第3話 見つめる瞳

 二か月後、全校集会の日がやってきた。あれからクラスで病弱のキャラが付き男子からは心配という名のイジりが度々あり、女子からは本気の心配をされるようになった。まあ、入学早々嫌われるか空気と同じ存在になるよりかはまだマシな高校生活のスタートだった。結局あの一件以来、先輩とはすれ違うこともなく先輩の姿がどんどん自分の中で美化されていく。あの綺麗な顔立ち、茶目っ気のある笑い方。次の集会でまた会えるだろうか。退屈に思えた集会がいまは待ち遠しい。二か月ぶりの第一月曜日。普段よりも三十分早く起き身支度を整える。学校に着くと早速集会のために廊下に並ぶ。案の定男子たちからは今日は大丈夫かと肩を小突かれ女子からは本気で心配される。それらを愛想笑いで受け流し体育館に向かう。

 入場は学年順のため三年生は後から入ってくる。われら一年六組の列が並び終わり後ろから三年生の列が入ってくる。隣にぞろぞろと入ってくる三年生たちは二歳しか違わないのにどこかオーラが違う。三年生が並び終わるとすぐ隣にはこの前僕を看病してくれた先輩が立っている。この前は座っていたからわからなかったが、先輩の身長は僕よりも若干高く凛とし佇まいに思わず恐縮してしまう。まだ定刻前なので周りはざわざわとしている。この間に先輩に話しかけたいが先輩はまだ僕の存在に気づいていないようだ。僕はただでさえ女子と話したこともろくにないのに自分から年上の女性に話しかけるなんて難易度が高すぎる。どんな言葉を話しかければいいかドギマギとしていると向こうの顔がこちらを向き目が合う。向こうは僕のことを覚えてくれていたのか微笑みかけてくれた。その優しくも吸い込まれそうな目で見つめられるとドキリとする。

「あ、えっと…」

「おはよう、この間は大丈夫だった?」

「あ。え、はい。あの」

何か声を発さなければと言葉にならない言葉を発しながら、それに続く言葉を探す。

「あの、この間はすみませんでした」

「どうして謝るの」

「あ、すみません。おかげさまで午後の授業から復活できました」

「よかったね」

「はい…」

そのあとの言葉が出てこない。まったく会話が弾まず、今の今まで彼女も作らず教室の隅っこで生きてきた自分を恨む。こんなことなら無理やりでもクラスの人気者たちと仲良くしておけばよかった。とは思わないが必要最低限のコミュニケーション能力を身につけておけばよかったとは後悔する。周りを見渡すと先生たちも所定の位置につき始め、もう間もなく校長先生のありがたいお話が始まりそうだ。どうしてもこの瞬間を無駄にはしたくない。自分の持つ最大限の語彙力とコミュニケーション能力を引き出し話題を振る。

「校長先生の話って長いですよね」

たったいまステージを上る校長先生を見て話題にする。

「そうね。私は校長先生が〝えー〟を何回言うか数えながら時間をつぶしているわ」

なんとか話題を絞り出せ先輩が乗ってきてくれた。先輩から返ってきた答えは凛とした見た目と裏腹にチャーミングな一面でこの人への興味が増す。

「皆さん静かにしてください。全校集会を始めます」

マイクにしゃべり始める学年主任のアナウンスが流れると。だんだんとあたりが静まっていく。静まりかける数秒の中で、話しかける最後のチャンスだと思いささやき声で聞く。

「つかぬことをお伺いしますが、お名前を聞いてもよろしいですか」

「そういえば言ってなかったね。私は篠宮椿。あなたは」

「吉崎です…吉崎信」

「信くんね、よろしく」

丁度、校長先生は二か月ぶりのお経のようなありがたいお話を話しだす。

「えー最近梅雨に入ってきてジメジメしてきました。えー皆さん体調には気をつけて。梅雨の時期は身体に水分がたまりますからね。えー体の水はけをよくして…あハゲじゃないですよ。なんて。ははは」

校長先生が話している間、僕は先輩が僕の名前を呼ぶ光景を何度も何度も頭の中で反芻させていた。

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