自己中心的宇宙論とその矛盾の証明

雨乃よるる

概要

 星はあなたの周りを回っている。あなたが空を見上げて、一度もオリオン座が見えなかった冬があっただろうか。オリオン座は常に移動している。あなたから離れすぎることも、あなたに近づきすぎることもない。一度足元に隠れると、またやってくる。オリオン座があなたの周りを回っている、と考えるのが妥当だろう。無論、太陽や月、ほかの星々に関しても同じことが言える。あなたを軸にして空が回っているのである。

 雨が降っているとする。あなたはどんな気分になるだろうか。仮に、あなたは雨が降るといつも陰鬱な気分になる、としておこう。こうなる人は少なからずいるはずだ。そしてこれは、こう言い換えることもできる。あなたが陰鬱な気分になる時、雨が降る場合がある。あなたの陰鬱な気分が雨を降らせているのである。

 少し無理がある論だったかもしれない。ではこれはどうだろう。あなたが雨の音、または空から落ちてくる雨粒によって歪められた光、または肌に当たる水滴の感触、を感じ取った時、雨が降っている。これは確実だ。そして、あなたが雨の情報を一切受け取っていない時、世界には雨が降っていないのと同じである。窓のない防音室から出て初めて、あなたが雨の情報を受け取って初めて、雨が降る。「部屋から出ると雨が降っていた」のではない。「部屋から出た瞬間に雨が降っている状態に世界が変化した」のである。

 こういう真理の変容は歴史の中にも探すことができる。有名な天動説と地動説の話である。つまり私が言いたいのはこういうことだ。太古の昔、太陽やほかの星々は地球の周りを回っていた。天動説は真理であった。地球が宇宙の中心でなくなったのは、ガリレオが木星に望遠鏡を向け、気づきを得たその瞬間である。また、こう考えることもできる。あなたが小さい頃、テレビで月食の映像を見て誰かに質問し、地球の自転について知った時、地球は自転を始める。真理は簡単に変容する。あなたを中心として。

 また、こういう思考実験もある。薄暗い実験室に、水槽がある。その中にはヒトの脳が浮かんでいて、脳のあらゆる箇所に電流を流す装置が取り付けられている。流した電流によって、脳はさまざまな情報を受け取る。水槽の中の脳に宿る「自己」は、その情報の処理によってひとつの「人生」を体験する。これだけではわかりづらいかもしれない。その脳に宿る「自己」は、あなたかもしれない、と言っておこう。あなたは機械によって制御された極めてリアルな幻覚を体験しているのであり、実際にあなたの体はどこにもない。これは、五感の全て再現されたVRを見ているうちにそれが現実だと錯覚してしまう、という設定でも成り立つ話だ。

 天動説と、水槽の中の脳。二つの事柄から思い浮かぶのは、「あなたの認知している宇宙は、真の宇宙なのであろうか」という命題である。この場合の「宇宙」とは、あなたが認知し、記憶するもののすべてである。あなたの記憶が虚構ではないと断定することは、不可能ではないにせよ、極めて非現実的だ。まず、虚構ではないと証明した場合、「私の記憶は虚構ではない」という記憶が脳に刻み込まれる。しかし、その次の瞬間にはその記憶が正しいかどうか判別できなくなり、また同じ証明を繰り返さなければならなくなる。このようにして、証明された事実は次の瞬間には水疱に帰してしまうだろう。

 また、この命題を考える時、「真の宇宙とは」なんであろうか」という命題に行き着くこともあるだろう。私たちはこれを定義する唯一の方法を持っている。「あなたの認知している宇宙」をすなわち「真の宇宙」と定義することである。あなたの認知が変われば、真理も変容する。変容しない真理など存在せず、常に宇宙の中心はあなたなのだ。あなたの脳の中に宇宙のすべての情報が詰まっている、と言い換えてもいいだろう。それだけが唯一普遍の真理なのだ。

 以上が「自己中心的宇宙論」の概要となる。

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