第二十四話 ピンチとチャンス

 次の日。

「長男が失踪した?」

 早朝に掛かってきた電話の内容は、寝ぼけている俺の目を覚まさせるのに十分な衝撃を与えた。


『うん。獅子野ミヤの治療が終わって、それから【第二部隊】にいる長男――獅子野カズヤに連絡を取ろうとしたんだけど、その時にはもう体調不良を訴えて早退していた。彼が住んでるアパートにも行ってみたけど、どうやら帰ってきてないみたい』


 フィリアの声には焦りが浮かんでいる。

「長男は皇国内で仕事をしてたんだよな?」

『うん。これから獅子野カズヤが行きそうな場所を探させるつもりだけど、まだ逃亡したと確定したわけじゃないから大規模な捜索は出来ない』


 彼が姿を消してまだ一日も経っていない。

 だが状況から鑑みるに、捜査を恐れて行方をくらませたのは明らか。

 このまま手をこまねいていれば、皇都の外へ逃げられるかもしれない。


 そうなれば捜索は困難になり、厄介な事態になる。

「しかし、いくら何でも逃げるのが早すぎないか?」

『あの観客の中にスパイが居て、獅子野カズヤに連絡したのかもしれない』


 コピーギャングは王国や皇国の至る所にスパイを忍ばせている。

 彼の逃亡を手助けすることも、そう難しい話ではないだろう。

『皇都から脱出されないよう、関所に通達しておく』


「ああ、頼む――」

 頷きかけたところで、俺は最悪の想定をしてしまった。

 そしてその想定は、コピーギャングたちにとって最も簡単な解決法。


「獅子野カズヤは、本当に逃げたのか?」

『どういうこと?』

「コピーギャングどもに誘拐されたんじゃないか。と思ってな」


『それってつまり』

 フィリアも、俺と同じ結論に行きついた。

「獅子野カズヤを殺して、口封じするつもりだ」


 というより、もう殺されているかもしれない。

『でも、獅子野カズヤは自分の意思で早退したんだよ?』

「コピーギャングに『来い』とでも言われたんだろ」


 どういう経緯でコピーギャングと繋がりを持ったのかは分からないが、獅子野カズヤはコピーギャングに脅されている。

「軍人の男を誘拐して殺すとなると、皇都の外には出られない」


 だが皇都の中は広大で、しらみつぶしに探す時間は無い。

『ど、どうするの?』

 これといった妙案が浮かばない。


「……とにかく、俺はコピーギャングが居そうな場所を探す。フィリアは獅子野カズヤが行きそうな場所を調べてくれ」

『うん、分かった』


 俺は電話を切り、急いで部屋を出ようとした――。

「ちっ、今度はなんだ?」

 ジリリリ、とけたたましい音を響かせてまた電話がかかってきた。


 今度は少し乱暴に電話を取る。

『おう、俺だ、安達あだちだ』

 電話の主は安達明次あだちあきつぐだった。


「用事なら後にしてくれるか。今、急いでるんだ」

『その急ぎっていうのは、失せ人探しだろう?』

「――どうして分かった?」


『風が教えてくれるんでな』

 また、そうやってはぐらかす。

「それで誤魔化せると思うなよ。でも、分かってるならどうして連絡してきた?」


 今が一刻を争う状況だというのは、こいつも十分承知のはずだ。

『おまえ、当てもなく探したところで、本当にコピーギャングが見つかると思ってるのか?』


「それは……」

 明次の言う通り、俺が皇都を走り回ったところで、獅子野カズヤを見つけられる可能性は限りなく低いだろう。


『おれも手伝わせろ。あの嬢ちゃんが死んじまうと、を貰えなくなっちまう』

「手伝ってくれるのはありがたいが……お前、アズサに何の報酬を支払わせようと思ってるんだ?」


 この男の親切心は、後から莫大な借金となって帰ってきそうで恐ろしいものがある。

『心配するな、そう難しいものじゃない』

 そう言われれば言われるほど、怪しさが増していく。


「でも、どうやって探すんだ?」

 手がかりも痕跡もない中、皇都からたった一人の人間を探すなど、手数が一人増えたところで意味がないように思えるが。


『おれと初めて会った時の事を、覚えてるか?』

 いきなり何を、と言いかけて、あの景色を思い出した。

「カラスか!」


『カラスだけじゃない。ネズミも猫も犬も使って、そいつを探す』

 確かに、その方法なら敵に勘付かれることなく獅子野カズヤを見つけられる。

『獅子野カズヤに関するありったけの個人情報を俺に送れ』


「分かった。でも、俺はどうすればいい?」

『お前は嬢ちゃんを連れて皇都の中心地へ移動しろ。コピーギャングがどこに行ったか分からない以上、どこにでも動ける位置にいた方が良い』


 明次の言う事は理にかなっている、だが。

「ちょっと待て、アズサを連れていくのか?」

 この問題にアズサを巻き込むべきじゃない。


 俺はそう思っていた。

『よく考えてみろ。兄妹はコピーギャングと関わりがある』

 その通りだ。


『そして、兄妹はアズサを恨んでる』

「だが、その恨みは呪法をかけられた『後』から生まれたものだろう?」

『お前は気付かなかったか? アズサの妹、ミヤから出た言葉の違和感に』


 ――お母さんを殺したアイツを恨んでる。

『違う、もっと先だ』

 電話越しに人の思考を読むな。


 だが、明次に口を挟まれたことによって記憶が鮮明によみがえる。

 ――アイツの方が、才能があるなんて。

「……嫉妬、か」


『そう、嫉妬だって立派な恨みだ。そして兄もまた、同じ嫉妬を抱えていた可能性が高い』

「つまり、呪法をかけたのはあの兄妹だと」


 あまりにも醜い心。

「だったら連れて行かない方が良いだろ。それを知れば、アズサの精神的なショックは計り知れないぞ」


『だがこの機会を逃せば、嬢ちゃんの呪法は二度と解呪できなくなる。妹の悪意を受け止め、兄の悪意を乗り越えることでしか、この呪いは解けない』

「……」


『これは最大のピンチであり、最後のチャンスだ。あの嬢ちゃんが緩やかな死を迎えるのか、劇物を飲んで生き残りに賭けるか。それを選ぶ権利は嬢ちゃんにある』

 つまり、それとなく聞いてみろと言っているのだろう。


「――分かった」

 俺の返答を聞いて、明次が電話を切った。

 どちらの選択をしようと、アズサの意思を尊重しようと思っている。


 でも、どんなに心が傷ついたとしても生きていてほしいと思うのは、俺の自己満足なのだろうか。

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