吐息

八千代

第1話 雪景色

 ため息交じりの白い息を灰色がかった空に向かって吐き出す。どうして僕は生きているのだろうか。永遠に答えが出ないであろう問いを頭の中でめぐらす。

 深々と雪が降り続ける冬空の中、僕は公園のど真ん中にポツンと佇む。中低木の椿に囲まれたこの公園はあたり一面銀世界。白一色の世界を囲むように咲く赤い椿の花はとても綺麗だ。椿の花は咲き始めたばかりなのか赤く色づいたツヤのある花びらとポツポツとつく蕾は深緑の葉につくブローチのよう。今朝のニュースでは一日中雪予報。積雪二十センチの予想だった通り、公園の中には小さいころによく使っていたブランコもすべり台も愛犬者御用達の広場も新雪に埋もれ僕以外の足跡はない。広場の真ん中に立つ僕はこの世界に一人だけ取り残されたような気分だ。

 都会というほど都会ではなく田舎というほど田舎ではないこの街では誰もが自分の役割を演じている。友達役、お母さん役、先生役、ご近所付き合いでは人当たりの良い人を演じ、教室ではピエロを演じている者もいる。みんなが当たり前のように役割を演じ社会を回しているなかで、僕は何の役に立っているのだろうか。体が凍える中で不毛な問いが頭を巡らせ再度白いため息をつく。

 せっかくの休日にわざわざ氷点下近い外に出かけるなんて変な人に思われるかもしれない。厚手のコートとマフラーで身を包んでいても時間が経つにつれ指先が悴み、歯がカチカチと鳴るほど体が凍えてくる。奇行に走る自分を楽しんでいる自分がいる。わざと変わった行動をする。それを楽しむ自分。周りと違う自分。何か才能が欲しかった。才能と言わずとも何か一つでも誇れるものがあればそれを誇りに生きていけるのだろうか。

「さむっ」

そんなことを考えていても、このような思考は同い年であればだれもが考えうる問いなのだろう。ありふれた思考をする自分が寒い。つまらない。そんなことを考えている間に肩には雪が積もっている。体を動かさないとさすがに冷えてくる。雪でできる遊びといえば雪合戦か雪だるまをつくることしか思い浮かばない。雪の多く降る東北の地で育った僕がこの程度の遊びしか思い浮かばないのは、遊ぶ友達が全くと言っていいほどいないためなのだから仕方がない。

「雪だるまでも作るか」

そうつぶやくと同時に一抹の不安も沸き立つ。もしも同級生たちに一人で雪だるまを作っている姿を見られたりでもしたら翌日からクラスの笑いものになるのは確実だ。それだけのことで笑いものになるなんて思春期の学生はなんて残酷なのだろうか。たしかにこんな雪が降る中、外に出ている人間なんてもの好きしかいない。

 雪だるまは作り始めてみると意外と面白い。きれいな玉の形、頭と胴のバランス、目になる石と腕になる枝探し。こだわり始めると際限はない。ただただ時間は山ほどある。自分の腰くらいの玉を完成させ真ん丸の頭をつくり絵にかいたようなシルエットを完成させる。仕上げに取り掛かろうと地面に這いつくばりながら雪をかき分けながら石と枝を探す。

 ズフッと雪を踏む音が聞こえた。目の前にだれかがいる。しまった、雪だるまづくりに集中していたせいで人の気配に気づかなかった。雪だるまづくりにはしゃぐ中学生の姿を誰かに見られたという恥ずかしさを感じ、目の前に広がる空気の含んだ雪に顔を埋めたいと思う。だが仕方なく顔を上げる。目の前には1人の女が立っていた。深緑のコートに身を包み、唇に真っ赤な口紅をつけた女が。肩には柔らかな雪が付いていて、その姿に思わずつぶやく。

「…椿」

女はびっくりした顔で言う。

「どうして私の名前知ってるの?」

こんな醜態を見られた恥ずかしさと言葉を返された焦りで思わず誤魔化す。

「えっあっいや何でもないです」

会話が成立していないが、女は気にせずにふーんと微笑む。

この女はこの辺では見かけない出で立ちだ。歳はいくつだろうか。身につけているコートは悪く言えば古っぽい。白く薄い顔立ちには目立ちすぎな真っ赤な口紅が大人っぽい印象を受ける。夜職で働いていると言われても納得する風貌だが、微笑む顔にはどこか幼げな顔をのぞかせる。不審げに女を見つめていると。

「ねぇ、君雪だるまつくってるの?」

「な、なんで?」

やはり見られたかと動揺していると、白く細長い指が僕の後ろを指さす。

「ほらそこ」

スラリと伸びた指がさすほうには、形とバランスにこだわった二つの玉が完璧な比率で佇む。

「その雪だるま、ステキね」

女は微笑みながら僕に言う。その言葉をかけられた瞬間、僕の心の中の曇り空が一気に晴れた気がした。誰に見せるでもない、ただの自己満足で作ったものが褒められた。その言葉がただただ嬉しかった。向こうからしたら雪だるま未満を褒めただけなのだろうが僕には自分の存在を肯定された気持ちになった。生きていて良かった。たかが十年ちょっとしか生きていないのに、大げさすぎるほどの生きがいを感じた。

「私も作っていい?」

お姉さんは僕に聞く。

「うん…いいよ」

「ありがと」

 お姉さんの雪だるまと並ぶ二体の雪だるまは一週間立っても三分の一の大きさになりながらもそこに存在していた。この思い出は、今でも僕の中で薄く淡い記憶として残っている。

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