第12話 斬り咲くように

なんでこの人鍛治師なんだろう。

大槌という武器に似合わず、とてつもなく緻密な戦闘を繰り広げたアラハバキに、雨音は純粋な疑問を浮かべた。


ともあれ順調に準決勝に進む雨音。

次の対戦相手を確認する。

戦い方は守りが主軸で受け流すのが得意。と、


「よし…」


そういう相手は慣れている。

むしろそういう相手を崩すのは得意中の得意だ。


何故なら、妹弟子である優と戦い方が似てるから。

雨音はイーサの戦い方を観察しそんな印象を持った。


「どうやって勝ちましょうか…」


ただ勝つだけでは自分の成長に繋がらない。


だから今回は…

写鏡のように、相手の土俵で闘おう。

雨音はそう心に決めて咲う。


準決勝は明日の昼から。

それまでは王都の離れの森で、次の相手の技という技を洗い流し、網羅するべく修練する。


「なるほど、こういう感じですね。」


雨音は技の流れを、形を、理解していく。

所作は勿論、雰囲気まで近づいていく。


あまりにも速い習得。


雨音が天才とされるその所以は『術理への理解』だ。

その才能があまりにも剣術とマッチしてしまい、雨音は無限に成長する変幻自在の剣士となった。


深い造形を得る為の理解と、一切妥協することのない努力。

そして何より、楽しむこと。

それが何より成長する秘訣だと思ってる。


夜が明ける。


雨音は急いで会場に戻った。


「ふぅ、間に合いました…」


熱中しすぎたせいで時間を忘れていた。

今の時刻は、まだ大丈夫。


自分の控え室に戻り、会場内で繰り広げられている戦闘を画面越しで見る。


リシアの相手は、六代目剣聖ノイラ。


「あのレイピア良く壊れませんね…」


鞭のような、音速で迫り来る攻撃を受けるどころか流している。

あんな細い剣が壊れずにいるのは素材のおかげというよりも、使用者の技量が逸脱してしまった結果だろう。


蛇腹剣は普通の剣では無い。

鞭のように縦横無尽に軌道が変化する、音速でだ。

そんな攻撃を何度も受け流している。


例えるならばボロボロの船で嵐の中、海の状況を瞬時に把握し舵を切っているようなものだ。

いや、それの何十倍も難しいだろう。


「互角、では無いですね…」


リシアは吸血鬼。

太陽を克服している始祖の吸血鬼とはいえお昼時は相当アウェーな環境での対人戦。


長引けば、負けるのはリシアになる。


「がんばれ…リシア!」


雨音は画面を見ながら祈るように言った。




観客は圧倒されていた。

今までも圧倒される戦いの数々だったが、ダントツで圧倒された。


初代剣聖と六代目剣聖の戦い。


「凄い…」


後から合流したユオンはそう呟く。

アレフもまた、食い入るように見つめた。


「二人とも遅かったじゃないか!あ、それにガラシャ先輩とエヴァ先輩もいつのまに!?」


ローガンはギルドの依頼で一日遅れてようやく王都についたユオンとアレフの二人に言いながら、出番の終わったガラシャとエヴァの二人を迎えた。


『もう一人、いる。』


しかし、その四人以外に気配を隠して近づいてきた者が一人。

スーザイは気づいた。

その懐かしい気配に…


「久しいな。流石…よく気づきおったの。」


およそ老人とは思えない覇気のある空気、

エヴァとガラシャ、ユキナも気づいた。


「ジジイじゃねえか…!」

「老師、お久しぶりです。」

「ジンさん…?」


三人が声をかけると、まるで煙に巻かれたかのように消えいつのまにかローガンの隣に現れる。


先代、いや雨音に代替わりしたから先々代ギルドマスター。

ジン・レイヴ=クラインその人であった。


ジンはどかっと座り、試合を眺める。


「ほお、ノイラ嬢も成長してるのぉ、それからあっちが初代剣聖…か、」


当時最強と謳われたノイラを圧倒した七代目剣聖。

未だ衰えることのジンの眼は、確実に二人の戦いを捉えいた。


「次で決まるの、」


ジンがそう呟く。


「私には拮抗してるように見えるけれど、」


ユキナにしてみれば、この状況どちらが優勢なんて分からない。


それぞれが仕掛け合い戦況を作り出している。

それはまるで芸術的で、見る者全てを魅了する死合。


一見拮抗状態に見えるその光景。

だが…


『リシアの…作り出した、リズムを、ノイラは…強引に外している。』

「そうじゃな。あれでは先に消耗するのはリシア嬢じゃろう。」


だからこそ、リシアは次の…最後の一手に賭けたのだ。


そして…短くも長い戦いが終わった。


「勝者はノイラ選手!歴代剣聖同士の熾烈で鮮やかな戦いを制したのは、六代目剣聖ノイラ・レイヴ=アンダイクだあああああ!!!」


遠ざかる意識。

いつのまに、私は倒れていたんだろう…


身体が回復した筈なのに動けない。

何故……?


