4. 修行

「まあ座りなよ」


 フォーミュラに言われるまま椅子へと腰を下ろす。

 久しぶりに気が抜けたような気がして、どっと疲労が押し寄せる感覚に襲われる。


「お前も…四百年もここで一人で過ごしてきたのか?」


 質素な部屋を見回しながら、ここで生活していたであろうフォーミュラの暮らしを考えた。

 テレビもなければスマホもない。こんな所で四百年も一人で過ごすなんて、自分なら退屈に殺されてしまうだろう。


「うん」


 うんの一言で片付けてしまっていいような年月なのか、と思ってしまうほど素っ気ない返事だった。


「そうか…四百年生きてるってことはつまり、お前は人間族じゃ無いのか?」


 さっき人間族という言葉をフォーミュラが発したのを思い出しながら問う。

 竜族や魔族、長命となればエルフなんてものもいるかもしれない。


「いや、確かに普通では無いけど人間だよ。もう一人・・・・に身体の時間を操作してもらっているんだ」


「もう一人?」


「まあそれは良いとして。他に何か聞きたい事はあるかい?」


 俺の質問にフォーミュラはお茶を濁したが、特に気に留めることなく会話を続けた。

 あまり詮索されたくないような目遣いだと思ったからだ。


「その…聞きにくいんだがフォーミュラって女なのか、男なのか…」


 フォーミュラは容姿や声は女のものに見えるが、喋り口調は男のものである。

 別に今聞くほどの内容ではないように思えるが、気になるものは気になる。


「うーん…それを聞くかい。まぁ…一応・・男という事にしとくよ」


「そうか…わかった」


 赤面しながら自分を男だと主張するフォーミュラ。

 性別についてもこれ以上聞かないようにしよう…


「他に何かあるかい?」


「そうだな…この世界について色々知りたい。あと死人の紋章コープスアイデントについても」


 例え魔法が使える可能性が著しく低いとしても、俺はまだ諦め切れずにいた。死人の紋章コープスアイデントについて詳しくなれば、魔法も使えるようになるかもしれない。


「何人か死人の紋章コープスアイデントで生きている人を見たことはあるけど…それはとある魔物の、『魔力を奪う』という紋章魔法アイデントスペルによるものだ。今その魔物は封印されているし、奪われた魔力が元に戻ったという例は聞いたことがない。それくらいしか…死人の紋章コープスアイデントについては知らないかな…」


 フォーミュラは頭をかきながら申し訳なさそうに言った。

 無理もない、死人の紋章コープスアイデントについてはリオーネやヴァルムでもあまり知らなかったのだから。

 しかし、これほど情報がないのだとすると少し気が滅入る。

 フォーミュラは説明を続ける。


「そういえば魔力については知ってるかい?」


「…説明頼む」


 魔力。

 想像できないものではないが、一応聞いておいた方が良いだろう。


「魔力っていうのは、いわば魔法の源のようなものだよ。魔法は魔力を消費することで行使することができる。紋章の紅い輝きが魔力を示していて、紋章魔法アイデントスペルを使えば使うほどこの紅い光は輝きを失っていき、徐々に暗くなっていく。完全に使い果たしても多少は紅く輝いているから、死人の紋章コープスアイデントみたいにはならないんだけどね」


「なるほど。魔法にも制限があるということか」


「そうだね。強力な魔法だったら一日に一回しか使えない、とかもあるだろうね」


「まあ、魔力については分かった」


 概ね想像通りだった。


「この世界については知っている限り話そう。四百年前の知識だから、最近の国同士のいざこざなんかはわからないけどね」


「この世界について知る前に…フォーミュラは俺が元の世界に戻れる方法を知っているか?」


 この世界で過ごす前に知っておきたいこと。

 それは日本に帰れる方法があるかどうかだ。

 死人の紋章コープスアイデントについては残念だが、元の世界に戻れさえすれば魔法なんかは関係ないのだから。


「うーん…それを説明するにはまず次元について話さないといけないね」


「次元?」


 この世界に来てから何度か聞いた言葉だ。


「まず、僕たちが今いる次元は第二次元と呼ばれている。第一次元はと言うと、そこは神々の世界。干渉する方法はいくつか模索されてるんだけどその中の一つが儀式と呼ばれるものだよ」


