身勝手な予告状3

「やあ、勇利さん。久しぶりだね」


 カフェからの帰り道、踏切を渡り切る直前に見知った顔に話しかけられた。


「お久しぶりです。佐渡先輩。今からお帰りなんですか?」


 佐渡晃さわたりあきら腰高時代の一つ上の先輩で、七瀬那奈の交際相手だ。


 腰高在学時はサッカー部に所属していて二年生にして部長、女子生徒からはかなり人気のあった人物だ。


 正直、私は彼のことは苦手だ。


 だけど、たまたま佐渡晃とこうして遭遇できたのは、今の私にとっては僥倖ぎょうこうだった。


「ああ。そうなんだ。サッカー部の練習を手伝った帰りでね。汗臭くないかな?」


 冗談めかしてそう言ってきた佐渡晃に私はいいえそんな事ありませんよと答えてから、ある質問をする。


「そうだ。もうすぐで腰高祭の時期ですね。準備の方は順調に進んでいましたか?」


 佐渡晃は、たまにサッカー部の手伝いをしている。そう那奈から聞いていた。


 つまり、在校生と親交がある人物なのだ。


 ━━━━となれば、確率は低くとも脅迫状を出した人物に心当たりがあるかもしれない。そう思ったのだ。


「あー、そうだね。もうかなり飾り付けも進んできていたね。校門にも特設のゲートが作られていたよ」


 爽やかな笑顔と共に髪をかき上げる。そんな仕草をしながら佐渡晃は答えた。


「そうですか」


 過去に立花君と共に入り口のゲートを作り上げた事を不意に思い出したけど、無理矢理に記憶の端に追いやって、佐渡晃と向かい合う。



 脅迫状については里奈、私に、汐音、そして犯人以外は存在すら知らない事になる。


 もし、誰かを介して教師にでも知れたら、下手をしたら腰高祭が中止に追い込まれてしまうかもしれない。


 佐渡晃が信頼に値する人物なのか見定める為に、足元から頭の先まで順に視線で追った。


「そんなに僕の事を見て、どこかおかしな所でもあるかい?」


 当然、佐渡晃は不審がるけれど、話を引き受けてしまった以上、下手な事は出来ない。


 立花君との思い出の、腰高祭が中止になる。そんな事は、私には許せなかった。


「……佐渡先輩。少しお時間宜しいですか?」


 どちらにせよ、このまま話が大きくなっていって、私達だけでは対処することができなくなってしまうかもしれない。


 現に犯人からの脅迫状は回数を重ねるごとに過激な文言へと変化してきているのだ。


 それに、あの佐渡晃なのだ。みんなが聖人だ。完璧超人だ、と崇めるあの佐渡晃なのだ。


 きっと、私が今、話したとしても黙っていてくれるはず。


「ああ。大丈夫だけど、あまり遅くならないようにしてくれるかな」





 場所を移してやってきたのは、腰越海岸。俗に言う東浜だ。


 公衆トイレ近くの階段に、海を望める形で二人一メートル程距離をとって座った。



「で、僕に話しって何かな?那奈がヤキモチを焼いてしまうから、デートの誘いなら先にお断りさせてもらうよ」


 私がそんな話をするつもりではないという事は、佐渡とも分かっているはずだ。


 きっと、私の緊張をほぐす為に言った彼なりの冗談なのだ。


 でも、私は彼のこういう所が苦手なのだ。


「えっと、腰高祭についての事なんですけど」



 だからさっそく本題をぶち込んだ。

 だけど、佐渡晃は臆する事なく続けろと頷いてみせた。



「実は、こんな物が実行委員会の投書箱に投函それたんです」


 そう言って、私は三枚の脅迫状を佐渡晃に差し出した。


 佐渡晃は風に飛ばされないように慎重に脅迫状を受け取ると、街灯の光に当てて、一枚一枚目を通してから口を開いた。



「これは、酷いね。誰がこんな事を?」


「わからないんです。心当たりのある人物はいないかなと思って佐渡先輩に相談させて頂きました」


「なるほど」


 佐渡晃は海を眺めるようにしながら少し考えるように、顎に手を当ててから答える。


「僕が今付き合いのある学生達はみんなサッカー部の連中でね。カラッとした性格のやつらばかりなんだ」


 そう言いながら脅迫状を私に突き返してきた。


 つまり彼が言いたいのは、サッカー部の連中にこんな事をする奴はいない。ということなのだろう。

 こんな陰気な真似をするやつはいない。そう言いたいのだ。


 こういう所が私は好きになれない。汐音の時もそうだった。


「そうですか」


「悪いね。力になれなくて」


「いいえ。こちらこそお時間お取りしてしまってすいませんでした。あと、この件なんですけど、誰にも話して欲しくないんです。極秘裏に動いている物で」


「それは構わないよ。またなんか力になれそうな事があったら声をかけてよ」



「はい。本当にありがとうございました。それでは失礼します」


「待って。駅まで送るよ」


「いえ、大丈夫です」


「まあまあ。どうせ帰りはジョギングがてら帰ろうと思ってたから」


 断っても無理そうな雰囲気だ。


「……お願いします」


 ここからだったら江ノ島駅までは歩いて五分程の辛抱だ。


 とりとめのない会話をしながらしばらく歩道を歩いていくと、前方から腰高のジャージを着た人物が走ってきた。


 通り過ぎていくものと思ったら、私達の前でピタリと足を止めると、ハツラツとした笑顔をこちらに向けた。


「佐渡先輩お疲れです!……もしかして噂の彼女さんですか?凄い美人って本当だったんですね!」


 いかにもスポーツ少年。そんな印象を覚える短髪の少年だった。ジャージの色は緑、つまり一年生と言う事。


「お疲れ。まずは挨拶。そう教えているだろう。さっさと自己紹介」


「すいません。失礼しました。自分は腰高の一年三組、サッカー部に所属している天屯たかみち猛男たけおって言います。宜しくお願いします」


 そう言って、かなり深く頭を下げた。これぞ体育会系。そんなイメージ通りの男の子だ。


「よーし合格だ。あとな、彼女は俺の交際相手じゃないんだ。失礼にもなるからそういう事はしっかり考えてから口に出せよ」


「はい!以後、気を付けます!」


「よし!行け!」


「失礼しました」


 体育会系のノリにはついていけない。強くそう思った。


 走り去っていく天屯猛男の視線がほんの一瞬、私の手元に注がれているような気がした。


 私の手元にあるのは、三枚の脅迫状。


 彼が言及してくる事はなかったけれど、ほんのちょっと気になった。

 なんで気になったのかは言葉でうまく説明することは出来ないけれど。


「じゃあ、僕達も行こうか」


 佐渡晃に誘導されて、天屯猛男から視線を切ると、駅までの道のりを歩き出した。

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