば、そっちに声をかけるんだけど。居ないものはしょうがない。


「やるね愛ちゃん」


 小声で汐音が私の事を褒めてくれたのだけれど、なんだかバカにされているような気がした。

 まだ汐音に前日のペナルティである罰は与えていない。

 全てが終わったらこれも加算して、汐音が微妙に嫌がりそうな罰ゲームをゆっくりと考えるとしよう。



「お前達か。俺を呼び出したのは」


 この時間の西浜に人はかなり少ない。今日に限っては私達しかいないのだから、私達にかけられた呼び掛けに違いなかった。


 ゆっくりと振り返ると、薄暗くてよく顔は見えないものの、上下黒のスウェット姿の男が、少し離れた位置に立っていた。


 立ち上がり男の方に歩み寄ると、汐音と佐渡晃も後をついてきた。



「そうです。私が弟さんに頼んで呼び出してもらいました。今回の件あなたがやったんですよね天屯さん。天屯義男よしおさん」


「あー、なんだよ今回の件って、……お前ら、見覚えがあると思ったら、この前学校に来てた女二人か。うーんお前も見たことあるな。あー、よくサッカーの練習見に来てるもの好きの兄ちゃんか」



 私達の事をマジマジと見ながら、天屯義男。腰超高校の守衛は人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら言った。


 この前も思ったけど、本当に癇に障る男ね。


 怒鳴りつけたい気持ちを抑えつけて、推理の返答をこの男に叩きつける。


「この紙に見覚えはありませんか?」


 鞄にしまっていたクリアファイルを取り出し、その中にしまわれている脅迫状三枚を指し示す。


「なんだよそんな紙。俺は知らねえよ」


 クズはクズらしくやっぱり否定をするのね。すぐに認めればそこまでボロボロにはしない予定だったけど、考えを改めよう。


 この男は完膚なきまでに叩き潰す。


「何日か前、私はこの紙を持ったまま帰り道を歩いていました。その時、たまたまあなたの弟さん、天屯猛男君とすれ違ったんですよ」


「それがどうしたよ」


「その時に言及される事はありませんでしたが、あなたの弟さんは不思議そうに私が握っている紙を見つめていました」


「俺には関係ない話だな。何が言いてえんだよ?」


「後から猛男君に聞きました。あの時、なんで私の手元を見ていたのかって。そうしたら教えてくれました。あなた、猛男君の部屋に押し入って、なんか紙を寄越せって無理矢理ノートを引きちぎって行ったそうですね」


「あー、そんな事もあったかもな。で、それがどうしたんだよ」


「猛男君は引きちぎって持っていかれた時見たノートの切り取り口のいびつさと、私が手に持っていた紙のいびつさが同じもののように見えたみたいなんです。これの意味する所はわかりますか?」


「あの紙なら捨てたよ。ちょっとメモに使いたかっただけだから」


「何をメモしたんですか?」


「ん、あー、あれだよ。FXやってるからよ。ちょっとメモリたい事があったんだ」


 その発言で墓穴を掘っている事に気がついていない義男はめんどくさそうにそう答えた。


 それを聞いて思わず、笑みを浮かべてしまう。


「そうなんですか。だったら『経済新聞』なんて……読んでたりするんですかー?」


 ギャルがヲタクをからかうように聞いてしまった。相手を逆上させてしまってもおかしくない挑発行為。

 しかし、義男は得意げに答えてくれた。


「あたりめえだろ。FXってのは情報命なんだよ。新聞も読むし、ネット記事も読む。情報が新聞にしか載ってなかったりすることもあるからな」


「へー、そうなんですか。仕事とは違って━━━━随分と熱心なんですね」


 あえて言葉尻が跳ねるように言ってみた。さすがの義男もムッとしたようで、私の方に一歩歩み寄るけど、それを見た佐渡晃が私の方に近づかないように警告する。


「天屯さん。それ以上進んだら取り押さえます」


 佐渡晃の体格を見て、170センチ程しかない痩せ型の義男は後退りして舌打ちをした。



「俺はあんなところで終わるような男じゃねえんだよ。ただの腰掛けなんだから真面目に働く意味もねえだろFIREして、俺は辞めるんだよ」


 FIREとは『Financial Independence, Retire Early』の略だ。


 資産的自立、そして早期リタイア。

 つまり、天屯義男はこう言いたいのだ。FXという投資で生涯困らない程の財産を築いて、働くのを辞めると。



 さっき調べたばかりで私もついさっき知ったばかりの言葉だけど。


「ちょうど私達と会話をしていた時、大損したようですけどね」


 天屯義男と私達が初めて会った日。

 ガバンに挟まれた入館記録にサインをする時、チャートグラフがナイアガラの滝のように沈んで行くのを私は目撃している。


「このクソガキが!」


 また私に詰めようとするも、佐渡晃が一歩踏み出すと、その動きを止めた。


「お前、どっかで会ったらただじゃおかねえからな」


「そんな事ばかりしていると、弟さんが悲しみますよ」



 義男は舌打ちをした後、大きなため息を吐き出すと、踵を返し、その場を去ろうと試みる。


「くだらねえ。お前らと話してる時間は本当に無駄だ。帰ってFXの勉強するからもう絡んでくんな」


 逃げようとするその背後に


「『経済新聞』を切り抜き、天屯猛男君から奪ったノートの切れ端で『脅迫状』を作り出し、『腰越祭実行委員』に開催を辞めるように爆破予告をしたのはあなたですよね。もう証拠は上がっているんです。逃げられませんよ。私達が証拠を持って、出るところに出れば、逮捕もされるでしょうね」


 私の告発を聞いた天屯義男は歩みを停める。そして振り返り言った。


「お前、そこまで言って、俺が犯人じゃなかったらどう責任とるんだ?ああ!?」

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