第四話 初対面

 俺は屋敷に向かう車の後部座席で、これから会うことになる獅子野アズサの診療記録を見ていた。

 リディは助手席に座って、運転手に道を指示している。


「魔力の流出を上回る生成速度、ねぇ」

 魔力欠乏症とは、例えるなら穴の開いたバケツだ。

 体内で生成される魔力を貯めておくことができないから死んでしまう。


 だが、獅子野アズサは放出される魔力量よりも体内で魔力を生産する速度の方が早いのだという。

 そんな人間は聞いたことが無い。


「でも、このままじゃマズイ」

 体調や精神状態によって、魔力生成速度というのは容易に変わる。

 魔力の流出が生成を上回った瞬間、この子は死んでしまうだろう。


 魔力欠乏症というのは指定難病の中でも特に希少で、今のところ、特効薬や治療法は見つかっていない。

 だが幸か不幸か、獅子野アズサは魔力欠乏症ではなかった。


呪法じゅほうの痕跡あり、か」

 ――呪法。

 怨念、悔恨、罪業、悪逆。


 そういった負の感情を集め、煮詰め、魔法に落とし込む。

『禁忌』に指定されている数少ない魔法であり、呪法に関する書物や口伝は皇国内ではすべて抹消されている。


 しかし、検閲にも限界はある。

「王国の暗部は呪法を使ってるというし、それそのものが無くなったわけじゃない」

 誰がこの子に呪法を掛けたのかは分からないが、最も関係が深い家族について書かれた書類を見てみた。


 獅子野家は代々帝国に仕えてきた歴史ある家のようで、上に兄が、下に妹がいる三人兄妹。

「兄、妹ともに秀才であり、獅子野アズサは唯一の凡才と呼ばれている、ねぇ」


 だが、備考欄に書かれたフールの見識は違った。

『獅子野アズサは、兄や妹とは比べ物にならない素質を秘めている』

 ふと、車窓から外を見る。


「これ、高級住宅街の方に向かってないか?」

「そのようですね」

 リディは住所が書かれたメモを確認して首をかしげた。


 あまり聞きなじみのある番地ではない。

 車は、住宅街から少し離れた大きな屋敷の前で止まった。

「着きましたよ」


 運転手が振り向いて到着を告げたが、俺とリディは口をぽかんと開けていた。

「この屋敷が、俺たちの家?」

「ニコラス部長は何を考えているのでしょう?」


 相変わらず、天才の思考は読めるものじゃない。

「分からない。まぁ、入ってみるか」

 屋敷の門をくぐると、左側には手入れされた大きな庭が広がっていた。反対側には、訓練場らしき広場もある。


 庭に植えられた花々を眺めながら歩き、屋敷の正面玄関にある重厚な扉を開ける。

「ようこそ、アルマ様、リディ様」

 玄関に入ってすぐ、黒髪黒目のメイドが立っていた。


 その後ろにも五人ほどのメイドがおり、一番前にいたメイドのお辞儀に合わせ、頭を下げる。

「獅子野アズサ様、七義ナヤメ様は応接間でお二人をお待ちです」


「そうですか……貴方の名前は?」

 リディが尋ねる。

「私はエリン・ミズガルズ。どうぞエリンとお呼びください」


 ミズガルズという姓は、どこかで聞いたことがある。

「ミズガルズと言うと、あの物流会社か?」

 様々な種族とのパイプがあり、気難しいと有名なエルフとも契約関係にあるというミズガルズ物流。


 物流会社の中でも最大手に数えられるミズガルズの娘が、どうして第零部隊のメイドをしているのだろうか。

「父、現ミズガルズ物流社長から――『貴様は金になる』とのお達しを受け、私が派遣されました」


 何ともあけすけな発言だ。

「こう、もう少し言い方ってものがあるんじゃないか?」

「父はこうも言っておられました――『お世辞は嫌いだろう?』と」


 俺の性格をよく理解しているらしい。

「隊長、ミズガルズ物流と接点ができるのは、決して悪いことではありません」

「……リディが言う事も一理ある」


 全世界の物品が集まる彼らのところには、様々な情報も集まる。

 ゆえに彼らは『情報屋』としての側面も持ち合わせているのだ。

「とりあえず、これからよろしく頼む」


「ええ、何なりとお申し付けください」

 エリンと軽く握手をしたあと、俺とリディは一階にある応接間に向かい、扉をノックした。


「ど、どうぞ……」

 向こうから中性的な声が聞こえ、俺は扉を開ける。

 部屋の奥には、あの書類で見た二人の隊員が立って俺たちを待っていた。


「初めまして、俺は第零部隊隊長のアルマだ」

「私は副隊長のエディです」

「ぼ、僕は獅子野アズサです」


「……七義ナヤメ。です」

