第17話 エルフ、陰ながらサポートする

「自宅謹慎って言いつけくらいちゃんと守ってくださいよ」


 俺はやっとの思いで探り当てた梨好瑠さんを見て、ほっと息を吐いた。


 放心したみたいにへたり込んでいる姿は、普段の毅然とした姿とは似ても似つかなくてちょっとおかしかった。


「答えろ。なんでここにいる?」


「そりゃ梨好瑠さんを見つけて彷徨った結果だよ」


「おい! 近づくなよ!」


「ひっ……」


 見ると、野郎は梨好瑠さんの頭部に銃口を突きつけた。


 反社か? 見た目通りだな。


「言っておくけど、脅しじゃないよ。わかってるよね?」


「そうやって、自分が常に有利な状況じゃないとまともに話もできないってわけか」


「はぁ?」


「だってそうだろ。ついさっきまで取り乱してたのに、拳銃取り出してからは妙に冷静になりやがって」


 俺は、自分の胸を二回ほど叩いた。


「スロットと同じで臆病なんだな。プラス域に行ったらボナ抜け後の一番浅いゾーンすら回さない。あんたは、徹底的にチキン野郎だ」


「お前……俺が冗談でこんなもん構えてると思ってるの?」


 俺みたいな底辺社畜に罵倒されて苛立ったのか、野郎は眉間にしわを寄せて睨んできた。


「冗談ってかポーズだろ。俺は強いんですよーってアピールしないと、いつ自分が攻撃されるかわからないからな。ある意味真剣だよな。弱者が生き残るための生存戦略なんだし」


「てめぇ……!」


 トリガーにかかった指先に力が入るのがわかった。


「は……?」


 破裂音がした。


 しかしそれは銃弾が炸裂したわけではなくて、野郎が握った拳銃そのものが大破した音だった。


「ああ、言わなかったっけ? 俺、魔法が使えるんだわ」


「こんな時に何の冗談を言って……っ」


 せせら笑っていた野郎の表情が一変した。


 それもそうだろう。なにせ、現在夜空に浮かぶ満月くらい大きな火の玉が、俺の頭の上で煌々と輝いてるんだから。


「どうよ。これでも信じないか?」


「いやいや。なんかのトリックだろ。仮想現実とかそういうの」


 まあ、そういう反応になるか。


 人間は不可解な現象に遭遇すると、整合性を取ろうとありあわせの情報をつなぎ合わせて自分にとって都合のいい虚構を作り上げる性質がある。


 それは一種の防衛本能であり、ひいては自分自身の精神を守るための反射行動だ。


 そりゃ、いきなり魔法を信じる気には俺だってなれない。


「その気になればいつだってお前を殺せる。でも、そんなことはしない。俺は優しいからな」


 はったりだ。殺す度胸がないだけ。


 だけど、相手はビビってくれたのか、警戒心を露わにしながら俺の言葉に耳を傾けている。


「男らしく、拳で語り合おうじゃね―か。俺が勝ったら梨好瑠さんは返してもらうし、あんたがやってきた後ろ暗いこと全部認めてもらおうか。もし俺が負けたら……その時に考えるか」


「適当すぎるだろ!」


「いいだろ。どうせ俺が勝つんだし。あんた、小細工を弄するのは得意そうだけど、それ以外は苦手そうだし。子供の頃、体育の時間に校庭の隅で体育座りしてた顔してるもんな」


「……いいだろ。上等だ。そこまで言うならやってるやる」


 ほんと、煽り耐性が低くて助かるわ。


 俺は沸点が異常に低い野郎に感謝しながら、拳を構える。


「連くん!」


「はは、懐かしいっすねその呼び方」


「大丈夫、なの?」


「当たり前でしょ。だって俺、勝てない勝負はしない主義だもん」


 じゃ、パチンコの生涯収益は?


