第十六話 幾万の強者の命

 結局、ナヤメは俺の説得に応じてくれた。

 説得というより詭弁に近しい何かではあったが、ナヤメ自身の心が納得してくれたのなら、それに越したことはない。


 とはいえ、先ほどの言葉に嘘は無かったし、俺の心からの言葉であることには違いない。

 だが、言わなかったことがある。


 俺は腰に差していた刀を抜き、その刀身で自分の顔を映した。

「誰だ? は」


 刃が映していたのは俺の顔ではなく、地平線の向こうまで広がる、夕陽に照らされた草原と、その草原を埋め尽くす兵士だった。

 兵士たちは静かにたたずみ、自分たちが持つ槍の柄で、草原の土を叩く。

 そして俺の問いに、兵士全員が息を揃えてこう答えるのだ。


【我ら賢者の逆徒ぎゃくとなり】


 この声は俺にしか聞こえないが、この風景は俺以外の人間も見ることが出来る。

 そして、これは俺が意識しないと現れることはない。

「今は眠っていろ」


 そう言って、刀を鞘に納めた。

 この景色は、俺の意思で消すこともできる。

 そうでなければ、俺は人間社会で生活できていない。


 鏡が映すこれは何なのか。何の意味を示しているのか。

 何もかもが意味不明。

 だが、一つ分かることがある。


「これは――俺だ」

 この兵士たちは俺の魂の中で眠り、俺の命の中で生きている。

 十万を超える強者つわものたちが俺に魔法を授け、力を与えている。


 試したことはないが、俺が心臓を貫かれ、頭蓋を叩き割られたとしても、十万分の一の命が潰えるだけなのだろう。

「そんな化物は一体、どうやって生まれたんだろうな」


 それが分からないから「何の化物か」という問いの答えにきゅうすのだ。

「まぁいい。今は感傷に浸っている場合じゃないんだ」

 アズサの過去を調べるためには、何をすればいいのか。


 今はとりあえず、アズサの家族を調査してみるしかないのだろう。

「まずは……父親か」


 アズサの父親は、どうやら俺が少し前まで仕事をさせられていた情報管理施設『イデア』で働いているらしく、今ごろ書類仕事に追われているだろうと、グラン・ニコラスから聞いた。


「仕事中に悪いが、連絡してみるか」

 そうして俺は、アズサの父親と面会の約束を取り付けることにした。

 皇都訓練基地にある電話機で、グラン・ニコラスに連絡する。


「もしもし、グラン・ニコラス部長ですか?」

『その声は……アルマか。気持ちの悪い敬語は止めておけ。似合わん』

 開口一番、悪口を言われるとは思わなかった


「……周りに聞こえるかもしれないだろ」

『お前の評判は既に地の底だ、上司に敬語を使わなかったとしても、何の問題もない』


「グラン。お前も嫌われてることを忘れてないか」

『計算内だ。私が『鬼上司』でいる限り、部下が仕事を投げ出すことはないからな』

 本当に口の回る男だ。


「……それより、グランに話すことがある」

 俺はため息が出そうになるのを抑えて、本題に入った。

『獅子野アズサの父親に関する件だな』


 この男は、未来予知ができるのだろうか。

『お前が住む屋敷のメイドはエリン・ミズガルズを除いて、私が派遣したものしかいない』


 なんてことだ。近くにスパイがいるとは思ってもみなかった。

『心配するな。プライバシーは保護している』


 スパイが家に堂々と居るというのに、プライバシーもプライベートもあったものではない。

「はぁ。分かってるなら話は早い。できるだけ早く、アズサの父親と会って話がしたいんだが」


 ため息を堪えられなかったが、そのまま話は進む。

『構わないが、会って何を話すつもりだ?』

「アズサのことに決まってるだろ」


『初対面のお前に、家族の内情を本音で話してくれるとでも?』

「……」

 本当に、全くもって正論だ。


『……獅子野アズサの父親――獅子野トウカは、十年前に妻を亡くしてから毎月、精神病院に通っている。医者の助手として彼の診察に潜入すれば、大体のことは聞けるだろう』


 グランが、あきれながら最良の提案を出す。

『診察は来週だ。もう病院の人間には話を通しているから、安心しろ』

「――ありがとう」


 至れり尽くせりな状況に、俺はただ感謝することしかできなかった。

『構わん』


 ――そして、一週間が経った。

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