「いい、試合でした。」


ノイラはそう言ってリシアの肩を持つようにして立ち上がらせる。


脚がふらつく。

おかしいな…

なんで私は、こんなにも…


あ、そうか。

負けたから、だ。


雨音、私…勝てなかったよ、、

ごめんね。


最後の舞台に立つ資格が、私には無かったんだ。

悔しい、悔しいな…




「本物同士の戦いとはこうも美しいものなのか…」


国王ゼレットはそんな感想を言う。

圧倒的という他ない神業のぶつかり合い。


なんて、なんて美しい…


「お父様!私にも剣を教えてください!」


そんな時、来賓として招かれたイスカリオテ公爵家の御息女、セフィラが父クロウにキラキラとした眼を向け言い放った。


「お前はまだ12だろう?まだ早い!」


クロウよ、娘を持つと大変だな…

ゼレットはその光景を傍目で見ながらそんな感想を浮かべた。


「いやですわ!私もお姉様みたいになりたいです!」


セフィラは負けじとクロウに言う。


「だ、だが…」


クロウもまた、この試合を観て沸るものがあった。感化されても致し方ないことは重々承知している。


だが、それでも娘に危険なことはさせたくなかった。

イリスも騎士になると言った時、クロウは猛反対していた。が、娘に甘々な彼は最終的に屈したのだ。


「それに私と同じくらいの年齢で出場してる方もいますわ!」


セフィラは畳み掛けるように言う。


もちろん同じくらいの年齢、というのは雨音のことである。

ここにいる者全て、雨音の戦いを観ている。


あまりに荒唐無稽なその光景。

来賓の中には娘を持つ者も少なくなく、同じ年頃に見える雨音が魅せる戦闘には開いた口が塞がなくなるほど驚愕した。


「……イリスに教えてもらいなさい。」


クロウは、愛しの娘に折れガックリと項垂れた。


「ありがとうございますお父様!」


その反面セフィラは笑顔で喜ぶ。

クロウはこの決断が正しかったのかは分からない。

でも、危険なことはなるべくしないで欲しいと心から願った。








◆◇ーーー








「リシア、バトンタッチです。」


次は自分の番。

髪を後ろに結び準備完了。


「さあ!この剣聖杯もそろそろ大詰めになって参りました!本当に目を見張る数々の試合には胸の高鳴りが抑えきれません。」


司会は興奮しながら高らかに言う。


それが合図になり雨音とイーサは表舞台に立った。


「うおおおおお!!!アマネちゃん頑張れー!!!」

「うわ、こっち見て手を振ってくれた、俺に気があるのかな!」

「万が一にも無えよ!」


勝ち上がるごとに雨音のファンが増大していく。

あの容姿と所作、強さ。

それを踏まえれば当たり前なのかもしれない。


「天使様あああああ可愛いいいいいい!!!!!」

「ギルマスいっちまえええ!!!」


ウラクからわざわざ応援に駆けつけた面子も声を張って応援した。





「団長!やっちまえ!!!!」

「勝ってください団長!!」

「きゃー!!!!イーサ様ああああ!!」


こちらも黄色い声援と共に、団員達から慕われるカリスマを遺憾無く発揮する。


「イリス君がお世話になったね。」


優男、一見そんな印象を感じる雨音。

いやこれは…

そんなチャチなものではない。


根っからの騎士。

仲間の敵討に来たとでも言いたげなギラついた闘志。

ポーカーフェイスがお上手なことで何よりだ。


「先手は譲ります。」

「おや、お嬢さんがそう言うならいかせてもらうよ!」


盾で目隠しをして死角から剣で攻撃する。

なるほど、やりにくい。


しかしこういうのはどうだろう?