 俺は転移直後に見た光景を思い出した。眼窩が抉られ、両足が両断されていた人々のことを。

 あの人たちが犠牲になり、俺とクラスメイトたちがこの世界に転移された。

 ベルフェリオを呼び出すというリオーネの目論見は失敗に終わり、結果犠牲だけが残った形だ。

 あんな儀式など二度と行わせやしない…と思いつつも、今の俺は自分の無力さを鑑みては消沈する他ない。


「あんなのが儀式か…儀式はこの世界と第一次元とを干渉させる為のもの?でも俺たちは別に第一次元からきた神ってわけではないよな?」


 実は俺たちが第一次元の神と思われていたというオチを考えたが、それは変な話だ。


「そうだね。君たちの次元は確実に第一次元とは異なる世界だと思うよ。……第三次元とでも名付けようか。神って言うのはもっと超常的な力を有した者だよ。それでリオーネは恐らくその中でも、ベルフェリオと呼ばれる魔神を降臨させようとしているんだと思う」


「ベルフェリオ…確かにリオーネはそんな事を言っていたな。ヤルダ様?とかについても聞かれたけど、フォーミュラは何か知ってるか?」


「ヤルダ様?聞いたことないけど…本当にそんなこと言ってた?」


「曖昧だけど、たぶん」


 神々の世界、と言うくらいだからベルフェリオ以外にも神がいて、その一柱の名がヤルダだと思ったが…フォーミュラが知らないなら違うらしい。

 そういえば、もしかしてあの場所って神々の次元だったんじゃないか?

 ここで俺はこの世界に来る前に見た白一色空間の事と、そこで聞いた声について思い出した。


「多分、俺その第一次元とやらに言ったかもしれない」


 確証は無いが、何となくあそこが第一次元であると思えた。


「本当!?どんな感じだった?」


 フォーミュラは目を丸く見開き、驚いたようだった。

 そんなにあの空間は凄い所だったのか。


「えーと、白一色の何も無い空間だった。動こうにも指一本動かせないまま、この世界に転移されたんだ」


「へー。誰か見なかったかい?」


「人影は見えなかったけど、誰かに話しかけられたな」


 俺は白一色空間で聞いた、意識にすっと溶け込むようで直ぐに消え入ってしまいそうな優しい声を思い出した。

 第一次元にいるのが神々だと言うのなら、あの声の持ち主こそが女神と呼ばれる存在なのだと納得できる程のものだった。


「どんな声だった?」


「えー、なんか凄く優しい声だったな。あーそう言えばなんだけど、確かその声はこの次元の事を第三次元って言ってたような気がするんだが…」


 確かあなたを第三次元へ送るとかどうとか言っていたような。

 女神が言っていたことを鮮明に思い出そうとするも、頭の中に何か白いもやのようなものがかかっているかのようで思い出せない。


「それは本当かい?優しい声…たぶんそれはメルクリア様じゃないかな?」


「メルクリア様?確か迷宮の名前もメルクリアだったよな?」


「そうだよ。この世界には七つ…いや、六つの迷宮があって其々に神々の名前がつけられている。ちなみにメルクリア様は癒しの女神なんだ」


「癒しの神か…確かになんか声を聞いただけで癒されたような気がしたな」


「そうかい…それでこの世界をメルクリア様は第三次元と言っていたというのについて…もっと詳しくわかるかい?」


「うーん。それは聞き間違いかもしれない。あまり気にしないでくれ」


 正直白一色空間で聞いたことは不鮮明であり、間違っている可能性は高い。


「わかったよ。他に聞きたいことはあるかい?」


「うーん、今いるのはアルテナのどの辺りなんだ?」


「そうだね。ちょっと地図を持ってくるから待ってて」


 フォーミュラはそう言うと立ち上がってどこかへ行き、しばらくすると模造紙ほどの大きさの羊皮紙を手に持って戻ってきた。


「これがこの世界、アルテナの地図だよ。まあこの地図は四百年も前のものだから多少変化しているかもしれないけどね」


 フォーミュラは物置と思われる部屋から、丸められた羊皮紙を持ってきた。


「四百年前の地図ね…そういえばフォーミュラは千里眼で現在の世界情勢についてなんかも知れるんじゃないか?」


「いや、僕の千里眼はそんなに便利なものじゃ無いんだ。千里眼の対象にできるのは人物…もしくは意思ある魔物だけ。そして対象にできる人物は三人のみで、更に一度対象を決めたら、その対象が死ぬまで他に変えることができないんだ」


