7. 太陽のような

「あなたワタルと言ったわよね?石版の封印の事をどこで知ったの?」


 リリシアは足元に転がる死体を避けながら俺に近づいてきた。

 よく見るとリリシアの背丈は俺に近く、年齢も十八前後に見える。

 俺たちの寿命と魔族の寿命には相違があるのかもしれないが、青い瞳とクリスタルのように透き通った水色の長髪を除けば、顔たちがどこか日本人じみていることも相まって俺はリリシアに親近感を覚えた。


「俺の情報を話す前に、お前について教えてくれ」


 もしかしたら俺の予想が外れてリリシアはレヴィオンの手下かもしれない。

 状況から考えてその可能性は低いが、ベルフェリオ復活を賛成する派閥が複数あってもおかしくないし、相手の情報を知ることは重要である。


「そうね、私はリリシアよ。リリシア=ヴァルフォール。見ての通り魔族でレヴィオンのベルフェリオ復活を阻止しようとしている。今回ここに来たのはレヴィオンの連中たちよりも早く石版を手に入れるため。どう?」


 俺は考察が杞憂に終わったことに安堵したと同時に、ヴァルフォールとはどこかで聞いたことがある名だと思った。

 確かその名はフォーミュラが言っていた。確か…


「お前、レヴィオンに殺された二十七代目魔王の娘か?」


 思い出した。確かにフォーミュラは二十七代目魔王の事をゼーテ=ヴァルフォールだと言っていた。


「あなたどうして父が殺されたって知っているの!?」


 リリシアは目を丸くして驚いていた。

 この反応からしてゼーテが亡くなった事は公になっていないのだろう。


「それは…俺にはベルフェリオ復活を阻止したい同士がいる。そいつの紋章魔法アイデントスペルが千里眼と言って、レヴィオンの動向を遠くからでも監視できるものなんだ。石版についてもそいつから聞いた」


「そう…どうりで誰かに見られているような感覚があったわけね。千里眼の対象は複数作れるのでしょう?聞いたことがある。だとしたらその千里眼とやらの持ち主、危ないかもしれないわよ」


 ここで俺はフォーミュラが新たに千里眼の対象に加えたのがリリシアだと理解したが、同時にリリシアが口調を硬こわばらせたことに疑問を感じた。


「どうしてだ?」


 危ないとは一体どういうことか。

 千里眼はその字の如く千里の距離からでも相手を捕捉できる魔法。

 ほとんどリスクがないはずだ。

 でも、リリシアの視線を感じていたという発言が気にかかる。


「レヴィオンは自身の紋章魔法アイデントスペルの驚異的な力に加えて、超人的な魔力センスを持ち合わせてるからあんなに強いのよ。そんな個人を監視するような魔法に、気づいてないわけがない。下手したら魔力の逆探知なんてことを…」


 そうか。考えてみれば、先程レヴィオンの魔法を目の当たりにしたにもかかわらず、この場にレヴィオンはいない。

 この近場でレヴィオンが向かう先。それは…


「フォーミュラ…!」


 俺は全てを察した。フォーミュラがついた嘘の違和感。

 フォーミュラ曰くレヴィオンは療養中のはずなのにこの近くにいる。

 特訓を中断させてまで急いで俺をこの場に行かせた理由。

 それはまだ弱い俺とレヴィオンを、あの隠れ家で鉢合わせないようにするためなのではないか?

