第六話 七義ナヤメについて

 アズサを少し休ませてから、俺たちは射撃訓練場に移動した。

 長方形の倉庫のような形をした訓練場に入ると、中は適温に保たれていた。

 銃の保管庫も兼ねているので、極端な温度変化が起きないようにしているのだろう。


「とりあえず、あれに向かって魔法を撃ってみてくれるか?」

 俺は、五十メートルほど先にある静止した的を指差した。

 動く的もあるのだが、まずは基本的な技能を確認したい。


「……はい」

 ナヤメは背負っていた火縄銃を構え、的に向けた。

 魔力を消費して『魔弾』を生成し、それを銃に装填して発砲するのが一般的な遠距離魔法だ。


「細長ければ何でもいい」と言って、棒切れで狙いを定める冗談みたいな魔法使いを一人知っているが、そんなものは何の参考にもならないだろう。

 魔弾を撃つ銃は、全長一メートル~一・五メートル程度の西洋銃が一般的だが、火縄銃を使うとは、これまた珍しい。


 ナヤメが持つ銃をよくよく観察してみれば、銃身に巻き付くように龍が彫られていた。

 細身の銃にここまで精巧な龍を描ける人間を、俺は一人しか知らない。


「その銃、辰海しんかいに作ってもらったのか?」

「……知ってるの?」

 俺の言葉に、ナヤメが見開いた目でこちらを見た。


「知ってるも何も、俺の武器を作ったのは辰海だからな」

 ――本名は龍蘇りゅうそだが、彼がその名を他人に教えることは滅多にないため、辰海しんかいの名で知られている。


 俺の知る限り、この世界で最も腕のいい鍛冶師だ。

 もといた国を追放され、海を渡って皇国にたどり着いたらしいが、彼の性格は非常に難解。


 認めた者にしか武具を作らない。そんな鍛冶師はときどきいる。

 だが、彼は敵味方問わずそれをする。

 たとえ敵国の人間だったとしても、気に入った相手なら武具を作って、売ってしまうのだ。


 そんな危険人物を、なぜか現皇帝は受け入れた。

 側近のほとんどは皇帝に考え直すよう具申していたが、皇帝は聞き入れなかった。

 その決断を俺も不思議に思っていたが、今なら理解できる。


 ――大陸を統一すれば、何もかも味方になる。

 そういったふざけた思惑もあり、皇帝は辰海に皇都での居住権を与えたのだろう。

「辰海はナヤメを認めたのか?」


「……違う」

 ナヤメが首を振る。

「なら、どうやってそれを?」


「お母さんの、形見」

 悲しそうに顔を伏せた。

「――そうか」


 俺は気づかなかったふりをしたが、この子についても、ドクター・フールから情報を貰っている。

 七義家はどうやら資本家の家系らしく、ミズガルズ物流の対抗企業に出資しているらしい。


 エリンは七義家当主のことを知っており、彼女は『金の使いどころを知らない拝金主義者です』と七義家のことを痛烈に批判していた。

 なら、どうして資本家の娘が皇国防衛軍に入隊しているのか。


 それはナヤメの母が病で亡くなったからであり、ナヤメ自身が愛されていないからでもある。

「じゃあ、構えてくれ」


 ナヤメは火縄銃を構え、片目を閉じ、狙いを定めた。

 照準器の付いていないこの銃で、五十メートル先の的を狙うのはなかなか難しい。

「――撃て」


 銃声が響く。

 掛け声と同時に放たれた魔弾は真っすぐ的に向かい、命中するかと思われた。

「……やっぱり。ダメ」


 そうナヤメが呟いたとき、魔弾の威力が減衰し始め、的に当たる前に消失してしまった。

「……魔弾の生成が下手で、いつもこうなる」


 ナヤメの顔に、分かりやすい落胆が浮かぶ。

 恐らく、何度も試し、何度も同じ結果だったのだろう。

 が、俺はこの結果に違和感を覚えていた。


(狙いも完璧、魔弾の生成速度も速く、魔力量も適切。何も問題は無かったはずだ)

「俺に撃たせてもらっても良いか?」

 そう言って銃を借りようとすると、ナヤメはとても嫌そうに一歩後ずさり、火縄銃を腕に抱いた。


 おそらく、とても大事にしてきた形見なのだろう。

「済まん、一つだけ試したいことがあるんだ」

「……分かりました」


 俺は申し訳なく思いながら火縄銃を受け取り、同じように的に向ける。

 魔弾を生成し、慣れない手つきで装填する。

 そして、引き金を引いた。


「やっぱりか」

「――え?」

 ナヤメが不思議そうな顔で俺を見る。


 なぜなら、銃口から何も出てこなかったからだ。

 魔弾を込めた以上、不発という結果はふつうあり得ない。

「この武器には意思が宿ってる。ナヤメは、まだこの銃に認められていないんだ」


「……それって?」

「辰海は、心から気に入った相手には『神造武器しんぞうぶき』を作る。神造武器は意思を持ち、自分自身が認めた相手にしか己を使わせない。ナヤメ、普通の銃を使ったことは?」


「……ない。お母さんが『これを使い続けなさい』って言ってくれたから」

 確かに辰海の銃を持っているのなら、支給される銃を持つ意味も薄いだろう。

「辰海の武器は使用法が特殊だ。汎用銃を使って違う癖が付くのもマズイから、この問題はゆっくり考えよう」


 ナヤメは初めて知った事実に、露骨に落ち込んでしまった。

 確かに、十年以上連れ添ったであろう武器に認められていないとなれば、ショックを受けても仕方がない。


「……私、武器に認められてない」

「い、いや。魔弾の生成速度も的の狙いも完璧だったぞ? 難解な武器を造る辰海が悪いんだ」


 俺の必死なフォローに、ナヤメが少しだけ笑ってくれた。

「……ありがと、隊長」

「どういたしまして?」


 感謝の意味はよく分からないが、笑顔が戻ったのは良いことだ。

 ――だが、リディが遠くでむすっとした表情をしていたような気がする。

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