「へえ。つまり…その三人の内二人がレヴィオンとヴァルムってことか。もう一人は?」


 だいたい予想はついてるが、一応尋ねる。


「君だよ」


「まあそうだよな…」


 ってことは、俺は常にフォーミュラに監視されている状態なわけだ。じゃあそれを念頭に入れて行動しなきゃならないってことか!?


「大丈夫。常に君を見ている訳じゃ無いから。魔力消費も大きいし」


 俺の顔色の変化に気づいたのかフォーミュラがフォローするが、そういう問題では無い。

 仮にも俺は思春期の男子高校生。もしかしたらこの世界で恋人が出来るかもしれないのだ!


「まぁ…いいさ。にしてもヴァルムは死んだんだからもう一人対象を指定できるんじゃないか?」


 フォーミュラは俺と出会う前に対象を俺に指定していた。ということは別に合わなくても対象を指定できるってことだ。


「そうだね。でも一度対象を決めたら中々変えられないから、もう少し吟味するよ」


「それもそうか。じゃあ地図を見せてくれ」


 俺はフォーミュラを促し、机上に羊皮紙を広げさせる。

 所々千切れている部分は有るが、四百年前の物にしては保存状態が良く見えた。

 しかし、書かれている文字は全く読み取ることができなかった。

 アルファベットのようにも見えるが、明らかに地球で使われていた言語とは異なっている。


「これがアルテナの全貌だよ」


 フォーミュラが指差す地図中央には海に囲まれた巨大な大陸が一つ。地球と違って大陸が複数散らばっているわけではない。


「大陸はこれ以外にないのか?」


 正直驚いた。だとしたら船無しにこの世界を一巡りすることができるのだろうか。


「そうだね…小さな島なんかはあるけど大陸はここ、アルテナ大陸だけだよ」


「へえ…」


 眺める地図には国境と思しき線や広大な湖、そして森や洞窟が細部に至るまで緻密に書き込まれている。

 この世界にも伊能忠敬のような人物がいたのだろうか。

 はたまた地形を把握できるような魔法が存在するのか。

 あまりの地図の緻密さに、この地図を見ているだけで一日が潰せそうだと感じる。


 暫く地図を眺め続け、それぞれの地形の大きさを推測する。

 森や湖、そして数多の国々のサイズからこの世界はさほど大きくないと結論づけた。

 とりわけ地図上で目に止まった地形は大陸を大々と引き裂く巨大な谷。

 大陸のほぼ中央を貫くように分断するその谷は、まるで何か大きな力によって世界を分断したかのようである。


「なあ、俺たちが今いるのってもしかして…」


「うん、僕たちが今いるのはこの大陸を切り裂く谷…ハーマゲドンの谷の底だよ」


 案の定、フォーミュラは地図上の巨大な谷を指差した。


「やっぱりそうか…しかしどうやって上まで行くんだ?」


 確かにここは人気も無く四百年間身を隠すには持ってこいだろう。

 行くのも戻るのも困難なこの場所に、辿り着いた者は何人いるのだろうか。

 しかしフォーミュラは魔王レヴィオンはこの谷から瞬時に離脱したと言っていた。

 実力の底が見えないようで、思わず唸る。

 でも流石に空を飛ぶ…なんてことはできないようで安心した。


「この場所の近くにぜレス大迷宮への抜け道がある。そこから上へ登ればいずれ地上へ着くはずだよ」


 フォーミュラは今いるハーマゲドンの谷から地上へ行く方法を説明する。

 迷宮の内部から地上へ登っていけば良いってことか。

 だとしても一つ腑に落ちない点がある。


「ぜレス大迷宮…ってのはさっき言ってた六つの迷宮の内の一つか?つまりこの辺りにはメルクリア大迷宮じゃなくて、ぜレス大迷宮が広がっているって事だよな?」


「うーん。そうだね。どうしてだい?」


 俺の質問にフォーミュラは不思議そうに首を傾げた。


「いや、台座に表示されてた魔法陣は地上へ戻る為のもので、その地上って言うのはテキトーな場所だったのかと疑問に思ったんだ。普通ならメルクリア大迷宮の入り口やらに転移されると思うだろ?」


