第十四話 血の契約

 俺は化物退治をしに来たわけでもなければ、血を与えに来たわけでもない。

「電話しただろ――『頼みたいことがある』って」

 そう、俺はこいつに頼みごとをしに来たのだ。


 だが、対するシンラは不思議そうな表情をしている。

「なら、命令すればいい。そうすればアタシは従う。アタシのあるじはアルマだけだ」


「た、隊長とシンラ先生って、どんな関係なんですか?」

 アズサが『主』という言葉に違和感を感じ、尋ねる。

「まぁ、いろいろあったんだよ」


 詳細を語るとこじれていく気がしたので、俺は適当な返事をした。

「とりあえず中に入ろう。話はそれからだ」

 そうして、ようやく武道場の中に入ることができた。


 武道場の玄関で靴を脱ぎ、畳の床を歩く。

 中は適切な温度調整がなされており、快適な環境だ。

 掃除も行き届いているのだが、全体的に使用感が少ない。


「相変わらず、近接戦闘の授業は人気がないのか?」

「そうだね。誰もが魔法にかまけてる」

 それも仕方のないことではある。


 何せ敵を打ち倒すために必要なのは魔法であり、武術というのは護身の域を出ないと思われているからだ。

 だが、俺はこの風潮に危機感を覚えている。


「魔力が切れれば魔法は使えない。最後に頼れるのは己の体なんだがなぁ」

「仕方がない。そこまで切羽詰まった命の奪い合いをすることなんて、今の軍にはほとんど無いんだから」


 国の情勢は今も緊迫しているが、大きな衝突は起きていない。

 その理由は国境に『光年の壁』が建てられているおかげだが、均衡はいずれ必ず崩れる。


「壁が崩れる可能性もあれば、エルフが王国に協力する可能性だってある。少し前に『迷い山』を越えて『大都市フィガリオ』に行ったとき、俺たちはからな」


 実は、国境を分断する壁はある地点から途切れている。

 それは『迷い山』と呼ばれる、標高四千メートルを超える山地だ。


 山の山頂に『世界樹』がある影響で山地には魔力が満ちており、人間が一度入れば、二度と出ることができない場所。


 その山を自由に出入りできる唯一の存在が迷い山に住むエルフたちであり、彼らは世界情勢の『バランサー』という役割を担ってきた。


 王国が大勝すれば、皇国に支援を送り。

 皇国が大勝すれば、王国に寄り添った。


 エルフを仲間に引き入れようとしたことも何度かあったが、その提案が受け入れられたことはない。

「あの腹黒いエルフどもは時機を待ってる。自分たちが世界を支配できるチャンスを、虎視眈々と狙ってるんだよ」


 これは俺の勘だが、エルフはそう遠くないうちに皇国に対して何らかの行動を起こすだろう。


「俺たち第零部隊だって、いつ戦場に駆り出されるか分からない。だからシンラには、アズサとナヤメに体術を教えてくれ」

 プラトーンのことは、第零部隊の誰にも話していない。


 時が来れば、皇帝が自ら話すことになるだろう。

 そして皇帝は、いつ俺たちをプラトーンとして動かすのか分からない。

 俺にできるのは、それまでにアズサたちを強くしておくことだけだ。


 俺はそう思って、シンラの所へ来たのだが……。

「アタシの主。そう言うのなら、命令をくれ」


 シンラは、真っすぐ俺の目を見た。

「命令がなければ、アタシの存在は成り立たない。命令が無ければ、アタシは意思を持たず徘徊する屍鬼グールと何一つ変わらない。アタシは、虎口こぐちシンラという主がくれた名前で生きていたい」


 その泣きそうな赤い瞳は、迷子の子供のようにも見えた。

「……分かった」

 俺は人差し指の第二関節を強めに噛んで、皮膚をえぐる。


 出てきた血は指先を伝い、ぱた、と畳に赤いシミを作った。

「俺の血を吸え」

「――了解。アタシの主」


 その人差し指から出た血を、シンラは一滴もこぼさないようにぴちゃぴちゃと舐め取る。

 それが官能的に見えたのか、アズサが目を覆い隠してしまった。

 だが、興味が抑えられないらしく、手の隙間から俺たちを覗いている。


 ――こうしていると、シンラと初めて出会った時のことを思い出す。

「……血を媒介として魂の契約を結ぶ、か」

「そう。アタシと主の魂は、血の契約で繋がっている」


 吸血鬼に血を与えるというのは、そういう事なのだ。

 俺は、こいつを責任を再び認識した。

 確かに、最近は任務続きでシンラに会えていなかったな。


「シンラ、アズサたちを強くしろ。何者にも負けないように。何者にも殺されないように」

「了解」


 こう見ていると、俺もこいつも変わらない。

 自分の居場所を求める、小さくか弱い化物だ。

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