コメディーのごった煮

タカハシヨウ

【脚本】脚本家、失踪。

 ……クソ、何度かけても繋がらない。


 一体どうしてくれるんだ脚本家の奴め。映画の撮影期間中に逃げやがって。この話一体どうやってまとめるつもりだったんだよ。明日が撮影最終日だってのに、何を撮るかも決まってないぞ……。


 こうなったらもう監督の俺が考えるしかない。一度設定とこれまで撮ってきたシーンを見直そう。


 まずは主人公の早苗。サッカー部のマネージャーをしている高校二年生。そして早苗を取り巻く双子の龍一と龍二。この三人の三角関係を描いた青春映画だ。


 龍一は二年生ながらサッカー部のエースで成績も優秀。誰にでも分け隔てなく気さくに接する爽やかな男。学校中の女子に注目されながらも一途に早苗を想い続けている。物語が始まった当初からすでに早苗とは友達以上恋人未満な関係で、はっきり言って周りから見たらもう付き合っているようなものだ。だが、龍一はエースとしてサッカーに集中するため告白するのは堪えており、早苗もそれに応えるかのようにマネージャーとしての仕事に集中している。


 一方弟の龍二は軽音楽部に所属。しかしどうしてもドレミファソラシドの順番を覚えられず誰もバンドを組んでくれない。やさぐれた龍二は毎日Yahoo!ニュースのコメント欄で芸能人の悪口を書いて憂さを晴らしている。早苗のことが好きで、龍一の悪口を吹き込むことで相対的に上に立とうとするという嫌なアプローチで攻めているが、ガッツリ拒絶されている。たびたび早苗の上履きを盗んでいるが代わりに新品を置いておくのでノーカンだと考えている。


 そして先週までの撮影で龍二がついに芸能人に名誉毀損で訴えられて警察に呼び出されたところまで撮り終わっている。……ここから先の脚本はできていない。しかし、……最終的に早苗がとくっつくシーンは先に撮影済みだ。


 ……何があったんだ早苗! ここから逆転とかあり得るのか? この間を埋めるなんて一体どうすればいいんだ!


 ど、どうせ脚本家はもういないんだし、いっそオチを変えて龍一とくっつくパターンにしてしまうか……? そうだな、絶対その方がいい。意外性を狙ったのか知らんけど龍二とくっついても誰も納得しない。最後に早苗が突然おかしくなるというホラー映画になってしまう。


 ……いや、ダメだ! 明日の撮影最終日には早苗役の女優が来ないんだ! 早苗が出てくるシーンはもう撮れない! 龍二とくっつくオチしかもうあり得ないんだ!


 ほ、本当にどうするつもりだったんだあの脚本家は……? 三角関係を描くとか言ってたが、今のところカップルの横にヤバい奴が1人いるだけじゃないか。どう考えても早苗が龍一を差し置いて龍二に走るのは不自然だ……。


 あ、でも龍二をもっと魅力的なキャラクターとして作り直せばいいんじゃないか? 明日しかないとはいえ追加シーンを撮影できる。今まで撮ったシーンも削ればいいだけだしな。えっと……撮影済みの龍二のシーンは……。


 シーン6。龍二が「これでも叩いとけ」と渡されたカスタネットを窓に投げつけた件を全校集会で叱られるシーン。シーン8。龍二が早苗の下駄箱を物色しているところを早苗に見られ「臭くねぇか確かめてやっただけだ!」と逆ギレするシーン。


 シーン11。龍二が龍一のオナラの回数をカウントした結果を早苗にLINEしてブロックされるシーン。


 シーン14──。


 ダメだ! こいつ登場するたびロクなことをしていない! カットしていったら存在ごと消えてしまう! 早苗は龍一を突然見限って終盤で突然出てきたぽっと出の弟とくっつくというシナリオになる……。そ、そっちの方がまだマシか? だが散々龍一といい感じになっておいてそれでは早苗の見え方が悪いか……。


 じゃ、じゃあ、龍二の悪行を削るのはほどほどにしてちらほら登場はさせつつ、龍二の良いシーンを追加して何とか悪いイメージを帳消しに──、いやそれも無理だな! 何を成し遂げれば帳消しになるんだこんなの!


 というか何なんだよ早苗! 序盤でブロックしてる相手とくっつくなよ! 本当はお前がこの話の一番のガンなんだぞ⁉︎ お前が意味の分からない選択をしなければ龍二もヤバいサブキャラってだけで済んだのに! ふざけんなよ早苗……!


 ……あ、それならいっそ早苗をイカれた趣味のアンポンタンとして描き直すってのはどうだ……? そうすれば最後の馬鹿げた選択も早苗らしい筋の通った判断ということに──、


 あ、違う。早苗のシーンはもう撮り直せないんだった。え? というか早苗がもう出られないんだとしたら、これから早苗が龍二に惹かれていくシーンも撮れないってことか? 早苗がいない場面で早苗が龍二を好きにならなきゃいけないと……? じゃあもう詰んでるぞこれ!