 大体のゲームなんかでは、ダンジョンを攻略したとなるとダンジョンの入り口や近くの街なんかに転移される。

 地図上で示されているメルクリア大迷宮の入り口からかけ離れたこの辺鄙な地に転移されるのは何かおかしいと思ったのだ。


「なるほどね。実はあの魔法陣はここに転移されるように設定したものなんだ」


「へー。じゃああの魔法陣は前の神々封殺杖剣エクスケイオンの持ち主が作った物ってことか?」


 設定したってことは人為的に弄ったものであるということだ。

 神々封殺杖剣エクスケイオンの台座にその魔法陣が展開されていた以上、前の神々封殺杖剣エクスケイオンの持ち主が転移先の設定をしたと見ていいだろう。


「そう。かつて、魔王レヴィオンを封印まで持ち込んだ勇者が設置した、この世界唯一の転移陣さ」


「唯一の転移陣?ってことはこの世界にあれ以外に転移陣は存在しないってことか?」


 フォーミュラの妙な言い回しに首を傾げる。

 考えてみればリオーネのことと言い転移系の魔法はそんなに簡単に使えるものではないはずなのだ。


「この世界には『魔道具』と呼ばれる、物でありながら紋章を有する道具が幾つか存在する。あの台座は魔道具の一種だね。魔道具は古代に作られたとても貴重な代物で、同種のものは一つとして無い。もしかしたら転移陣を設置できる紋章魔法アイデントスペルの持ち主がいるのかもしれないけど、僕は聞いたことが無いからあまり期待しないことだね。転移魔法は生涯で一度しか使えないと言われてるし、もうあの台座も魔力が尽きて使えないんじゃないかな?それにしてもレヴィオンと君の二人が使えたことが少し疑問だけど」


 この話を聞いて真っ先に思い浮かんだのはクラスメイトであり、転移の紋章魔法アイデントスペルを持つマサキの顔だった。

 にしても転移魔法は生涯で一度しか使えないだって?

 だからリオーネの屋敷で見たあの転移魔法の使い手たちは逃げれなかったのか?

 しかしマサキはそんな転移魔法を何度でも行使できるような言いぶりだった。

 やはり日本からの転移者が使える魔法は常軌を逸していると考えてもいいだろう。果たして他のクラスメイトたちもどれだけ強力な紋章魔法アイデントスペルを持っているのだろう?

 俺も魔法が使えたらあの場でレヴィオンを倒せたのだろうか?

 まあクラスメイトたちは敵ではないし、嫉妬の気持ちも生まれるので深く考えるだけ無駄。話を戻そう。


「物でありながら紋章を有する…つまり神々封殺杖剣エクスケイオンも魔道具の一つって事か」


 俺は手に持つ神々封殺杖剣エクスケイオンを見つめた。


「そうだね。ちなみに魔道具の数は本当に少ない。今存在している魔道具は全て古代人の遺物であり、作り方は判明してないんだ。しかも認証を行った人にしか扱えないしね。認証しなくても使える魔道具はあるらしいけど」


「古代人…って何年くらい前の人たちの事を言うんだ?それに作り方が分からないって…古代の方が現代より技術が発達してたって事じゃないか」


「まあそうみたいだね…古代と言っても大体三千年前くらいだと言われているよ。正確には分からないけどね」


「三千年前の遺物…よくそんな物が残ってたな」


 よく考えれば日本でも五千年も前の遺物が発見されたりしているのだ。

 大切に保管すれば三千年も前の物でも十分に使えるのだろう。にしてもこれほど綺麗なのは異常だが。


「伝承によると古代人は皆人間族であり、『神々の領域に踏み込んだ』だの、この『ハーマゲドンの谷を形成した』なんて言われている。それで人間族は神々の逆鱗に触れ、力を失ってしまったらしいよ。他の種族よりも人間族の力が劣るのはこの為なんだとか」


「伝承ね。まあ色々わかったよ、ありがとう」


 流石に未知の力を持つ古代人でもこの谷は作れないだろと思ったが、いかんせんこの世界には魔法という概念が存在する。

 ならばその伝承とやらも眉唾ではないのかもしれないが、さすがに疑いは残る。


「他には何か聞かなくて良いのかい?何せ僕は久しぶりの会話だから楽しいよ」


 フォーミュラは微笑みながら言った。

 よく四百年も人と話さなくて言葉を忘れなかったな。体が老いないということは脳も劣化しないのか?


