第二話 皇帝の夢

 就任式は特に問題なく終わり、俺はメモ書きに従って第二会場に入った。リディは連れてくるなと書かれていたので、彼女は先に帰しておいた。


 第二会場は第一会場とはまた違う作りをしており、こちらはパーティを行う際などに使用される。


 だが今は照明も点いていないため薄暗く、誰もいないパーティ会場というのは、どこか不気味な雰囲気を感じさせた。

 見渡す限り、誰かがいる様子はない。


「少し来るのが早かったか?」

「いいや、ベストタイミング」


 あの転移魔法陣が俺の真上に現れ、第二皇女が降ってきた。俺は第二皇女を優しく受け止め、地面に降ろす。

からそのお転婆は変わらないようで」


 最敬礼しようとすると、第二皇女は俺の肩を掴んで止めた。

「止めなよアルマ。君とワタシの仲に堅苦しい儀礼は不要だろう?」

「……分かりました」


「敬語もナシだ。そして何より、ワタシのことは名前で呼ぶこと」

「……分かった、フィリア」

「よろしい」


 第二皇女――フィリアは俺の回答に満足したようだ。

 豪奢なドレスから動きやすそうなジーンズとTシャツに着替えており、一国の皇女の姿とは思えない姿をしている。


 だが、その儚げな美貌はどんな格好をしていたとしても変わらない。

 そんなフィリアを守りたいという子供っぽい男の正義感も、専属騎士という地位が羨望される理由の一つだろう。


「しかし、相変わらず面倒な式だ。どうせなら爆発でもしてくれれば面白いのに」

「俺たちは面白くない」

「ただのジョークさ」


 どんな冗談も、第二皇女が言ってしまうと現実になり得るから困る。

 特に、フィリアに付き従う『専属騎士』の二人はフィリアのありとあらゆる願いを叶えようとするだろう。


 彼らは第二皇女の『狂信者』として良くも悪くも有名だ。

「こんなふざけた格好をしているワタシだけれど、アルマを呼んだのにはちゃんとした理由があるんだぜ?」


 フィリアは転移を使って手元に二枚の書類を出現させた。

「相変わらず、デタラメな魔法だ」

 皇帝が言うには「魔力消費も激しい」そうだが『魔導の逸材』であるフィリアならば、連発したところで問題はないらしい。


「ワタシにとってはアルマの存在がデタラメなんだけど……とにかく、その書類を見るといい」

 そこには、ある二人の人間について書かれている。


 一人は、白髪の少し幼げに見える女性。

 名は七義ななぎナヤメ。


 もう一人は男とも女とも取れる顔立ちの、中学生にしか見えない男性。

 名は獅子野ししのアズサ。


 どちらも姓を持っているという事は、由緒ある家柄の出なのだろうか。

 姓を与えられるのは軍の上層部や資産家の場合がほとんど。

 庶民が勝手に姓を名乗ったところで、それが書類に記入されることはない。


「実はいま、第零魔法部隊……もとい問題児部隊はこの二人しか存在していなくてね」

「……部隊とは呼べないな」


「そうとも。だが、アルマと君の相棒を入れれば、最低人数ではあるが部隊としては成立するだろう?」

 リディとフィリアはどうもいがみ合っている節があるため、お互いのことを名前で呼ぼうとしない。


「その二人は今年大学を卒業したばかりの新米だが、二人とも重大な欠陥を抱えていため、残念ながら第零部隊行きとなった。今、第零部隊は有事に備えて訓練中という事になっている。まあ、もっと分かりやすく言うなら『邪魔だから外に出るな』ってことだよね」


