閑話 行方不明


 静かな部屋に一定のリズムで机を叩く音が響く。

 机を叩いているのはアーハイムの街の冒険者ギルド、ギルド長のグスタフ・ゲルマー。


「おい……まだ何の連絡も入っていないのか? スティーブが消えてからもう二週間が経過しているぞ! 一体どうなっているんだ!?」

「すみません。一切足取りを掴めておらず、高ランク帯の冒険者に捜索の依頼をしてはいるですが……」

「いいから徹底的に探し出せ! ベルマーの森以外も足取りを追え! こっちはこっちで人を用意する!」


 何の手掛かりもなかったという報告をしに来たギルド職員を追い出したグスタフは、一人部屋で頭を抱えた。

 元オリハルコン級冒険者パーティ【黄金の太陽】。


 この辺りでは知らない者がいないほど有名な冒険者パーティであり、そんな【黄金の太陽】でサブリーダーを務めてきたスティーブの失踪。

 老いにより、全盛期よりかは力の衰えは感じられていたが、それでもこのギルドに所属しているどの冒険者よりも力を持っていて、何よりも信頼度が桁違い。


 今回の依頼は危険度の低いベルマーの森での薬草採取という、ルーキー冒険者だけでも達成できる依頼の護衛。

 元オリハルコン冒険者であるスティーブが失敗するような依頼ではないのだが……その依頼に向かってから消息を絶ち、既に二週間が経過してしまっている。


 グスタフは戻ってこなかった初日から焦りを感じており、この二週間はまともに眠ることができていない。

 それもそのはずで、スティーブと一緒に消えたルーキー冒険者パーティの中には、『キラースモーキー』の悪名で知られている貴族、ヴェルヘルム・パブロ・ディーヴァルトの息子であるベルンハルトがいるのだ。


 多くの冒険者に慕われ、冒険者達のまとめ役を担っていたスティーブが失踪してしまったこともグスタフにとっては大きかったが、それ以上にベルンハルトがいなくなったことの方が大きい。

 ヴェルヘルムは『キラースモーキー』という悪名がついていることから分かる通り、簡単に人を殺すイカれた貴族。


 誰も口出しできないほどの権力を持っていることから、ヴェルヘルムの機嫌を損ねるのは絶対にタブーであり、冒険者ギルドのギルド長であるグスタフでもそれは変わらない。

 三男とはいえヴェルヘルムの息子が死んだとなれば、その責任を取らされて処刑される可能性だってある。


 冒険者なんて死んで当たり前。

 金を稼ぐために死ぬ覚悟のある者だけがなる職業なのだが、そんな常識が一切通用しないのがヴェルヘルムである。

 グスタフもそのことを理解して、一番信頼できるスティーブに護衛を任せたのだが……。


「くっそが! こんな大事なところでしくじりやがって……!」


 頭を掻きむしりながら、口からはスティーブに対する恨み言しか出てこない。

 不眠のせいで頭が回っておらず、不安で心身ともに疲弊し切っているが、消息を絶って二週間経った今でも、まだ望みはあるとグスタフは考えている。


 何度も言うが、ベルマーの森は危険度の低い場所。

 元オリハルコン冒険者であるスティーブがやられるということはまずあり得ないため、何かしらのトラブルに巻き込まれたか、スティーブが何かしらの悪事を働いたかのどちらかの可能性が非常に高い。


 二週間も消息を掴めていない状況だからこそ希望はあり、グスタフは最後の望みをかけて、グスタフは王都で活躍している【紅血の雫】の面々に調査の依頼を出した。

 【紅血の雫】は元々アーハイムの街を拠点に活動していた冒険者であり、今回はグスタフの身銭を切って出した破格の依頼。


 ベルマーの森の調査というルーキーでも行えるような依頼をこなすだけで高額な報酬が貰えるとなれば、今は王都を拠点に活動しているといえど来てくれるはず。

 何か少しでも手掛かりを見つけることができれば、後はスティーブを見つけるだけで全てが済む。


 冒険者という道を進んだベルンハルトをよく思っていないということで、二週間消息を絶っていることにまだ気づいていないようだが、ここから先はヴェルヘルムにいつ気がつかれてもおかしくない。


 時間との勝負のため、【紅血の雫】に出した文にはすぐに駆け付けるよう書いてある。

 早ければ今日中に辿り着くと思うのだが……この待っている間も心が削られていく感覚に襲われており、グスタフはキリキリと痛む胃を押さえながら【紅血の雫】が来てくれることをただただ待ったのだった。


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