第7話 知ってる?キスすると寿命が伸びるらしいよ

 二人で足早に歩いていたら、夜が更ける頃には森を抜けていた。森を抜けると、そこには月明かりに照らされた幻想的なベンチとテーブルが見える。それ以外に何も物がなく、草花の一本も生えていない荒廃した土に、ベンチとテーブルだけが備え付けられている。自然から逃げるように森を歩いていた僕には、その荒廃した土地がオアシスに見えた。


「今日はここで休もっか」


 お姉さんが、カバンから食料と飲み物を出してテーブルに並べていく。そうして二人で向かい合って座り、昨日のように食卓を囲んだ。休むと言っても、ここにはなにもない。ベンチで寝ればいいとは思うけれど、少し肌寒いな。


「後で、お姉さんが火を起こしてあげる」

「え、そんなことできんの?」

「楽勝よ。任せときなさいって」


 お姉さんが腕まくりをして、腕にコブを作って見せた。頼もしくもあり、どことなく不安を誘うようでもあるなあ。


 それから大した会話もなく腹ごしらえをして、お姉さんが森から乾いた木の枝を何本も持ってきた。僕はお姉さんに言われて、枯れ草や乾いた植物の蔓を集めてテーブルの近くに運ぶ。


 すると、お姉さんはポケットから何か金属の棒のようなものを取り出して、あっという間に火を起こしてみせた。温かな火が彼女の足を艶めかしく照らし、目のやり場に困ってしまう。それでも、この温かさと明るさの前では安心することを抗えそうにない。


「火って安心するよね」

「めっちゃわかる」

「私も昔は火遊びしたもんだわ」

「それは意味が違うだろ」


 くすくすと笑うお姉さんが、大きな葉っぱやたくさんの落ち葉を器用に集めて簡易的なベッドを作った。ベッドとは言っても、実際は葉っぱを敷き詰めただけだ。それでも、地面に寝るよりはずっといい。


 ん? 待てよ、ベンチで寝ればいいのでは?


「ベンチで寝るんじゃないの?」

「ん? 寒いから。ハグして寝よう」

「あー……はい」


 寝転んで手招きするお姉さんに抗えず、吸い寄せられるようにお姉さんのそばに横になった。瞬間、お姉さんの腕と足が僕の体に絡みついてくる。昨日よりもずっと、肌と肌が近く感じて、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。


「知ってる? ハグするとストレスが緩和するらしいよ」

「まあ、うん、わかる」

「実感してる?」

「ノーコメントで」

「照れんなよ、少年」


 これで照れないというのは、無理だと思う。恋愛経験なんてないガキが、胸が大きくて美人なお姉さんに抱きしめられたら照れるのが筋という気すらする。


 だけど、うん、ホッとするなあ。知らない場所で目が覚めて、不安が無いわけじゃなかったんだろう。お姉さんがくだらない話をたくさんしてくれるから、あまり気づかなかっただけで。


 今、お姉さんの体温に包まれて、ようやく実感した。僕は、怖かったんだ。


「ありがとう」

「おや……素直だね」

「素直になれって言ってただろ」

「ふふふ。素直なのは良いことだよ少年」


 少年、と言うお姉さんの声がいつもよりも優しく甘く感じられた。途端に顔を見てみたくなって、顔を上げてみる。


 目の前には、とても優しい顔で僕を見つめるお姉さんの顔があった。どこか懐かしいような、愛おしいような笑顔だ。


「ねえ少年」

「な、なに?」

「キスすると寿命が伸びるらしいよ」

「は? 急になんの話!?」


 思わず、高い声が出てしまった。なんか、雰囲気にのまれてしまっている気がする。僕たちを取り囲むのは自然だけで、見ているものも星空だけ。世界中に僕たちしかいないんじゃないかと思うような空間に、砂糖よりも甘い雰囲気が流れている。


「寿命、伸ばしたくない?」

「……へ?」

「寿命伸ばしてさ、一緒に死ぬまで生きようよ」


 そう言うお姉さんの吐息混じりの声が、くすぐったい。お姉さんの両手が僕の頬に触れる。彼女の表情からは、からかっているように思えなかった。そのまま、彼女の唇が僕の唇に重なる。ん、と小さい吐息が二人から漏れて、頭がどうにかなりそう。だけど、お姉さんの柔らかさが、温かさが唇から全身に巡っていくようで、心地いい。


 唇が離れても、顔は離せなかった。


「寿命、伸びたね」

「そ、そうだといいな」

「ふふ。少年」

「な、なに?」

「おやすみ」

「え? あ、うん、おやすみなさい」


 お姉さんが目を閉じる。またいつ唇が触れるかわからないくらい近くで、すうすうと息を立てるお姉さんがとてつもなく愛おしくて、温かくて、僕もまた目を閉じた。

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