第二話 皇帝の夢
就任式は特に問題なく終わり、俺はメモ書きに従って第二会場に入った。リディは連れてくるなと書かれていたので、彼女は先に帰しておいた。
第二会場は第一会場とはまた違う作りをしており、こちらはパーティを行う際などに使用される。
だが今は照明も点いていないため薄暗く、誰もいないパーティ会場というのは、どこか不気味な雰囲気を感じさせた。
見渡す限り、誰かがいる様子はない。
「少し来るのが早かったか?」
「いいや、ベストタイミング」
あの転移魔法陣が俺の真上に現れ、第二皇女が降ってきた。俺は第二皇女を優しく受け止め、地面に降ろす。
「四年前からそのお転婆は変わらないようで」
最敬礼しようとすると、第二皇女は俺の肩を掴んで止めた。
「止めなよアルマ。君とワタシの仲に堅苦しい儀礼は不要だろう?」
「……分かりました」
「敬語もナシだ。そして何より、ワタシのことは名前で呼ぶこと」
「……分かった、フィリア」
「よろしい」
第二皇女――フィリアは俺の回答に満足したようだ。
豪奢なドレスから動きやすそうなジーンズとTシャツに着替えており、一国の皇女の姿とは思えない姿をしている。
だが、その儚げな美貌はどんな格好をしていたとしても変わらない。
そんなフィリアを守りたいという子供っぽい男の正義感も、専属騎士という地位が羨望される理由の一つだろう。
「しかし、相変わらず面倒な式だ。どうせなら爆発でもしてくれれば面白いのに」
「俺たちは面白くない」
「ただのジョークさ」
どんな冗談も、第二皇女が言ってしまうと現実になり得るから困る。
特に、フィリアに付き従う『専属騎士』の二人はフィリアのありとあらゆる願いを叶えようとするだろう。
彼らは第二皇女の『狂信者』として良くも悪くも有名だ。
「こんなふざけた格好をしているワタシだけれど、アルマを呼んだのにはちゃんとした理由があるんだぜ?」
フィリアは転移を使って手元に二枚の書類を出現させた。
「相変わらず、デタラメな魔法だ」
皇帝が言うには「魔力消費も激しい」そうだが『魔導の逸材』であるフィリアならば、連発したところで問題はないらしい。
「ワタシにとってはアルマの存在がデタラメなんだけど……とにかく、その書類を見るといい」
そこには、ある二人の人間について書かれている。
一人は、白髪の少し幼げに見える女性。
名は
もう一人は男とも女とも取れる顔立ちの、中学生にしか見えない男性。
名は
どちらも姓を持っているという事は、由緒ある家柄の出なのだろうか。
姓を与えられるのは軍の上層部や資産家の場合がほとんど。
庶民が勝手に姓を名乗ったところで、それが書類に記入されることはない。
「実はいま、第零魔法部隊……もとい問題児部隊はこの二人しか存在していなくてね」
「……部隊とは呼べないな」
「そうとも。だが、アルマと君の相棒を入れれば、最低人数ではあるが部隊としては成立するだろう?」
リディとフィリアはどうもいがみ合っている節があるため、お互いのことを名前で呼ぼうとしない。
「その二人は今年大学を卒業したばかりの新米だが、二人とも重大な欠陥を抱えていため、残念ながら第零部隊行きとなった。今、第零部隊は有事に備えて訓練中という事になっている。まあ、もっと分かりやすく言うなら『邪魔だから外に出るな』ってことだよね」
「いくら何でも直接的すぎるだろ……それで重大な欠陥というと?」
「一人は精神面、もう一人は身体面の欠陥だよ」
書類に目を通すと、赤文字で強調されている箇所があった。
七義ナヤメ、解離性同一性障害と診断。
獅子野アズサ、魔力欠乏症と診断。
「おいおい、多重人格はともかく、魔力欠乏症の人間が、どうやってこの年齢まで生きてるんだ?」
――魔力欠乏症。
体内で作り出される魔力を貯めることが出来ず、常に放出を続けてしまう突発性の難病。
それを発症した子供がこの年齢まで生きた事例など、聞いたことがない。
「それも含めて、いろいろと彼に説明してもらおうよ」
フィリアが指を鳴らすと、すぐそばに置かれていた椅子に、まるで最初からそこにいたかのように男が座っていた。
「どうも天才諸君。私のような凡人のためにお集まりいただき感謝する」
白衣を華麗に着こなしている灰色の髪をした伊達男。
彼は皇国一の医者であり、学者でもある。
「……アンタか、ドクター・フール」
俺はどうも、掴みどころのないこの人が苦手でならない。
「おはようアルマ主席。フィリア第二皇女様から直々に呼ばれれば、来ないわけにはいかないだろう?」
「……貴方が私に無理やり招待させたんだよ」
フィリアはフールにジト目を向けた。
「過程は些末なことだ。何より、私は君に伝えたいことがあってきたのだから、アルマ主席」
「伝えたいこと?」
「これは私からのお願いであり、皇帝からのお願いだ」
「命令ではなく、お願い?」
「そうだ」