 だとしたらまずい。もしこの考察が当たってしまったのだとしたら、フォーミュラは今頃もう……

 俺は居ても立ってもいられないような衝動に駆られた。


「待って、どこに行くの?まさかその千里眼の持ち主の所まで行く気?」


 走り出そうとした俺の服を掴み、リリシアは俺を静止させる。

 確かに俺が今いるここは迷宮の最下層。上層へ上がるための階段を探す手間を考えても、手遅れだろう。


「…すまない取り乱した。まずは石版だな」


 いったん冷静になる。

 フォーミュラはきっと大丈夫、そう思い込んで心を落ち着かせた。


「そう…でも石版はあなたたちには渡せないわよ?」


「それは大丈夫だ。俺は石版がレヴィオンの手に渡るのを防げればそれでいいし、俺なんかよりリリシアの方が持ってた方がいいだろ」


 先の戦闘を見て、俺とリリシアの力の差は圧倒的だと悟った。

 俺ではなくリリシアが石版を持っていた方が、レヴィオンの手に渡る可能性は低くなるはず。


「話が早くて助かるわ。じゃあ今から封印の間へ向かう」


 リリシアは長髪を揺らして優しく微笑んだ。

 その魅力的な仕草に、少し胸が締め付けられる。


「……わかった。そういえば鍵は?」


「ああ、それならこれよ」


 リリシアはポケットから小さなリングを取り出した。

 『鍵』と聞いて普通の鍵の形を想像していたが……それよりもリングを持つリリシアの右手が少し傷ついていることに気を取られる。


「そこ、ケガしてるけど大丈夫か?」


 あれほどの実力を有していながら、一体どこで。


「ええ、大丈夫よ。ちょっとさっき油断してね。まさか捨て身で飛び込んでくるから。でもなんか変な感覚がするのよね。攻撃される際、何か貼り付けられた気がするんだけど…」