 そ、それでも何とか完成はさせなければ……。早苗も龍二もいじれないとなら……龍一をいじるってのはどうだ……? 龍一が……実は龍二よりヤバい奴だったことが発覚するシーンを撮って……絶望して自暴自棄になった早苗が龍二とくっついてしまうという……バッドエンドにする……とか。観ていて気持ちの良い映画にはならないが話の筋だけは通る。


 い、一応撮影済みのラストシーンを確認しておこう。このシナリオで上手く繋がるような台詞回しだといいんだが……。


 えっと、シーン313……。龍二の告白の台詞が「お前の靴、口に含んでも大丈夫な程度には臭くなかったぜ。気に入った。付き合ってやる」で、早苗の回答が「嬉しい。私も本当は龍二のことが好き」。そのまま2人はキスをして──やめろ早苗! 一番チューしちゃいけない口だそれは!


 何だこれ⁉︎ 前後の繋がりとか抜きにしてこのシーン単体で観てもひどくないか⁉︎ 何でこの告白が嬉しいんだよ早苗! いよいよ意味わからんぞ! あー、だが! さっき考えた「龍一が本当はヤバすぎる奴だということが発覚して自暴自棄になった早苗がヤケになって龍二とくっついてしまう」というシナリオなら逆にこのシーンは生きるかもしれんな! 早苗完全に自暴自棄にはなってるわ!


 えっと……じゃあ、龍一が何らかのヤバいことをして……、それが学校中の噂になり……、絶望した早苗は学校に来なくなった。これで告白シーンまで早苗が登場しないことにも説明がつく。よし、あとは龍一を龍二以上のクソ人間に仕立て上げるシーンさえあれば……。


 ないわそんなの! 相手はあの龍二だぞ⁉︎ 無差別殺人くらいやらなきゃ勝てる相手じゃない! 大体龍一に関しては散々かっこいいシーンを撮ってきたんだからちょっとやそっとじゃ印象を覆せないし……! じゃ、じゃあせめてかっこいいシーンは全部削って……、いや、そうしたらやっぱり存在ごとなくなってしまう! 龍一がいないとただただ龍二が気持ち悪いことばかりやり続けた挙句最後に何故か彼女ができる映画になっちゃうじゃないか! 誰が観たいんだそんなもん!


  龍一の株を落とすのも無理だ……。龍一は優秀なモテ男のままで早苗に絶望を与えなければならない……。そんなの一体どうすれば……。


 そ……そうだ。龍一はいい男だが、それでもどうしても付き合うことはできないという事情があるとしたら……? 早苗は龍一のことが好きだが、どうしても諦めなければならない事情がある。それに絶望して自暴自棄となり、反動で龍二と付き合ってしまう。こ、これなら上手く繋がるんじゃないか?


 どうしても付き合えない事情……。どうする?


 早苗のシーンはもう撮れないわけだから、すでに撮影済みの映像の中でその事情とやらを描写しないといけないんだが……。CGを使って……龍一をどうしようもないほど毛深いゴリラか何かにして……種族の違いで付き合うのは憚られるという風に……。


 学校中の女子が毛深いゴリラに注目しているという異様な設定にはなってしまうが……。でもゴリラと実際付き合えるかと言ったら微妙だしな……。あくまで動物園的な人気だったことに……。


 いや、龍二と付き合うくらいなら毛深いゴリラの方がマシか? さ、早苗は頭はおかしいが人を見た目で判断するタイプではないしな。自分の下駄箱を物色していた龍二と全く同じ顔をした双子の兄の龍一のことが好きになるほどに──。


 はっ……! 全く同じ顔⁉︎


 そうだ! 龍一と龍二は双子! 演じている役者も本物の双子だ! ってことは……龍一を龍二に、龍二を龍一にすり替えることができるんじゃないか⁉︎


 何らかの事情で2人は入れ替わって過ごしていた。どんな事情かは知らないが今まで考えてきたことよりはるかに簡単に思いつきそうだ。そしてその事情を描くシーンは早苗の役者がいなくても撮影できる。これで全部解決だ。簡単な話じゃないか!


 サッカー部のエースで早苗といい感じだったのは実は龍一ではなく龍二だった。本物の龍一はドレミファソラシドも覚えられずネットで誰かを中傷する毎日。しかしついに訴えられて警察に連行されてしまう。そこで正式に身元を調べたられたところ実はこっちが龍一だったと発覚。龍一が逮捕されたことによって入れ替わりをやめ、今まで龍一を名乗っていたが実は龍二だった方がついに早苗に告白する。これで綺麗に繋が──。


 だ、ダメだ!! 龍二は告白の際早苗の靴を口に含んでいる! そもそも告白のシーンは単体でもおかしいんだった! これじゃ双子のヤバい方は靴を盗み、まともだと思ってた方も盗んだ靴を借りて口に含んでいたことになる! どっちも頭おかしいしそれで喜ぶ早苗もイカれてるぞ!


 も、もう八方塞がりだ……! ど、どうする? 明日までに解決策を思いつくか……?


 ……よし、決めた。俺も逃げよう。




--------作者より--------

王様ジャングルの浅沼晋太郎さん出演回にて「映画監督」をテーマに書かせて頂いたものです。

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