第12話 三年半越しの仲直りは首なし騎士による

「フレイヤだ……」

 遺跡から離れたところで、ありがたくないことにフレイヤ・テネブリス公爵令嬢たち一向を見つけた。

(結局、着替えてないのか……)

 試験開始前のイシュカの懸念通り、フレイヤのドレスはひどい有り様となっている。

 が、彼女はそれを気にする素振りなく、島の地図を広げてのぞき込んでは顔をあげ、色々な方向を指さし、友人たちと何かを熱心に話し込んでいる。どうやら真面目に課題をやっているようだ。

(あの人、あんな格好だし、うるさいし、偉そうだけど、召喚についてはものすごく真面目なんだよね)


「イシュカ、後は頼んだ」

「は? ちょ、ちょっと……」

 要領がいいというか、ラグナルは早々に踵を返し、イシュカ、いやフレイヤたちから遠ざかっている。

「彼女の前に二人そろって出るのは避けた方がいいだろ?」

「そ、それはそうだけど、私が消えてラグナルが彼女の相手をするって手もある……って、樹魔っ!」

 顔の全面に嫌気を載せたラグナルの傍ら、アルダーの木の洞が仄かに光った。その瞬間、優しそうな美人が薄っすらと姿を現し、ラグナルの両肩にそっと触れる。そしてイシュカにニコッと笑って、ラグナルごと消えた。これも幻覚だ。

「ちょ、樹魔、ひどくないっ? 隠すならそっちじゃなくて友達のこっちでしょー!!」

 水馬とラグナルだけじゃない、彼女も友達がいがなかった! と恨み骨髄に思わず叫んだ。

「相変わらず騒がしい人ね、イシュカ・ヴィーダ」

 ――ら、当然と言えば当然、フレイヤたちに見つかってしまった。


「……」

 色んな意味でひどい――眉尻も口の端も肩も全部下げられるだけ下げて、イシュカは公爵令嬢たちを振り返った。

(くっ、覚えてなさいよ……っ)

 先ほどラグナルと木の精霊が隠れた場所辺りから、小さく小さく忍び笑いが聞こえてきて、わなわなと震えつつ、イシュカは引きつり笑いを顔に浮かべた。

「こ、こんにちは、フレイヤさま、ご機嫌いか――」

「ラグナルさまはどこにいらっしゃるの?」

「……いくら私相手でも挨拶ぐらい最後まで聞きましょうよ……じゃなくて、ええと、ラグナル、さま? ……は、その、は、はぐれた?」

 斜め後ろ、ラグナルが潜む場所へと思わず目を泳がせる。

「はぐれた!? パートナーの栄誉に預かっておきながら!?」

「はぐれた責任、なんで私で決定……」

 はぐれたというか、逃げたのはあっちだ、理不尽すぎる。イシュカは斜め後ろをついに睨んだ。

 もちろん逃げたラグナルの気持ちはわからないでもない。フレイヤはラグナルがいる時といない時で別人だ。ぞんざいに扱われるイシュカもいい気分はしないが、自分だけ良く扱われるラグナルも、彼の性格を考えれば、きついのだろう。

 だから、イシュカ的に問題はそこじゃないのだ。

 そう、問いただしたいのは、樹魔に最初の友達であるイシュカを裏切らせたこと――。

(樹魔のあほ。裏切者。美人好きぞろいの精霊たちの中で、樹魔だけは違うと思ってたのに!)

 微妙に切ない。


「あなたね、もうちょっとしっかりなさい」

「へ?」

「へ、じゃないでしょ? せっかくラグナルさまがあなたの実力を認めて、パートナーに選んでくださったのだから、もっと頑張りなさいと言っているの!」

 顔を赤くして怒るフレイヤの顔をまじまじと見つめた後、イシュカはへらりと笑った。

 なるほど、彼女は彼女なりにラグナルを大事に思っているのだ。そう思うと、ちょっと親近感が湧いてくる。

「何へらへらしているの! なんっであなたなんかをラグナルさまは!!」

 ――また怒られてしまったけれど。


「ところでフレイヤさま、なんか……みすぼらし、じゃない、ええと、ぼ、ぼろきれ? みたいになってません?」

「言い直したことで、無礼さが増しましたけど……?」

「だからドレスなんかやめとけばよかったのに」

「なんかって言わない! 淑女の嗜みです!」

「先生にしぶーい顔されて、実際ボロボロになってるのに」

「お出かけにおしゃれをしないなんて、耐えられません!」

「だから試験だってば」

「試験でもです!」

「全然まったく欠片も理解できないけど、そこまで偏執的だと、なんかちょっと尊敬できそうな気がしてきました」

「へんし……言葉っ! ついでに何気に尊敬してないとも言ったわね? あなた、どこまで失礼な人なの……?」

 わなわなと震えるフレイヤが、手にしていた杖――召喚杖づくりで有名なドワーフと契約している人にオーダーしたという、芸術のような逸品だ――を湖岸の浜に突き立てた。

(うーんと、馬、剣、血、闇……)

 描かれていく召喚陣は略式でぱっと見、分かりづらい。が、どことなく見覚えがある。

「来たりて、我が敵を打ち滅ぼせ――」

 フレイヤは自分の描いた陣を目を眇めて見つめるイシュカを睨み、その美しい唇を開く。

(あと首、じゃない、首なし? ……あ、わかった!)