 そう言うリリシアの右手をマジマジと見るが、何かが貼り付いている形跡は見えない。


「いや?そんな物は見えないぞ?まぁそれは良いとしてその鍵はどうやって使うんだ?」


 どこか不安が残るが、見えないものを気にしてもしょうがない。


「…見ていなさい」


 リリシアは数秒深刻そうに俯いて見せたが、気を取り直したのか奥の空間へ歩き出した。

 どうやら奥に鍵を使うための装置のような物があるらしい。

 俺はその後をついて行く。


 暫く歩くと空間の端にたどり着き、何やら怪しげな紋様が刻まれた壁の前まで来た。

 その壁に刻まれた紋様は、鍵と呼ばれるリングに刻まれた紋様と同じ物。

 リリシアはその紋様にリングを掲げると、リングは壁の紋様と呼応したように発光を始めた。

 そのままギギギと壁は下に沈み込むように移動し、人が一人入れそうな位の隙間を作り上げる。

 リリシアはその中に躊躇いなく入って行き、俺もそれを追った。

 隙間の中は八畳ほどの空間になっており、その中央には台座と共に欠けた石のような物が置いてあった。


「なんか壊れてないか?」


 台座の上にある欠けた石は、何か文字のような物が書いてあるのはわかったが、明らかに石版と呼ぶにはおかしい。


「あなた石版を見るのはこれが初めて?石版が七つあるのは知ってる?」


「ああ、それは知ってる」


「私が確保する石版はこれで四つ目。石版が七つあるというのは、正確にいえば一つの石版の破片が七つあるということね」


「そういうことか。それにベルフェリオ復活のために必要なことが書いてあるんだろ?じゃあ石版は見つけ次第ぶっ壊せばいいんじゃないか?」


 石版は持っているだけレヴィオンや他の魔族に狙われるだろう。

 それならば破壊してしまった方が良いのではないか。


「そうはいかないのよ。迷宮と一緒でどんなに攻撃しても石版には傷一つつかなかった」


「迷宮と一緒ね…さっきレヴィオンの魔法で迷宮の床が無残なことになってたけどな」


 決して壊れぬという迷宮の床を破壊したレヴィオンの炎弾を思い出しながら言った。


「レヴィオンは…少し特殊なの。あいつは…六人の加護持ち・・・・を使っ……て……」


 事態は突然に起こった。


 どんどんリリシアの声が掠れていくのだ。

 一体どうしたというのか。

 そのまま声が途切れたと思えばリリシアは糸の切れた操り人形のようにその場に座り込んでしまった。

 明らかな異常事態。

 心配になりリリシアの元へと駆け寄る。


「どうした?大丈夫か?」


 肩に手を置き呼びかけたが、リリシアから返事はない。

 俺の心配の声は、狭い空間に反響して溶け込んでいくだけだ。


「やった……わね……レオールド!…ワタ…ル、私をその剣で……」


 苦しげに咳き込みながら呟くリリシア。

 どうやらこの事態を作り上げた者をリリシアは知っているらしい。

 リリシアは暫く呻くように何かを呟いていていたが、やがて静まり肩に置いていた俺の手を跳ね除け立ち上がった。

 そして確かめるように口を開く。


「──お前がワタルとやらか。この石版は回収して行く。邪魔すればその首なくなると思え」


 姿形、声音は確かにリリシアのものだが、気配そして口調が明らかに先程までのものとは異なっている。

 そんな奇妙な珍事に、混乱せざるをえない。


「お前、誰だ?」


 リリシアは多重人格?

 いいや、違う。先程リリシアが言っていた違和感──右手に貼られた何か。

 おそらくそれがリリシアの体を乗っ取るための布石だった可能性が高い。


「俺は魔王護六将校エクシアドミラが一人、レオールド=ダフレイアム。石版はもらって行くぞ」


 リリシアの口でレオールドと名乗った何者かは、リリシアの体を使って台座に置かれた石版のかけらを手にとりその懐にしまった。

 俺はまだ事態が飲み込めていないままだったが、戦闘態勢を整える。


「リリシアの体を元に戻せ」


 剣先を突きつけながら命令する。

 そんな俺の様子を見ても、レオールドの表情は変わらない。


「聞いてなかったのか?邪魔すればお前の首が飛ぶと言っただろう」


 もしこのレオールドなる者がリリシアの体の支配権を完全に手中に収めているとすれば、俺に勝ち目はないだろう。

 だが、デオフライトは言っていた。俺はレヴィオンのお気に入りであると。

 ならばすぐに俺のことは殺さないと思われる。

 しかしかなりの賭けだ。圧倒的に俺が不利な立場は揺るぐことがない。俺の『ある推測』が間違っていなければの話だが。


「お前、その状態のまま死んだらどうなるんだ?お前本体も死ぬんじゃないのか?」


 俺は単刀直入にその推測の真偽を尋ね、剣先をさらにリリシアの姿をしたレオールドの喉元に近づけた。

 剣先に少し血が滲み始める。リリシアには悪いが、相手を威嚇するにはこれくらいしなければならない。


「なぜそう思う?」


 レオールドの声音は強張っており、涼しかった表情が少し崩れたのが分かる。


「そうだな。さっきお前に乗っとられる寸前、リリシアは呟いたんだ。『私をその剣で』ってな。それはすなわち今のリリシアに攻撃すればリリシアを乗っ取った者、つまりお前にも危害が及ぶって事だ」


