エルフの女王、パチンコ屋の店員になる。

せいや

第1話 エルフ、パチンコ屋に降つ

「すぴ、すぴ、すぴぴぴ」

「あ? 何だ、これ?」


 出勤してカウンター前の景品を補充するためにストックルームを開けた俺の前に、珍妙な光景が広がっていた。


 無造作に開け放たれたスナック菓子の袋。

 空になって散乱するビールの空き缶は、どれもこれもベコベコに潰れてる。

 缶詰はツナ、焼き鳥と手当たり次第に開けられていた。


「おい、起きろ」

「あうっ」


 ゲシッという音が鳴るくらい綺麗な蹴りが頭にヒットした。

 夢見心地だったそいつは、間抜けな声を出しながら、気怠げに目を開いた。


「skjgkpkfujaoki」

「そういうのいいから。さっき普通に悲鳴あげてたろ」

「なんじゃ、つれないのぅ」


 妙にババ臭い言葉遣いするな。

 真っ白でスリットが入った膝丈の着物みたいなインナーの上に、緑色のマントみたいな物を羽織ったそいつは、目の前で艶やかな金色のロングヘアをたなびかせた。


「お前は誰だ、なんでここにいる? ていうか人間か? そもそもこの世界の生き物なのか?」

「多い、多い、質問をする時は一つ終えてから次、が基本じゃぞ?」


 ぴょこんと、本来人間の耳がある場所から、妙にとんがった物体が隆起している。

 ぴこぴこ、ぴこぴこと、まるで遠隔操作で動くラジコンみたいに、躍動感にあふれている。


「じゃあとりあえず、ええと……名前」

「人に尋ねる時はまず自分からが基本じゃろ、小僧?」

「ああ、すまない。俺の名は八雲野 連(やくもの れん)だ」


 人? 人なのかこいつは?

 ていうか俺もう小僧って歳じゃねーぞ? ちょうど三十になったばっかだし?

 半信半疑の俺に対して、名前を知れて満足したのかそいつは、まな板みたいに薄い胸を存分に張って、言った。

 

「我の名はラピスラズリ。誇り高きエルフ族の女王じゃ!」


 それが俺とこいつ――ラピスラズリの出会いだった。

 そして、


「いらっしゃいませー!」


 見た目童女のエルフが働くパチンコ店として有名になる物語の序章。その始まりだった。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――