 今後死ぬまでに巻き返せばいいだろ。


「らああああああああああああ!」


「おお、やる気まんまんだね」


 プライドを大いに刺激されたのか、野郎は血気盛んに突っ込んできた。


 拳を振り上げてから放つ右ストレート。


 普段の俺なら辛うじて避けるのが関の山だったろう。


 けど。


「ぬるいな」


「なっ」


 手のひらで受け止める。


「もっと本気で来いよ」


「くそったれ!」


 ステップを踏む速度が上がった。


 拳のキレも増して、いよいよ野郎はマジモードに入ったみたいだった。


 右、左と交互に繰り出してバランス良く攻めてくる。


 さすが普段荒事に揉まれてるだけはある。喧嘩慣れしてそうな動きだ。


「凄い凄い。こんなとこで女を泣かせてないで格闘技でもやったらいいのに」


 しかし俺は、そんな野郎の動きをあっさりと見切る。


 まるで蝶々が舞う程度に感じるスピードを、難なく躱す。


「くそ……どうなってるんだ……」


「あ? もう終わり? じゃ、次は俺のターンな」


 息切れし始めた野郎を見て、いい加減飽きてきたので終わらせることにした。


「とりあえずこれは、梨好瑠さんの分」


「ぐはっ!」


 顔面にクリーンヒット。


 あまりにも手応えを感じない一撃に、俺のほうがびっくりしてしまった。


 しかし相手もさる者。


 たたらを踏みながらもこらえて、防御態勢を作った。


「次は、あんたのせいで損害を被った店の分」


 ブラックが極まった特別シフトを担当することになった菜々女の分。

 梨好瑠さんにかまけて全然相手にしなかったら文句を言ってきた紫砂の分。

 色々と奔走することになった俺の分。

 そして。


「最後にもう一発、うちの大切な店長を泣かせた分」


 最早悲鳴すらあげない。


 男は、最後の一撃を受ける前に既に力尽きていた。


 血を吹いてみっともなく地面に仰向けに倒れた。


 残ったのは心地良い適度な疲労感。


「連くん……こんな、強かったの」


「え? まさか」


 きょとんとする梨好瑠さんに、種明かし。


「我の魔法で一時的に身体能力を底上げしてやったんじゃよ。俗に言うバフじゃな」


「そういうことっす」


 裏で動いてくれたラピスが登場。


「どうだ?」


「まあ、この程度の傷ならどうとでもなる。事後処理は我がやっておくから、さっさと梨好瑠を連れて帰るがいい」


「じゃ、お言葉に甘えて。ほら、行きますよ店長」


「あ、ま、お風呂入ってないから、汚いし匂う、から」


「ああ。俺、ちょっと汗臭いほうが興奮するたちなんで」


「さいていっ」


「いった。殴る元気あるんなら自分で立って歩いてくださいよ」


「……やだ」


 渋々梨好瑠さんは俺におぶられた


「我は今日は紫砂の家に泊まるぞい」


 去り際、ラピスに妙な気の遣われ方をした。


 いや、なにもないぞ? 何もないよな?


「……なんでここまでしてくれるのよ」


「そりゃ、店長が不在になると店の運営が面倒になるからでしょ。予算とか作りたくないもん、俺」


「ああ、そうですか。所詮私は便利な労働力ですか」


 どことなく棘がある。緊張の反動か、若干幼児退行してるような口調だ。


「里市芽さんとか録加来さんみたいに、可愛くないものね、私」


「そういう比較論はどう答えても角が立つからやめてほしいんですけどね」


「ごめんなさいね。こういうところまで可愛げがなくて」


 一々突っかかってくる。


 手っ取り早くご機嫌を取る方法はわかってるんだけど、やりたくない。


 なぜならそれは、俺の方もまあまあ恥ずかしいから。


「……まあ、梨好瑠さんは可愛いと思いますよ」


「え……」


「年の割に」


「最後の一言余計!」


 こういう風に落ちをつけないと、まともに口に出せないんだよ。


 俺は、歩くたびに背中に当たるツインデカメロンの感触を堪能しながら、彼女を背負い続ける。煩悩退散、煩悩退散。


「……ごめんね」


「ほんとですよ。なんつーアホみたいなことしてるんですか。普段は人に偉そうにコンプラ説いてる人が」


「返す言葉もないわね」


 あははと苦笑する彼女の声を聞くと、思っていたよりは元気そうで安心する。


 風が肌を撫でる。それに煽られて時折梨好瑠さんの髪の毛がほっぺや頬に当たるけれど、そんなに悪い気はしなかった。


「店の売上のために無茶する前に、俺たちを頼ったら良かったんじゃないんすか?」


「すっかりバレてるのね。まあほら、部下を不安にさせないのも上司の務めだし」


「それでこんな大事引き起こしてりゃ世話ないだろうが!」


「っ!」


 びくりと、背中がデカメロン……梨好瑠さんの身体が揺れたのを感じる。


 珍しく大声を俺が出したから、びっくりしたんだろうか。


「あのなあ。あんたが店を――俺たちを大切に思ってるのと同じくらい、俺も菜々女も他の皆も、あんたを大切に思ってんだよ。一人で背負い込んでどうにかしようとするなって。何のための仲間だよ」


「連くん……」


 ギュッと、首に回す彼女の腕に力が入った。


 少しの間、えずくような声が頭の後ろで聞こえる。


「とりあえず今日は送ってくんで、ゆっくり休んでください。それと、今後外出するときは俺に一報入れること」


「コンビニに行くときも?」


「当然。油断したら何やらかすかわかったもんじゃないからね」


「あはは。なんか、連くんに管理されてるみたい」


 念には念を。俺は、珍しく梨好瑠さんに小言を言いながら、彼女のアパートに到着した。


「じゃ、俺はこれで帰るんで。後は大人しくしててください。そのうち沙汰がくだるでしょうけど、どうせ大した処罰もなく復帰になりますよ。この会社、梨好瑠さんみたいな人材手放すほど余裕もないですしね」