「今は特に聞きたいことは無いかな。また聞きたいことが思い浮かんだら聞くよ」


 聞きたい事、聞きたい事…と思考を巡らせるが、まだこの世界に来てから浅いため何が分からないのか分からないような状態だ。


「そうかい。じゃあ…レヴィオンを倒すために、神々封殺杖剣エクスケイオンを使いこなせるようにならないとね。僕で良かったら少し剣術を教えるよ」


「できるのか!?あまり剣を振う様には見えないんだが…」


 俺はマジマジとフォーミュラの体を精査した。

 百六十センチ無いか位の身長に細身の体。

 どう見ても剣術に長けている様には見えなかった。


「失礼な!一応僕は勇者パーティの一端だったんだよ」


 フォーミュラはその貧弱な腕で力瘤を作って見せたが、俺には平常時との違いがわからなかった。

 それにしてもフォーミュラが魔王を封印した勇者と同じパーティにいたとは意外だ。

 勇者パーティについても聞いておくか。


「勇者パーティってのはどんな構成だったんだ?」


 想像するのは重装備に身を包んだ歴戦の戦士や、ミステリアスなローブに身を包んだ知的な魔法使いなどだが……


「勇者が二人いるのは知っているかい?」


「勇者が二人?どういうことだ?」


 知っているわけがない。


「封印の勇者と未来視の勇者。勇者パーティにはそう呼ばれる二人の勇者と、二人の賢者、そして竜王がいた。…って言われると凄く感じるでしょ?」


「勇者二人に賢者二人、そして竜王!?…はヴァルムか。確かに凄そうだけど。それをもってしても魔王レヴィオンを殺すことはできなかったのか…」


「そういうことだね。ちなみに賢者二人のうち、一人は僕だよ」


「へえ。ってかもしかしてレヴィオンをメルクリア大迷宮の地下に封印したのは封印の勇者で、四百年前に俺がこの世界に来るのを予言した未来視の勇者とは別の人物って解釈で大丈夫か?」

 

「うん、あってるよ。未来視の勇者が死を決して作り出した隙を突いて封印の勇者がレヴィオンを封印したらしい。僕はその場にいなかったから、聞いた話だけどね」


「勇者二人でやっと封印できるレベルの相手か…」


 訓練して剣術を見につけたとて勝てる相手のようには思えなくなってきた。


「まあこっちに来なよ」


 俺の消沈を察したフォーミュラは立ち上がり、部屋内にある幾つかの扉のうち最も重厚な造りをしている扉を開いて俺を手招いた。

 招かれるままその扉へ向かい、中を覗き込む。

 そこに広がっていた光景に、俺は目を見開かざるを得なかった。


 剣、槍に盾、更に杖に至るまで様々な種類の武器が壁にかけられて並べられている。

 それらは今磨き終わったと言わんばかりの輝きを放っており、まるで手に取る者を待っているかの様に思えた。

 まるでゲーム世界の武器屋。男心がこれでもかとくすぐられ、興奮気味に尋ねる。


「この部屋は?」


「この部屋は…修行場とでも呼ぼうか。何せ僕も四百年間ただ自堕落に過ごしていたわけじゃ無い。この場所も、武器も僕一人で作り上げたんだよ」


 フォーミュラは得意げに、両手を腰にあてながら言った。


「一人でこれを…?どうやって作ったんだ?」


 ここはハーマゲドンの谷という奈落の底。

 周りが土壁に覆われた中で、こんな洗練された武器を作れるほどの素材を集められるのだろうか?


