第2話リーシェ、ダンジョン配信始める

私、リーシェ・サフォークは侯爵家令嬢にして剣聖のタレントを授かったレンブラント王国の至宝とまで言われた武人だ。


しかし、私には大きな悩みと秘密がある。


私が人生を生きるのはこれで六回目だ。


一度目は商人の娘として生を受け、二度目は魔法使いの家系に生まれ、三回目は聖職者として生を受け......何度も違う人生を生き続け、そして十八歳の誕生日に必ず漆黒の禍々しい魔物に襲われ、生きたまま喰われて死ぬ。


剣聖となり、今度こそは打ち勝って、十八歳より長く生きてやると誓った。


十八歳まで生きることさえも叶わぬまま死ぬのかと思った矢先に何故か異界としか思えぬ世界で職質というものを受けているのである。


「それで君、どこの国の人? 外国の人だよね。いくら日本の治安が良いからと言っても、君位の年齢の女性がそんな恰好で夜の渋谷を歩いていたら危険だよ」


「私の事を心配して話しかけておりますの?」


「そうです。この辺は悪い男が大勢いる。悪い事は言わないから、早く宿に帰った方がいい。君のその恰好、コスプレイヤーさんかな?」


「コ、コスプレイヤー? 一体何のことですの?」


青いシャツに黒のベストとパンツを履き、金の紋章の入った帽子を被った男が問いかける。


「ん? コスプレにしては随分と本格的だね。剣も鎧もまるで本物みたいだ」


「馬鹿を言わないでくださる! 剣聖の私が偽物など身に付ける訳がないのですわ。これは本物の剣と鎧なのですわ!」


男はあっけにとられた様な顔をすると、先程とは違って、難しい顔になった。


まるど自警団が不審者を見つけたかの様な。


「君、ちょっと署まで同行してもらっていいかな? 少しお話を聞きたいな」


「お断りしますわ。公爵家令嬢の私に向かって無礼ではありません事? おととい来やがれですわ。そもそもあなた、誰なんですの? 名乗りもしないなど無礼ではございませんこと?」


「えっと......どっかの国の貴族様? う~ん、今時そんな国あるのかな? あ! いや、確かに名乗りもしないのは悪かったね。外国の人だとわからないかもしれないね。私は警察官で鈴木です。お嬢さんのお名前は何というのかな?」


「警察官? 自警団の様なものか? ならば、私はサフォーク侯爵家の娘、リーシェ」


警察官と名乗った鈴木という男は何故か私がサフォーク家の娘と知れても腰をおり、敬意を示さない。やはり身分の低い下賤の輩か? 自警団なら、それ位の作法は身に付けている筈。


「なんでそんな目で睨むのかな? 君、立場をわきまえないとダメだよ」


「立場をわきまえないのは貴様の方ですわ! 無礼ですわ!」


「あのね。下手に出ていればいい気になって、本物の剣を持っていると公言している人物を警察が放置できる訳ないでしょ? 力づくでも連行するよ」


「ほう? この私に対して力ずくですの? できるものならやってご覧なさい。ブチのめして差し上げますわ」


「こいつッ」


こめかみをぴくぴくさせて、男が私に近寄って来た時、背後から声をかけられた。


「リーシェ様!」


後ろを振り返ると、そこには、あの荷物持ちのエルフ、アリスがいた。


そして慌てて私達の間に割って入って来ると、警察官とやらに話を始めた。


「この方が何か失礼な事を言ってしまったのでしょうか?」


「ええっと、この方の知り合いですか?」


「は、はい。彼女の元同僚でアリスです」


「同僚? こんなに若いのにもう仕事を? いや、こんな時間にこんな格好でうろついていたら危険だと思って声をかけたのですが、とても非協力的な上、本物の剣を持っているなんて物騒なことを言うから、ちょっと署で話を聞こうかと思っていたのです」


「ほ、本物の剣なんて、そんな訳がないじゃないですか。これは私が作った精工なレイヤーのアイテムでして、その、この子、可哀想な子なんです。わかるでしょう?」


「あ......うん。実は私もそうかな~、なんて思ってたんですが、やっぱり?」


「はい。自分の事を貴族のお姫様と信じていたり、剣聖とか言うアニメの影響を受けちゃいまして、その、厨二病の長患いをしておりまして」


「......ああ。やっぱり」


何ですの? その残念な生き物を見るような目は?


「えっと、彼女はこう言っていますが、それで良いですか?」


憐れむような目で私に問いかける男に私はこう言いますの。


「私の事馬鹿にしてますの? ぶっ殺します「リーシェ様、お黙りなさって下さい!」


アリスに遮られ、彼女は耳元でこう囁く。


『私の話に合わせて下さい。お願いです』


目に涙をためた彼女を見て、仕方なくこの無礼な男を許すことにしますわ。


「まあ、アリスの言うことはおおむねその通りですわ、多分」


「そうか。自覚はあるんだね。早く良くなるといいね。今日は早く帰りなさい」


何故私が病気なのかの様な憐れみの視線を向けられなくてはならないのです?


「今日はダンジョン配信をする予定なんです。それでこの衣装なんです。お騒がせしました」


「そうか。君たちは配信者だったのか、合点がいったよ。たくさん視聴者がつくといいね」


そう言って、男は立ち去って行った。


「配信?」


「はい。これからダンジョン配信します。リーシェ様にはセンターになってもらいますからね」


アリスが配信とか、センターとか謎の言葉を発するが、今は彼女に従った方がいいのですわ。


それにしても......あの鈴木という警察官とやら......ぶっ殺してやりたかったですわ。


私は残念に思うものの、アリスに連れられて、渋谷のダンジョンに向かったのですわ。

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