「「デュラハン!」」

 喜色満面に召喚呪と同じ言葉を叫んだイシュカに、フレイヤはぽかんと口を開けた。

 目の前の空間に、人の背丈ほどの長さの筋が入った。そこが開いていき、黒い空気が漏れ出してくる。割れ目から、馬と、その上の首なし騎士が姿を現す。

「すごい、初めて見た……!」

 闇の精霊、しかも高位の幻獣だ。人とのつながりが深いため、自然に発生する界境などでは中々お目にかかれず、もっぱら召喚で出会うしかない。

 だが、その召喚の相性がヴィーダ家とは悪いらしく、父と兄、イシュカそろって試みても、成功した例がなかった。ちなみに、母は「なんでそんな恐ろしげなものをわざわざ……」と言って協力してくれなかった。


 興奮のままデュラハンに近づけば、彼の馬も一歩近づいてきた。首からどくどくと血を流す騎士が、腰から剣を抜く。

「すごい、カッコいい……」

 ドン引きするフレイヤたちを横目に、イシュカは感動で身を震わせながら、剣を振り上げる召喚獣を見つめる。

「っ、何やってるんだっ」

「っ」

 樹魔の幻覚によって隠されていたラグナルが、イシュカのすぐ目の前に現れた。音を立てて抱き寄せられ、身が浮く。

「走れっ」

「あ、あ、あ……デュラハン、デュラハンが……」

「言ってる場合かっ、殺されかけたんだぞっ」

「……あ」

 彼がまたがっている風狼も、その名の通り風のように走りながら、「がぅ」と同意と呆れの視線を向けてきた。


(あー、でももう少しだけ見たかった……)

 ラグナルの腕の中で横抱きにされて、湖と遺跡、そして何かを叫んでいるフレイヤたちから遠ざかっていく。

 せっかくの機会だったのに、とイシュカは肩を落とした。

 その瞬間、知っているのに前とはどこか違う匂いが鼻腔をついて、目を瞬かせる。


(……これって結構すごい、というか、はずかしいこと、な気が……)

 自分を抱えているラグナルを見上げれば、丸みがなくなった顎のラインが視界に入る。支えてくれている腕はなんだか固いし、体はイシュカをすっぽり包める程度には大きい。

 そう気づいてしまうと、落ち着かなくなった。風狼の上で身じろぐ。

「え、ええと、今回もご迷惑をおかけしました。か、代わりに、さっき見捨てたことも私の友達の樹魔を誘惑したことも不問ということでどうでしょう」

 ラグナルと接している部分から伝わってくる熱が、イシュカの顔にまで移った。彼の顔を見ることができなくて、慌てて顔を伏せ、ぼそぼそと呟く。

「人聞きが悪いな。見捨てたわけじゃない。俺がいたら余計ひどくなる……というか、ごめん」

「あ、違う、責めるつもりじゃ」

「違う――一年の時のこと」

 ラグナルがカクンと首を落とした。身にかかる負荷が増し、耳に息がかかる。心臓がドクリと音を立てた。


「イシュカが俺と一緒にいるのはおかしいとか身の程を弁えていないとか、陰で散々言われていたと聞いた。一緒にいる時に言われなくなっていたから、もう大丈夫なんだと思っていた」

「……」

 イシュカがラグナルに釣り合わないと言われ始めたのは、入学してすぐだった。彼の言う通り、最初は二人一緒の時に言われたのだ。ラグナルはそれにいちいち反論してくれて、すごく嬉しかった。

(ああ、そうだ、だからちゃんとした幻獣使いになりたいって思ったんだ、ラグナルとずっと一緒にいられるようにって――)

「だから、イシュカが離れていった時、原因がわからなくて、ごめん、ムカついていた。挙げ句、意地になって……馬鹿なことに時間が経つにつれて、余計話せなくなっていったんだ」

 吐き出されたため息が首にかかって、ぞくっとした。

「ほんと、ごめん。子供だった」

「え、いや、ラグナルのせいじゃないし……というか、ごめん、私こそちゃんと話さずに、勝手によそよそしくなって。私が同じようにされたら傷つくのにって最近ようやく気づいた。本当にごめん」

「いや、悪いの、俺だし」

「いや、私だし」

「いや、俺」

「いや、私」

「……」

「……」

「「じゃ、両方ってことで」」

 声が重なって、思わずラグナルを見上げれば、目をまん丸くした赤い瞳と視線が絡んで、二人同時に吹き出した。

 そのまま笑い続ければ、下の風狼が「何を騒いでいるんだ」とでも言いたげに「ぐる?」と鳴き声を立てた。



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