「いくら何でも直接的すぎるだろ……それで重大な欠陥というと?」

「一人は精神面、もう一人は身体面の欠陥だよ」

 書類に目を通すと、赤文字で強調されている箇所があった。


 七義ナヤメ、解離性同一性障害と診断。

 獅子野アズサ、魔力欠乏症と診断。


「おいおい、多重人格はともかく、魔力欠乏症の人間が、どうやってこの年齢まで生きてるんだ?」

 ――魔力欠乏症。

 体内で作り出される魔力を貯めることが出来ず、常に放出を続けてしまう突発性の難病。


 それを発症した子供がこの年齢まで生きた事例など、聞いたことがない。

「それも含めて、いろいろとに説明してもらおうよ」

 フィリアが指を鳴らすと、すぐそばに置かれていた椅子に、まるで最初からそこにいたかのように男が座っていた。


「どうも天才諸君。私のような凡人のためにお集まりいただき感謝する」

 白衣を華麗に着こなしている灰色の髪をした伊達男。

 彼は皇国一の医者であり、学者でもある。


「……アンタか、ドクター・フール」

 俺はどうも、掴みどころのないこの人が苦手でならない。

「おはようアルマ主席。フィリア第二皇女様から直々に呼ばれれば、来ないわけにはいかないだろう?」


「……貴方が私に無理やり招待させたんだよ」

 フィリアはフールにジト目を向けた。

「過程は些末なことだ。何より、私は君に伝えたいことがあってきたのだから、アルマ主席」


「伝えたいこと?」

「これは私からのお願いであり、皇帝からのお願いだ」

「命令ではなく、お願い?」


「そうだ」

 彼がトントンと人差し指で机を叩く。真剣な話をするとき、彼はよくそうする。

「第零部隊を君の手で育成し『プラトーン』を作ってみないか?」


「それは」

 ――プラトーン。

 四年前に起こったある事件によってほとんどの部隊を失い、実質的に抹消された、秘密任務だけを遂行する皇国最強の部隊。

 俺はいきなりの衝撃発言に言葉を詰まらせてしまう。


「アルマ主席の心配はよく分かる。先代皇帝の犯した数々の過ちは、決して許されるものではないからだ」


 端的に言えば、先代皇帝は私利私欲のためにプラトーンを使った。その結果、王国と皇国の関係はここまで悪化したのだ。


 それまでも敵対関係にあった両国だが、和解の可能性を完全に閉ざしてしまった事件に関わっていたのが、プラトーンという組織。

 それを再建しようというのは、いったいどういうつもりなのだろうか。


「前回と同じ轍を踏まないために、プラトーンは君たち一部隊だけ、しかも、完全に独立した組織としての権限と権力を、隊長であるアルマ主席に設ける」

「……どういう目的なんだ?」


 話を聞いていると、皇国側にメリットが全くと言っていいほどない。

「皇国には、ひいてはこの世界には浄化作用が不足している」

 フールは大まじめに、壮大な話を語り始める。


「千八百年の時を経て、皇国は大陸有数の大国になった。だが、私たちは大きくなり過ぎたがゆえに、動きが緩慢になりつつあるのだ」

 第二皇女が目の前にいようと皇国を堂々と批判するのが、この男だ。


「周りを見れば、先代の負の遺産がいまだ蔓延っている。現皇帝は確かに天才だ。国の腐敗を取り除こうと尽力する姿勢には感動すら覚える。だがしかし、この国を浄化させるにはまだ足りない。抜本的な手術が、この国から悪を取り除くメスが、可及的速やかに必要なのだ」


「……それが『プラトーン』」

 話の全容は見えてきた。だが、いまだ皇帝の動機が分からない。


「『なぜ』という顔をしているな。ああ、ごもっとも。アルマ主席の思う通り、これは皇帝にも被害が及ぶ。だが、皇帝は皇国内の雑事で立ち止まっている場合ではないのだ。なにせ、彼には壮大な夢があるのだから。夢の内容は私と皇帝の一族、そしてグラン・ニコラスしか知らない秘密。だがアルマ主席、君はこの夢を知っておかなければならない」


 フールはじっと、俺の目を見た。

 この何もかもを見透かす瞳が、俺は苦手なのだ。


「皇帝は――大陸統一を成し遂げようとしている」


「……は?」

 訳が分からない。しかし、フールは笑っていた。

「そうだ。荒唐無稽だ、夢物語だ。意味不明だろう、理解不能だろう。でも、不可能ではない」


 本当に、可能なのだろうか。

「プラトーンがいれば、そして皇国中にいる天才たちの力を集めれば、わずかではあるが可能性が見えてくる」


 フールは、子供のように無邪気な笑顔をこちらに向けた。

「私は皇帝の夢に賭ける。凡人代表として、天才たちの挑戦を見届けたい。どうだアルマ主席。を生きて帰った君ならば、平和の尊さはよく分かっているはずだ」


 まだ、理解しきれていない。

「もし断ったら?」

「断っても問題はない。ただアルマ主席が第零部隊の隊長という肩書を持つだけだ。プラトーンにはならない」


 俺は後頭部をかいて、上を向いた。

「少し、考えさせてくれないか」

「ああ、じっくりと考えろ」


 フールが立ち上がって第二会場を去ろうとしたが、俺はあることを思い出す。

「……そういえば、獅子野アズサについての話を何も聞いてないんだが」

「――確かに忘れていたな。だが、今日は情報量が多い一日だっただろう。獅子野アズサの診療記録を渡しておくから、暇なときにこれを読むといい」


 フールが、書類の束を俺に渡した。

「良い返事を期待している」

 そして、俺の横を通り過ぎて立ち去った。


「フィリアは知ってたのか?」

「知ってたよ。知ってたけど、信じられない」

「そりゃあそうだ」


 フィリアは、俺に心配そうな目を向けた。

「アルマは、権力を持つのが怖い?」

「……ああ」


 どうやら、フィリアは俺の恐怖を見抜いていたらしい。

「ねえ、アルマ」

「どうした?」


「ワタシはアルマを信じる」

 そしてフィリアは「じゃあ、またね」と告げて、転移魔法で姿を消した。

 それはとても優しい声色で、俺を少しだけ安心させてくれた。


 一人、薄暗い第二会場で天井を見上げる。

「ひとまず、帰って考えよう」

 俺は祭儀場を出てアパートの方向へ歩くが、アパートを退去させられていた事に気が付いた。


「ビル、戻るか」

 俺がトボトボと一人で歩いていると、横に黒塗りの車が止まる。

「私の家に来ますか? アルマ隊長」


 リディが冗談交じりに聞いてきた。

「……そうする」

 何も考えずそう答える。


「え」

 リディが間の抜けた声を上げた気がしたが、俺の耳には届いていなかった。

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