 しかし、何故リリシアがそれを知っていたのかは気になるところではある。

 レオールドについて知っているのならば、右手に貼られた意識を乗っ取る何かに気づかないはずがない。

 どこか疑問が残るが、今はそれについて深く考えている場合ではない。


「あの小娘…知っていたか。そうとも、この体に俺の意識がある間この体が死ねば俺も死ぬ」


 予想が的中したことに胸を撫で下ろすのも束の間、俺はレオールドを睨みつける。


「どうする?リリシアの魔法は一度この目で見ている。この距離だったらお前がリリシアの魔法を放つよりも早く、俺の剣がお前の首を切り裂く」


「ほう。だが諦めるわけにはいかないな。お前もこの女を殺したくはないのだろう?」


 俺の言葉にレオールドは焦りを見せたがレオールドも中々手強く、俺がリリシアに手をかけるのを躊躇っている事をしっかりと見抜いていたようだった。


「まあな。だがどうするんだ?これじゃあ八方塞がりだ」


 俺はリリシアを殺したくないし、レオールドは自分が死にたくない。

 この状態が長く続けばリリシアはなんとか自我を取り戻してくれるかもしれないが、その望みは薄い。

 果たしてレオールドの魔法は一度解除すれば再び乗っ取りの条件を満たさなければならないのか、それとも永久的に支配できるのか。

 それがわからない以上、時間を浪費するのは得策では無い。


「そうだな。そこでお前に提案だ。お前もレヴィオン様の手下となれ。そうすればお前は狙われることもなく平穏に暮らせるぞ?特別な待遇もしてやる」


 …また勧誘か。

 レヴィオンは、一体俺の何を魅力に感じると言うのか。

 しかし、デオフライトが勧誘して来た時にも多少思ったことだが、実はこの誘いは俺にとって悪いものじゃ無いのかもしれない。

 もしこの誘いを断れば、魔王レヴィオンにもその配下にも半永久的に敵対することになる。

 だが、レヴィオンの配下に入ってしまえば誰かから狙われることもなくなるし、頼んだら元の世界に戻る方法も探してくれたりするのかもしれない。

 そんな悪魔の囁きが脳内を駆け巡ったが、俺の心は既に決まっていた。

 レヴィオンが去った後、ヴァルムの亡骸に打倒レヴィオンを誓ったあの時から。


「中々魅力的だが断らせてもらう。俺はお前らレヴィオンたちの下にはつかない!!」


 俺はそう言い切って神々封殺杖剣エクスケイオンに更に力を加えた。


「そうか。言っておくが俺の紋章魔法アイデントスペルは一度対象を決めたらその対象が死ぬまで支配し続けることができる。さらには対象と適合してしまえば記憶まで覗くことができるのだ。まあ適合するには多少時間がかかるがな。記憶を除いたらコイツの精神は一度返してやろう。それでも、お前は俺たちに立ち向かうか?今判断を間違えればリリシアという一大勢力を失うのだぞ?」


 精神を一度・・返す。ってことは一度適合しちまえばいつでも精神を奪えるってことか。

 …いくらなんでも酷すぎる魔法だ。にしても……


「ベラベラと自分の能力を話してくれるなんてな」


 記憶を覗くことができる。

 それはすなわちリリシアが今まで集めた石版の場所まで把握されてしまうってことだ。

 それはなんとしても避けなければならない。

 だとしたら俺が取らなければいけない行動は一つだ。


「ふん。このまま適合が終わるまで待っていろ」


 勝ち誇ったような顔を浮かべるレオールドに、そして自分に怒りの感情が湧き出てくる。

 どうして、どうして俺は、こんなに非情な判断しか思い浮かばないんだ。


「すまない…リリシア…!」


 神々封殺杖剣エクスケイオンに纏わせたオーラを一気に剣先へ収束させ、柄を握る手に力を込める。

 レオールドは察したのか、大きく目を見開いた。


「お前、まさか!!!」


 俺の行動に狼狽し始めるレオールドを無視し、俺はリリシアの首が飛ぶ姿を見ないように目を瞑って、精一杯神々封殺杖剣エクスケイオンに力を注いだ。

 リリシアはこの世界に来てから出会った数少ない話し合える人物。

 他人を思いやれるような、そんな優しい笑顔を作ることができる人物。

 正直俺はリリシアに惚れかけていた…と思う。

 それでも、記憶を覗かれてしまえば今までリリシアが築き上げてきたものが全て敵の手に渡ってしまう。

 それを回避するには…こうするしかなかったんだ。こうするしか……


 ──なぜだ??


 切り裂いたリリシアの首から噴出する返り血を覚悟していたのだが、そんな気配は一切感じられない。

 それどころか剣が全く動かない。

 そういえば、肉を切り裂くあの不快な感覚が手に伝わってこないじゃないか。


「どうして…?」


 恐る恐る閉じていた目を開け、そうして見えた光景に思わず混迷混じりの声が漏れる。


 リリシアの姿をしたレオールドが、喉元に突き出された神々封殺杖剣エクスケイオンを両手で掴み、腕の力だけで抑え込んでいたのだ。


 訓練で鍛え、さらに神光支配ハロドミニオで強化された肉体によって繰り出される俺の精一杯の一撃を、ただ腕の筋力だけで止められた。こんなにか細い華奢な腕で。

 確かにレベルは四違うが、それだけでこれだけの差が生じるのか。いや、生まれ持っての差なのか。どっちにしろ絶望的だ。


「お前この力、レベル四か五そこらだろ?ビビって損したぜ。形勢逆転だな」


 レオールドはリリシアの整った顔立ちに似合わない下品な笑みを浮かべた。背中に嫌な汗が湧き出てくる。

 その顔でそんな表情をするな。俺の覚悟を笑うな。

 しかし、これは非常にまずい。何か打つ手はあるはずだ。考えろ、考えるんだ!