「この近くにぜレス大迷宮への入り口があるって言ったよね?大体の武器の素材となる鉱石や魔物の魔石なんかは、ゼレス大迷宮で取ってきたんだ」


 なるほど迷宮には魔物が蔓延っていて、そいつらを倒せば魔石などの素材が手に入るのか。

 確かにフォーミュラの紋章魔法アイデントスペルは戦闘向きではない。

 剣術の一つでも使えないと魔物に対処できないはずだ。辻褄が合う。

 ってか魔石はレベル上げ以外にも素材として使えるんだな。


「…じゃあ本当にフォーミュラは一人で魔物を倒せるくらいには強いんだな?」


「疑り深いね。まあ本分は鍛冶師に近いんだけどね」


「鍛冶師か。じゃあ勇者パーティの武器もフォーミュラが作ってたのか?」


 俺は鍛冶工房で剣を打つフォーミュラの姿を想像する。

 鍛治と言うとドワーフなどの筋骨隆々な男たちの姿を想像するものだが、果たして目の前の幼気いたいけな少年が本当に鍛治なんてできるのだろうか。

 まだ半信半疑だ。


「そうだね。それくらいの特技がないと勇者パーティなんて入れないよ。まあほとんど僕の使い道は僕の紋章魔法アイデントスペルだったんだけどね」


 自虐のようにいうフォーミュラだったが、その目には自信が満ちていた。

 勇者パーティの鍛治師。だとしたら目の前の洗練された武器群の完成度にも納得する。

 素直に認めておこう。


「じゃあ始めようか。まずそこに立って神々封殺杖剣エクスケイオンを構えて神光支配ハロドミニオを全身に纏わせてみて」


「わかった」


 俺は言われた通りに部屋の中央へ移動すると、神々封殺杖剣エクスケイオンを構え神光支配ハロドミニオを具現させた。

 剣先から現れ始めたオーラは徐々に移動し、やがて俺の全身を隈なく包み込む。

 その間およそ十秒。


「遅いね…勇者は瞬時にオーラを全身へ纏わせてたよ」


「瞬時にか…確かに実際の戦闘で敵は何秒も待ってくれるはずないもんな」


「そう。まず剣術の前に神光支配ハロドミニオを使いこなせる様になろう。オーラは別に全身じゃなく強化したい部位だけに纏わせられる事は知ってるかい?」


「ああ。ヴァルムは刀身だけに纏わせれるみたいな事言ってたな」


「そう。それもできるし刀身に纏わずに自分の拳だけ、足だけなんて事もできるんだ。オーラを纏った攻撃の威力、防御力はできるだけオーラを縮小すればするほど高くなる。例えばお腹を攻撃された時は、オーラを全身に纏っていた時よりもオーラをお腹だけに凝縮した時の方が防御力は高くなるんだ」


「なるほど。でもオーラって結構目立つよな?例えば腹にオーラを凝縮した時、相手にはそれが見える。だから相手も瞬時に対応してきて腹以外を攻撃されたりなんてしたら……」


「そういえばまだ言ってなかったね。神光支配ハロドミニオは自分の意思で不可視化する・・・・・・事ができる。まあ練習する時は今の状態のままが良いと思うけど」


「まじか!?じゃあそれも練習しないとな」


「あとオーラについて最後に一つ」


「何だ?」


「オーラは別に自分だけではなく、他人、または神々封殺杖剣エクスケイオン以外の物にも纏わせる事ができるんだ」


「そんなことも出来るのか…」


 練習しなければいけない事が多いな。

 しかし魔法が使えない俺にとってはこの世界で生き抜くため、そして魔王レヴィオンを倒すために神々封殺杖剣エクスケイオンを使いこなすのは重大な課題だ。


「取り敢えずオーラを瞬時に移動させる訓練をしよう。僕がワタルの体の一部を触るから、そこにオーラを移動させてみて」


 フォーミュラは腕をまくる。


「わかった」


 俺は神々封殺杖剣エクスケイオンを構えた状態で目を閉じ、意識を身体に集中させ、精神を研ぎ澄まし、オーラの感覚を精錬させていった。

 まずフォーミュラが触れたのは、俺の鳩尾部だった。

 全身に散漫していたオーラを一気に上腹部へと集約させていき、やがてフォーミュラの右手までをも覆い始めたのを感じる。


「うーん、さっきよりは良いけどまだまだだね。もう一度行くよ?」


「オーケー」


 こんな感じでフォーミュラによる俺の神光支配ハロドミニオ、そして剣術の特訓生活が幕を開けたのだった。

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