「な!?パリィ!?」


あわせ』という技法。

パリィに似たものだが、次の予備動作も完了させる一石二鳥の超絶技巧。


妹弟子の優が最も得意とする技だ。


新鮮でしょう?

そう言いたげな表情を浮かべる雨音。


「っこれは…侮れない!」


剣を交わした瞬間分かった。

目の前の少女は、これ以上ないほどに強い。


しかしどことなく違和感を感じるイーサ。


待て、その歩法は…型は、

王国の騎士が採用している剣術。

ハルア流剣術にそっくりだ。


いままでの試合で彼女は全く見たこともない剣術や体術を披露した。

どれもとても合理的で最適化されたもので、あれを取り入れたらハルア流も更に進歩する。

そう考えていた。


しかし、今彼女が使っている剣術は私が使っているものと同じ。

いや…それ以上に昇華していると言っていい。


「どうしました?脚が止まってますよ?」

「くっ…!」


フェイントは通じない。

パリィを誘うが、それに乗った上でねじ伏せてくる。

豪剣の最高峰だ。


まるで講義。

イーサは雨音に戦いを通して指南されているような感覚に陥る。


「もっと速く鋭くいきましょう。」


雨音は豪剣に、自分の流派を混ぜ合わせる。

攻守どちらも隙が無い。

元々隙など無いのだが………それ以上に、


「一つ、」

「がっ…!?」


雨音は相手の脚を崩す。


「二つ、」

「ぐふっ、」


胴体を“世海”の峰で穿つ。


「三つ、」

「ガハッ…!!」


一閃にて敵の守護を破壊する。


「四つ、」

「うっ…」


顎に拳を叩き込む。


「五つ、」

「がぁ…!!!??」


抜刀で切り裂く。


【雨笠一刀流,第三節激流】

相手のフィジカル、知覚で勝負させない技の連続。

単純に認識しずらい技に加え、予想できない一撃が繰り出されるから尚更だ。

それに加えて速さ、威力も最高水準。

初見殺しでは最も強い。


「近衛騎士の団長が、あんな一方的にやられるなんて、」


信じられない光景だった。

国の守護の象徴『騎士』

その中でも最も強く清く賢き者にしか成れない『近衛騎士』

そんな団長が、ただの一撃さえ与えられない。


理解不能。

その一言に限る。


勝負はとっくのとうに終わっていた。


「何が、一体何が起こったのか!私たちには知る術すら与えられない。強く美しきその剣に秘めるものに私たちは恐ろしいほどに惹かれている!」


雨音の強さは皆重々承知している。

しかし、これはあまりにも…強すぎる。


魅了してやまない。

惹きつけてやまない。

ただひたすらに…


「凄まじいな…」


ジンは身体を震わせながらつぶやいた。

こんな老いた身体じゃなければ勝負を挑みたかった。

きっと全盛期でも、勝てん。

アレには勝てんのだ。


「見てよこの鳥肌、あれがうちのギルマスか。」


ローガンはユエとウォゼットに自分の腕を見せる。


今まで見てきた彼女の片鱗は、ほんの小さい一部に過ぎなかったのだと理解した。


限界値は一体どこにあるのか、

分からない。

見えない。


ノイラもまた、控え室で画面越しで見た雨音とイーサの戦いに身震いする。


「なんですかあれ…」


才能、

そんなもので言い表せるものじゃない。

彼女は一体誰からあの剣術を学んだのか、

先代の水の精霊王様だろうか、


あの方もまた、精霊でありながら素晴らしい剣術が使えた。

私が

しかし、どこまでも経験と努力を積んだ才能を感じられない剣。

似ても似つかない。


私とは対極的な存在だ。










◆◇ーー









「私たちは伝説を見届けてきました。あらゆる物語が繰り広げられ、勇姿をこの目に焼き付けてきました!皆様、そろそろもう終盤も終盤、最終幕。最後まで見届けましょう!二人の剣姫が今戦いを繰り広げるべくフィールドに立ちます!!第四十回剣聖杯決勝戦!!!!開始!!!」