「ねえ、連くん」


 さらっと振り返って帰ろう。


 そんな俺の意思を挫くように、梨好瑠さんの伸ばした手が俺の腕を掴んだ。


「お礼にお茶淹れるから、飲んでかない?」


「いえ、結構です」


 誘いを断る。しかし、彼女の手が俺を離さない。


「上司からの誘いを無下にするとは何事よ!」


「今はプライベートで職場の上下関係なんざ無意味なの! だから断っても良いの!」


「弱った女の子一人放置して男として胸が痛まないの!? デリカシーないわねほんと!」


「女の子って言える年齢かどうか考えてから発言してほしいんですけどね!」


「あー最低! 女性はいつになっても夢を見てたいのに最悪だわその一言! 罰として私の言う事聞きなさいよね!」


「嫌です嫌です! いまばかりは絶対にあんたの言いなりにはならない! じゃあ俺はこれで――」


 諦め悪く俺を自宅に引き込もうとする圧力を逃げようとしたけど、業を煮やした梨好瑠さんは奥の手を切った。


「――好きな男誘って何が悪いのよ!? 連くんだって絶対気付いてんでしょ! あんだけ他人のこと見えてて感情の機微にそこそこ敏感で常日頃セフレ抱えてる女性の扱いにはそれなりの長けてるあなたなら私の気持ちに気づいてないはずないでしょ! ていうか気付いてなかったらそれはそれで気を持たせ過ぎだからね! どっちにしろ最低よ!」


「何も聞いてない。俺は何も聞いてないからな! 職場恋愛は面倒なんだよ! あんただって店長なら三年前に店のバイト三人に同時に手を出した馬鹿がどんな末路辿ったか知ってんだろうが!」


 注意喚起として回ってきた報告書に書かれた顛末には肝を冷やす思いだった。


 俺はあれで職場での恋愛はうっかりでもやめようと心に誓った。


 それをこの人は、店長とかいう立場にありながら俺を誘惑しやがって。


「いいじゃない! セフレが二人に増えるだけだし私だって割り切るから! 一晩だけ! ね! いいでしょ!?」


「それ本来こっちのセリフだから! なんで女側が嬉々として使ってんだよわけわかんねーわ!」


 帰る帰らないの綱引きをすること、十分くらいだろうか。


 女性の腕力とは思えない力で俺は未だに梨好瑠さんの家の玄関前に固定されている。


「なんでよぉ……もう今しかないのよぉ……連くんが同情して『まあ、いっか』ってなってくれる絶好のシチュエーションなのにぃ……」


「絶好だからこそ気を引き締めてんすよ」


 油断すれば間違いなくデカメロンの言いなりになってしまうから。


 頭の中で素数を数えながら、俺は梨好瑠さんを冷静になるよう説得する。

 

 踏ん張れ俺。ここで理性を保つことが今後社会を生き抜く上で最も肝要な――。


「男のくせにいつまでもグチグチ言うでないわ。覚悟を決めい」


「ぐがっ」


 ガツンと、突然後頭部を殴られる。


「おま、ラピス、急に何を……っ」


 ドクンと、何かが跳ねる音がした。


 血液が沸騰するような感覚を覚えて、俺は違和感を覚える。なんだこれ。


「欲望を開放する手伝いをしてやったわい。端的に言うと、しばらくの間、性欲が全開になる魔法じゃ」


「なんだそのピンポイントのトラップは……っ」


 見ると、股間のアレが、盛大にいきり立っていた。


「梨好瑠よ。助け舟を出してやるのはこれっきりじゃからな」


 そう言ってラピスはドヤ顔を決めて、踵を返した。


「おま、ちょ、ラピス! これ解いてけよ! このままじゃやばいんだって!」


「あー、知らん知らん。説得ならば我ではなく梨好瑠にやってくれ」


 振り返ると、とてつもなく凶悪な笑みを浮かべる梨好瑠さんが俺を部屋の中に引きずろうとしていた。


「さあ、連くん。覚悟を決めなさい。今夜はパーティよ!」


「最悪だ! なんで異世界人と現地人がタッグ組んでんだよ! あ、あ、あ……ぁぁぁぁつ!」


 健闘むなしく俺は梨好瑠さんの家に引きずり込まれた。


 その後、解放されたのは朝になってからだった。


 その間に何があったかは、ノーコメントってことでよろしくな。



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※お知らせ※

4日~6日→毎日2話ずつの投稿となり、6日の投稿をもって完結となります。

せっかくのGWなので、期間中に全て投稿することにしました。

また、投稿時間も当初の19時→18時5分に変更してあります。


以上、ご周知くださいm(_ _)m

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【あとがき】


 こんにちは、はじめまして。

 拙作をお読みくださりありがとうございます。


 毎日18時5分に更新していきます。

 執筆自体は完了しており、全21話となっています。

 よろしければ最後までお付き合いくださいm(_ _)m



※※※フォロー、☆☆☆レビュー、コメントなどいただけると超絶嬉しいです※※※

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