 一気にグチャグチャになった頭の中で焦燥と自棄に似た感覚が巻き上がり、自分の弱さを身に染みて痛感する。

 俺が訓練してきたこの一ヶ月は一体なんのためのものだったのか!

 自分を守るため、いや、誰かを守るために心血を注いだこの一ヶ月は!

 俺の覚悟は、決意は、想いは、苦痛は、後悔は、全て…全て無駄になってしまったのか!


 絶望の淵に沈んだその時、レオールドに乗っ取られたリリシアの瞳に光が戻ったように見えた。


「ごめんね、ありがとうワタル…私はもうダメ。知ってるの。レオールドに一度精神を奪われたら……もう…」


「あ…ああ…リリシア!」


 消え入りそうな声で呟くリリシアの声に必死に耳を傾ける。

 俺に不安を与えないためか、リリシアは先ほど見せた優しい笑顔と同様に、口元を綻ばせてみせた。


 やめてくれ。ダメなんて言わないでくれ。俺を一人にしないでくれ。

 ヴァルムもフォーミュラもリリシアも、俺なんかに託さないでくれ。

 俺なんかのために犠牲にならないでくれ!

 その笑顔をやめてくれ。

 そんな顔をされたら俺は君を殺せなくなってしまう。

 責任を果たせなくなってしまう。

 何もできなくなってしまう。


 君を…君を好きになってしまう。


「必ず…必ずレヴィオンを……!そして私の魔石を…貴方に…!」


 最後にそう呟いて、リリシアは精一杯の笑みを浮かべた。


「やめろ、まさか!その手を離してくれ!だめだ、だめだ、だめだだめだ!!」


 察した俺は、叫びながら剣を退かそうと力を入れた。

 だが、それは手遅れだった。いや、単純に力の差だった。


 リリシアが神々封殺杖剣エクスケイオンを掴んだ手を引き、自らの首を切り裂いた。


 その変わらない笑顔を俺に見せつけながら。


 腕に伝わる不快な感触。ヴァルムの首を切り裂いた時とはまた別の、人間の肉を切り裂く感覚。

 そんなもの、知らなかった。

 知りたくなかった。

 知るべきじゃなかった。

 知るはずが無かった。

 俺は、俺は、俺は──!


 溢れ出る血しぶきが眼前を覆い尽くしていく。

 視界は赤黒い鮮血に染まっていくが、俺の頭の中は真っ白になっていく。


「あぁ…あぁぁぁああ!!!!!」


 倒れ込むリリシアを見て、俺は事態を飲み込みきれないままその場に崩れ落ちた。


 殺してしまった。自らの手で。

 純潔な少女を。志を同じくする仲間を。

 どうしてこの世界の住人は…自ら命を差し出し、俺なんかに意思を託すことができるんだ。

 レヴィオンなんかに屈して、惨めったらしく命乞いをした自分が馬鹿みたいじゃ無いか!

 俺は卑怯者だ。死を拒んで生にしがみつき、挙げ句の果てに自分なんかより意志の強いものを踏み台にして!


 自分自身に対する怒りが、蔑みが、後悔が、一度に流れ込んでくる。

 自惚れていた。神々封殺杖剣エクスケイオンという勇者が使っていた凄い武器を手に入れて天狗になっていた。

 ヴァルムの魔石を取り込んでレベルが上がって、効率的に訓練して。もうレヴィオンといい勝負をできるんじゃないかなんて思ってしまっていた。

 根本的にバカなんだよ、俺は。


 もう嫌だ。

 嫌だよ。

 なんでこんな思いをしてまで…こんな世界で生きていかなきゃいけないんだよ。


 混沌と化した俺の脳内では、死際に見せたリリシアの太陽のような精一杯の笑みだけが──鮮明に浮かんでいた。

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