その言葉と共に、二人は挨拶がわりに強烈な一撃をお見舞いした。


剣がぶつかり合う音が、会場を共鳴させるかのように…


もはや声援はない。

会場は静まり返っていた。


「すげぇ、」


誰かが聞こえるか聞こえないくらいかの声量で呟く。


これに限る。

これを言葉に表せるのならば、それは文豪でもやった方がいい。


剣と剣がぶつかり、まるで音楽のようなリズムを刻む。


リードしてあげますよ。と、雨音は剣でそれを表しノイラは苦笑しながらそれに乗った。

乗せられるしかなかった、と言った方が適当だろうか…


嗚呼、追いつけない。

もっと離されていく。置いてかないで…


背中が、見えないんです。


才能の無さを痛感させられる。

自分は、もう成長できない。

無理やり実感させられたのだ。


「超えなければ、ここで終わりですよ。」


雨音のその言葉に、ノイラはハッとさせられた。


私は今回の剣聖杯を最期にするつもりだった。

もう成長が見込めない自分に嫌気がさしたから。

置いてかれるのが辛いから。


でも、あなたが待ってくれるのならば…

私は応えなくちゃいけない。


「お願いします、師匠。」


水の精霊王様に私は剣術を習った。

彼女とは似ても似つかない、剣術を使うが雰囲気は、とても似ている。


雨音様、あなたは一体…何者なんですか?


二人の剣舞は、サビに入る。

激しく鋭く、印象深く。


どこまでもどこまでも情熱的に…

いつまでもこの時間が続いて欲しいとさえ思える。


「その調子です。」

「……っ!」


もっと、もっと…


いける、

建て付けの悪い扉が、少し緩んだ。


開けられる。

私は、私の限界を…超えられるんだ!


その瞬間、放った一閃は雨音の頬を傷つけた。


「あは!」


雨音は無邪気に咲った。

これまでも笑っていたが、それとは全くもって別物。


雨音の師匠以外に誰も見せたことがない、狂気すら感じる笑み。

天使に紛れる悪魔の一面。




【雨笠一刀流,第五節月時雨】


静寂の一太刀。

雨のヒトシズクが落ちた残響がノイラの耳に残る。


嗚呼、私はもう斬られてたのですね…




「瑠璃の剣姫にして百戦錬磨が集う辺境ウラクの新たなギルドマスター!S級冒険者!あらゆる称号も、先程の技に比べれば誰も彼女を表すことができていない!アマネ=ツルギの名はいつまでも語り継がれることとなるでしょう!

剣聖杯優勝はアマネ=ツルギ選手だああああああああああああ!!!!!!!」


そして会場の静かさは一転して大地を揺るがすほどに響く声援が駆け巡った。


「さて、残すところはエキシビジョンマッチ。現剣聖イオリ対アマネ、もう待つことなんてできないですね!!会場の余韻もありますが早速参りましょう。剣聖様、お願いします!」


司会はイオリに目線を配りながらそう言った。


イオリは頷き、会場の中央に飛び降りる。

着地音が全くしない独特な歩法に雨音は喜びを浮かべた。


「初めまして。新しいギルマスさん。」

「アマネでいいですよ、剣聖。」

「僕もイオリでいいよ。」



ーーー始めようかーーー


阿吽の如く始まった戦い。


「これを受けられる人なんていないと思ってた!!」


雨音は敬語を忘れイオリに叫ぶように言う。

イオリもまた自分と対等に渡り合えることに歓喜を表す。


良い…

楽しい…


速く鋭く、最早何をやっているのか見えない。

これが剣術だとでも言うのか?

神話でもこんな凄いものは無いだろう。


青い閃光が縦横無尽に駆け巡り、それを真正面から受けるイオリの大太刀。


「良い武器ですね!なんて銘です?」

「この大太刀のことかな?【円羅《エンラ]】って言うんだ。」


死合をしながらも和気藹々と語る二人。


本当に、楽しい。


第一節,神立

第二節,霧雨

第五節,月時雨


絶えず浴びせ続ける。

常人の身体ならばバラバラに砕け散るほどの無理な態勢で。


虚弱な自分では、無理だった。

だから…

試してみよう。


大雨は環境を破壊する。

岩を、山を削り取る。


破壊だけを表すその技は………

【雨笠一刀流,第六節雨ノ方舟】


それは終わりの一撃だった。


重ねがけされた決壊が一瞬で木っ端微塵になる。


それを直撃したイオリは、脚が吹き飛んでいた。間一髪で避けた筈なのに、余波で脚が無くなった。


イオリは地面に倒れ、目を瞑り言う。


「九代目剣聖、イオリ・レイヴ=カザキリは『剣聖』の名を、アマネ=ツルギに譲渡します。」


嗚呼、ほんとに楽しかったよ。

悔しさもあるが、それは紛れもない事実だ。

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