「異世界転移した?」

「うむ。朝起きたらここにおった」

「嘘くせー」

「ほれ」

「事務所の中でいきなり火を出すな!」


 異世界。エルフ。魔法。

 眉唾だと思っていたものを目の前で見せられると、痛いコスプレ童女の戯言と捨てるには、いささか現実感がありすぎる。


「これで信じる気になったかえ?」

「まあ……信じざるを得ないからなあ……」


 念のためトリック用の小道具を隠し持っていないか確かめたけど、何もなかった。


「やっくん、おはよー」

「おう。そのやっくんってのいい加減やめろ。あとタメ口もな」

「そっちこそ、マネージャーなら相手の目を見て挨拶しなよ、べ~だ!」

「ったく、バイトも準社員になって古株だと生意気になるな」


 ちらりと時計に目をやると午前の八時半をさしていた。


「ひとまずお前の――」

「ラピスラズリじゃ!」

「スラズリの処遇は後で決めるとして」

「そこで切って略すことある!?」


 砂ずりみたいで美味そうじゃん。

 咥えていた煙草を灰皿に押し付けて、俺は椅子から立ち上がる。


「どこに行くのじゃ?」

「決まってんだろ。開店準備だよ」

「なんぞ、商いでもやっておるのか?」

「まあ、普通のパチンコ屋だよ」

「は、破廉恥な!」


 パチンコという響きを耳にして、顔を真っ赤にして憤る。

 あーわかるわ。俺もパチンコのパの字も知らなかった頃は、無駄にパチンコを連呼して笑ってたっけ。

 ていうか異世界でも男性器のことはそう呼ぶんだな。


「何を想像してたかは知らないが、ソープ……娼館とかの類ではねーよ」

「むっ、そうなのか?」

「だから振りかぶった右手を収めろ。今度は何を出す気だったんだ……」

「不純なお主ごと清めてやろうと、爆発呪文でドカーンとな?」

「清めるってか昇るって感じだな、それだと」


 上を見上げる。

 見慣れた小汚い天井だ。

 ……こいつを怒らすとうっかりここから青空が見えるようになる可能性があるのか


「ちょっとちょっとやっくん!」

「八雲野さん」

「……八雲野さん。島電もついてないし台チェックもまだっぽいし、何やってるの!?」

「諸般の事情があってな」


 言いながら、俺は物珍しそうな顔でこちらを覗き込むラピスラズリを顎で差す。


「えっ、何このコスプレ少女? 宣伝用に雇うのはいいけどパチ屋内は十八歳未満立ち入り厳禁だよ?」

「嬉しいことを言うではないか、小娘」

「小娘!? 私には里市芽 菜々女(りいちめ ななめ)っていう名前があるんだけど! それにこう見えて私、もう二十三歳だし! 立派な大人だし!」

「スロットの打ち過ぎで大学中退して流されるままパチ屋でフリーター続けてる奴が、立派な大人、ねぇ?」

「しょうがないじゃん! スロットは呼吸みたいなものなんだし!」


 廃ギャンブラーの残念な告白を受け流しながら、俺は開店準備に取り掛かることにした。


「我はラピスラズリじゃ。よろしくのう」

「何故お前は平然とついてくる、事務所で待っていろと言ったろうが」

「よろしくねラピスちゃん! じゃ、開店準備の説明するね!」

「順応早いなお前は。そして余計なこと吹き込むなよ」

「えー、だって労働意欲がある前途有望な若者を導くことこそ、私たち先駆けの役目じゃない?」

「パチ屋の先駆けってその時点でお先真っ暗だなおい」


 事務所を出てモニタールームの先にあるホールに出る。

 