 アズサは緊張しており、体がガチガチに固まっている。

 一方ナヤメは落ち着き払っているが、顔に表情が全くなかった。


「座ってくれ。まずは自己紹介でもしよう」

 俺とリディがソファに座ると、アズサとナヤメも対面にあるソファに腰かけた。

「まず、得意魔法について教えてくれないか? 大体は書類で見たが、君たちの口から聞いておきたい。まず、獅子野アズサ、君から教えてくれ」


 得意魔法によって、彼らに与える役割も決まってくるだろう。

「ぼ、僕はこの体質のせいで後方支援に回っていたので、治癒魔法を少しだけ使えます……」


 ドクターフールは、アズサに魔力欠乏症の原因を教えていない。呪法というものは厄介で、精神的なダメージを受けると効果が増すのだ。

 誰かに呪法を掛けられたと知れば、この子は少なからずショックを受けるだろう。


「魔力欠乏症で魔法が使えるのか?」

「じ、実は、フール先生がくれたチョーカーのおかげで、僕が放出した魔力をこれに吸収させて、貯めてくれるんです」


 アズサが、首についている真っ黒なチョーカーを指さした。

 これも恐らく魔道具の類だろう。

「なるほどな。でも、貯められる魔力にも限界があるだろう」


「は、はい。だから簡単な魔法しか使えなくて……」

「分かった。じゃあ、七義ナヤメ、君は?」

「……遠距離魔法が、使えます」


 ナヤメは無表情のままだが、端的に答えてくれた。

「なら、部隊のバランスは悪くないのか……」

 これがグラン・ニコラスの差し金なのかどうかは分からない。


 だが、俺が前衛。

 七義ナヤメが後衛。

 リディは探知。

 獅子野アズサは治療。


 パーティとしてはとてもバランスがいい。

「あとは君たちの練度次第だが、皇都の大学を卒業してるんだ。最低限の実力は保証されている」


「で、でも、僕の成績はだいぶ下でしたよ?」

「……私も」

「筆記試験の成績はどうだったんだ? 大学の成績は実技と筆記の総合点で決まるんだろう?」


「そ、それは、悪くは、無いですけど」

「私は。筆記三位」

 ナヤメは無表情だが、どこか自慢げに胸を張っている。


「なら、なんとかなるさ」

「え?」

 アズサはきょとんとした表情を俺に向けた。


「で、でも。戦えないと、意味がないんじゃ?」

「確かに、戦闘はセンスで決まる部分もある。でも俺たちは個人で動くわけじゃない。チーム戦に必要なのは『知識』だ」


「知識……」

「俺たちの祖先が魔法を発明してから『戦闘』の常識は変わった。だが『戦術』の常識はある一定の地点から大して変わっていない」


 俺はアズサの迷いが映っている、金色の瞳を見つめた。

「ぼ、僕でも、強くなれますか?」

 その瞳の奥には、大きな不安と小さな希望が見え隠れしている。


「これでも『一級戦力主席』だ。俺に任せてくれ」

「……私も、強くなりたい」

 ナヤメも、俺の方を見た。


「強くなるために必要なのは決意だ。それがあるのなら、俺はお前たちを鍛えよう」

 話が終わったころには外が暗くなっていたので、アズサとナヤメをそれぞれの部屋に帰した。


 俺はメイドのエリンに案内され、二階の一番大きな部屋に案内された。

「ここが俺の部屋か。なんというか、落ち着かないな」

 だが、グラン・ニコラスの命令なのだから仕方がない。俺はため息をついてバッグを置き、部屋に設置されていた電話機でフールがいる大学に連絡する。


 屋敷には一部屋につき一つ、この高価な電話機が設置されているらしく、この屋敷にどれだけの金をかけたのか考えると、目が回りそうな気分だった。

「もしもし、俺だ。いま大丈夫か?」


『ああ、構わない。ちょうど講義が終わったところだ』

 窓から見える夜空を見上げて、俺は息を吐いた。

「俺も、皇帝の夢に乗ろうと思う」


『……そうか』

 フールが、電話の向こうで静かに頷いていた。

「いつ平和が訪れるのか。そしてその平和がいつまで続くのか。俺には分からない。でも、俺はつかの間の平和のために、命を賭けようと思う」


『――いい答えだ、アルマ主席』

 まるで生徒を褒める先生のような口調だ。

「じゃあ、また」


『ああ、また会おう』

 電話を切り、ベッドに身を投げる。

 後頭部をかいて、もう一度夜空を見上げた。


 これが正しい選択なのかどうかは分からない。

 だが、やってみるしかないのだろう。

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