第3話 突拍子もない

 催眠アプリの件……どうにかすべきだよな。


 学校で授業を受けながら、僕はそう考えている。


 だってこのまま催眠アプリを見せられるたびに演技しなきゃいけないのは色んな意味でつらい。

 別に里帆りほからお戯れなことをされるのがイヤってわけじゃない。

 とはいえ、キスだけで済まされれば生殺しだし、かといってそれ以上をやられるのもなぁ、って感じ……。


 どうにかして、里帆に催眠アプリをアンインストールさせるべきかもしれない。

 でもなぁ……それはそれでもったいない気もするし。


 などなど、悩ましい気分に耽っているうちにやがて昼休みを迎えた。


「――聞いてよ里帆ちゃんっ、りゅー兄ぃってば穴あき靴下で今朝登校しようとしてたんだよ! ほんとズボラでありえないよね!」


 お昼はいつも大体学食で腹を満たすと決めている。

 同じテーブルには里帆と、双子の妹である萌果もかも一緒だ。

 このメンツで食べるのがルーティーンみたいなもん。

 男子の目がキツくなるから僕はこの組み合わせを避けたいんだが、里帆と萌果が勝手に相席してくるんだからどうにもならない。


「りゅー兄ぃ聞いてる? ズボラだとモテないよ?」


 お小言を告げてくる萌果は、僕とは二卵性の関係なので容姿は似ていない。

 小柄な体型で、小動物みたいなヤツだ。

 栗色のショートヘアを小さく結って、まるで小学生……は言い過ぎにせよ、高校生には見えない。可愛いが、色気は皆無だ。


「そうよね萌果ちゃん、琉斗りゅうとはズボラ過ぎるわよね」


 僕の正面でカレーを頬張っている里帆が、萌果に同意を示していた。

 相変わらず、表向きは僕を不出来な弟扱いである。


「オシャレに鈍感だし、家に帰ればアニメ漫画ゲームばっかり。こんなインドア男のことを好きになるような女が居たら、私はぷぎゃーw って笑ってやりたいわよ」


 ……自分を棚に上げすぎてもはや棚が過重状態で崩壊しそうだな。


「さっすが里帆ちゃんっ、話が分かるね! 里帆ちゃんは間違ってもりゅー兄ぃのことなんか好きになっちゃダメだよ! まったく釣り合ってないからね!」

「あ、当たり前だわ、琉斗のことなんてミジンコとしか思っていないもの」


 ミジンコねぇ……そんなミジンコに好き好き言ってキスの嵐を見舞ってきたのはどこの誰でしたかね?

 まぁ指摘しないでやるけどな。僕としても、催眠状態が演技だったとバレるわけにはいかないし。


「毎朝りゅー兄ぃのこと起こしに来てるのも、安眠妨害だもんね?」

「そ、そうよ。健康的な朝を過ごさせようとしているわけでは決してないのだから妙な勘違いはしないで欲しいものね」


 ……ツンデレのウラ側を知ってるとこういう発言ってギャグに聞こえるよな。


「ちなみにりゅー兄ぃのことが嫌いな里帆ちゃんはどういう男子が好みなの?」

「え……まぁそうね……筋肉ダルマみたいな人かしら」


 ……周囲で急に腕立て伏せや腹筋を始める男子が複数現れていた。

 ウソを言っているんだから無駄な努力だぞお前ら……。


「ほうほう、筋肉ダルマかぁ。そうなるとりゅー兄ぃは絶対に里帆ちゃんの恋愛対象にはなりそうにないねw」


 そう言ってたぬきうどんをすする萌果。


 恋愛対象には絶対にならないどころか、むしろ逆なんだよなぁ。

 まぁでも、それは僕だけがひっそりと分かっておけばいい真実だ。


 今までは正直、里帆に腐す言葉を言われるのが嫌いだった。

 でも今後はドンドン言ってくれればいいとさえ思ってしまう。

 なんせノーダメを超えてもはや回復呪文みたいなもんだし。


「ねえ琉斗、このあと非常階段に来てもらえる?」


 食後、教室に戻ろうとしたところでこっそりとそう告げられる。


「非常階段?」

「ええ、先に行って待っているわ」


 そうとだけ言い残して、里帆が学食から立ち去っていく。

 僕は首を傾げながらもそのあとを追ってみた。

 そして非常階段のドアを開けたその瞬間――


「――琉斗っ、今すぐ放心状態になりなさい!」


 催眠アプリを掲げている里帆がその場に待ち受けていた。


 ……こいつ、まさか学校でナニかするつもりなのか!?




――――――――――――――


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