「あ、とりあえず島電はつけといたよ」

「おお、サンキュ……じゃなくてな。何度も言うが、社員以外が動力いじるなよ」

「でも助かったでしょ?」

「……はい」

「なんぞ、お主は尻に敷かれる手合か?」

「そ、そんな! 私たちがラブラブ夫婦だなんて!」

「言ってねぇし、俺は嫁にするんなら包容力がある優しいタイプがいいんだ」


 ふと、菜々芽の胸に目をやる。


「まあ、仲良きことは美しきかな」

「今絶対失礼なこと考えたでしょ!?」

「我も不意にこやつを処したくなってきたのう」


 ペタン娘連盟からの殺意がいい具合に俺とホールを冷やしてくれる。

 ビコーンとかウインウインとかいう、パチンコ台独特の起動音が店内を木霊する。


「今日オープンスタッフ私だけだし、マジで手伝ってもらったほうがいいと思うんだけど!?」

「うーん……そうだなあ……」

「なんぞ?」


 チラリとラピスラズリを眺める。

 小学生くらいの身長、童顔。流れるような金色の髪。宝石みたいに煌めく碧眼。どこをどう見ても成人と言い張るには無理がある。


「野暮なことを聞くが、成人はしてるのか?」

「無論じゃ!」

「ベタな落ちとしては、異世界の成人年齢は十五歳です、とかいうことにはならないよな?」

「何の話かは知らぬが十五どころか十倍にしてもまだ足りぬぞ」


 推定年齢百五十歳超え。

 とりあえず日本国の既定はクリアしてる。

 ……実年齢を公表して信じてもらえるかどうかは別として。


「しゃーねー。端玉景品窃盗の補填として手伝ってもらうか」

「窃盗犯だったの!?」

「詳細はおいおい。菜々女、スロット台のチェックだけ教えてやれ」

「はいきた!」


 片側キャトルミューティレーションみたいな感じで連行されるラピスラズリを見送り、俺はトイレとカウンター周りの整頓を進める。


「終わったよーボス!」

「誰がボスだ」

「中々奇っ怪な装置じゃったな。動力源はどうなっておるんじゃ」


 神妙な面持ちで顎に手を添えるラピス――なげーからもうラピスでいいや――をよそに、俺は店内の最終チェックをする。


「サンド開きっぱなし、上皿にも結構玉残ってたし、ナイクリ――ナイトクリーンスタッフ――さんにちゃんと注意したほうがいいよ?」

「あー、ま、人件費削ってるせいで、手が回ってねーんだよな」


 菜々女の指摘はもっともだが、閉店作業をするスタッフにも事情はある。

 諸々の事情を鑑みて、俺は『ま、共有しとくわ』とだけ告げて、モニタールームに戻る。

 開店処理を終えてモニターに映るデータが全部0になっているのを確認して、俺はホールに戻った。


「シャッター開けるぞ」

「放送準備オッケー! いつでもいいよ!」


 徐行運転みたいな速度で上がっていくシャッターの向こう側には、見慣れた顔がいくつかあった。

 ガラス扉の向こうに立つのは、開店待ちの常連客だ。


「うっす」

「今日は出るんだろうな?」

「さー、それはお客様の運次第っすかねー?」


 無言で素通りする人、軽く言葉を交わす人。

 二十人くらいを見送ってから、俺は違和感に気付く。

 ホール内に設置してある壁時計は開店時刻の九時を回っているのに、一向にオープン放送が流れない。


「おい、どうした菜々女?」

「あ、八雲野さん! 機械が変なのー!」

「だいぶ年代物だからなあ」


 泣きそうな顔をしながらつまみやボタンを弄る菜々女を見ながら、どうするか思案していると。


「どうした?」

「おま……なんでしれっと出てきてんだよ」

「暇じゃったからな!」


 ふふん、と何故かいばるラピス。

 異世界人ってのはこっちの言葉を理解しても従ってはくれないのか。


「それより菜々女よ。死にそうな顔をしてどうしたのじゃ?」

「えっと……」


 掻い摘んで、仕方なく俺は事情を話した。


「ふむ。つまり、この建物の中にいる者全員に、声を届かせればいいんじゃな?」


 なんだ簡単ではないかとため息をつくラピスの前で、俺と菜々女は顔を見合わせて首を傾げるしかなかった。


「ぶつぶつ……よし、よいぞ!」

「よし……って……?」

「喋ってみぃ」


 とりあえずやってみろ、と俺は目で合図を送る。

 ごくり、と緊張感をたたえた顔で、菜々女はラピスに向かって。


『おはようございます。本日は【テラドリーム】へのご来店、誠にありがとうございます。只今より、営業を開始致します』


「はっ!?」

「……ぇ?」


 まるで、テレパシーみたいに菜々女の声が、脳内に響いた。

 錯覚か? と神経を疑ってみたが、店内でハンドルを握っている客も例外なく頭を振ったり天井を見上げたりと、不自然な行動をしているので、どうやら勘違いではないことがわかった。


「この程度、思念魔法を使えば造作もないことじゃぞ?」


 気怠げに話すエルフの――異世界の常識は、どうやらとんでもない影響を与えてくれたそうだと、俺はこの時肌に感じた。

 

「それで、他に困りごとはあるかえ?」


 きょとんとした面持ちで尋ねてくるラピスを見て、俺は今日がとてつもなく長い一日になるんだと、確信してしまったのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


【あとがき】


 こんにちは、はじめまして。

 拙作をお読みくださりありがとうございます。


 毎日19時に1話更新していきます(短い場合は2話まとめて更新)。

 ※今日は初日のため、3話纏めて更新です※

 執筆自体は完了しており、全21話となっています。

 よろしければ最後までお付き合いくださいm(_ _)m



※※※フォロー、☆☆☆レビュー、コメントなどいただけると超絶嬉しいです※※※

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