彼がトントンと人差し指で机を叩く。真剣な話をするとき、彼はよくそうする。
「第零部隊を君の手で育成し『プラトーン』を作ってみないか?」
「それは」
――プラトーン。
四年前に起こったある事件によってほとんどの部隊を失い、実質的に抹消された、秘密任務だけを遂行する皇国最強の部隊。
俺はいきなりの衝撃発言に言葉を詰まらせてしまう。
「アルマ主席の心配はよく分かる。先代皇帝の犯した数々の過ちは、決して許されるものではないからだ」
端的に言えば、先代皇帝は私利私欲のためにプラトーンを使った。その結果、王国と皇国の関係はここまで悪化したのだ。
それまでも敵対関係にあった両国だが、和解の可能性を完全に閉ざしてしまった事件に関わっていたのが、プラトーンという組織。
それを再建しようというのは、いったいどういうつもりなのだろうか。
「前回と同じ轍を踏まないために、プラトーンは君たち一部隊だけ、しかも、完全に独立した組織としての権限と権力を、隊長であるアルマ主席に設ける」
「……どういう目的なんだ?」
話を聞いていると、皇国側にメリットが全くと言っていいほどない。
「皇国には、ひいてはこの世界には浄化作用が不足している」
フールは大まじめに、壮大な話を語り始める。
「千八百年の時を経て、皇国は大陸有数の大国になった。だが、私たちは大きくなり過ぎたがゆえに、動きが緩慢になりつつあるのだ」
第二皇女が目の前にいようと皇国を堂々と批判するのが、この男だ。
「周りを見れば、先代の負の遺産がいまだ蔓延っている。現皇帝は確かに天才だ。国の腐敗を取り除こうと尽力する姿勢には感動すら覚える。だがしかし、この国を浄化させるにはまだ足りない。抜本的な手術が、この国から悪を取り除くメスが、可及的速やかに必要なのだ」
「……それが『プラトーン』」
話の全容は見えてきた。だが、いまだ皇帝の動機が分からない。
「『なぜ』という顔をしているな。ああ、ごもっとも。アルマ主席の思う通り、これは皇帝にも被害が及ぶ。だが、皇帝は皇国内の雑事で立ち止まっている場合ではないのだ。なにせ、彼には壮大な夢があるのだから。夢の内容は私と皇帝の一族、そしてグラン・ニコラスしか知らない秘密。だがアルマ主席、君はこの夢を知っておかなければならない」
フールはじっと、俺の目を見た。
この何もかもを見透かす瞳が、俺は苦手なのだ。
「皇帝は――大陸統一を成し遂げようとしている」
「……は?」
訳が分からない。しかし、フールは笑っていた。
「そうだ。荒唐無稽だ、夢物語だ。意味不明だろう、理解不能だろう。でも、不可能ではない」
本当に、可能なのだろうか。
「プラトーンがいれば、そして皇国中にいる天才たちの力を集めれば、わずかではあるが可能性が見えてくる」
フールは、子供のように無邪気な笑顔をこちらに向けた。
「私は皇帝の夢に賭ける。凡人代表として、天才たちの挑戦を見届けたい。どうだアルマ主席。あの地獄を生きて帰った君ならば、平和の尊さはよく分かっているはずだ」
まだ、理解しきれていない。
「もし断ったら?」
「断っても問題はない。ただアルマ主席が第零部隊の隊長という肩書を持つだけだ。プラトーンにはならない」
俺は後頭部をかいて、上を向いた。
「少し、考えさせてくれないか」
「ああ、じっくりと考えろ」
フールが立ち上がって第二会場を去ろうとしたが、俺はあることを思い出す。
「……そういえば、獅子野アズサについての話を何も聞いてないんだが」
「――確かに忘れていたな。だが、今日は情報量が多い一日だっただろう。獅子野アズサの診療記録を渡しておくから、暇なときにこれを読むといい」
フールが、書類の束を俺に渡した。
「良い返事を期待している」
そして、俺の横を通り過ぎて立ち去った。
「フィリアは知ってたのか?」
「知ってたよ。知ってたけど、信じられない」
「そりゃあそうだ」
フィリアは、俺に心配そうな目を向けた。
「アルマは、権力を持つのが怖い?」
「……ああ」
どうやら、フィリアは俺の恐怖を見抜いていたらしい。
「ねえ、アルマ」
「どうした?」
「ワタシはアルマを信じる」
そしてフィリアは「じゃあ、またね」と告げて、転移魔法で姿を消した。
それはとても優しい声色で、俺を少しだけ安心させてくれた。
一人、薄暗い第二会場で天井を見上げる。
「ひとまず、帰って考えよう」
俺は祭儀場を出てアパートの方向へ歩くが、アパートを退去させられていた事に気が付いた。
「ビル、戻るか」
俺がトボトボと一人で歩いていると、横に黒塗りの車が止まる。
「私の家に来ますか? アルマ隊長」
リディが冗談交じりに聞いてきた。
「……そうする」
何も考えずそう答える。
「え」
リディが間の抜けた声を上げた気がしたが、俺の耳には届いていなかった。
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