第34話 タマの異次元錬金術

 ネルさんから電話がかかってきてから、約2時間後のこと。

 夕食を食べ終え、タマがにゃ〜るに夢中になっているところを眺めていると……家のインターホンがピンポンと鳴った。


「はい、どなたでしょうか」


「はじめまして。ネル先輩と同じ事務所に所属している、海の女神ナミです」


 出てみると……早速例の後輩が相談に来たようだった。


「入っていいですか?」


「にゃ(どうぞにゃ)」


 いつも通り、こういう時の返事はタマが飼い主を差し置いて即答し、念力で鍵とドアを開ける。


「お邪魔しまーす!」


 入ってきた人を見て……一瞬俺は頭が混乱した。

 話にはネルさんの後輩と聞いていたはずなのだが……その人はどう見ても、ネルさんより年上にしか見えなかったのだ。


 ま、まあ、入所日基準で言えば「後輩の方が年上」というのもあり得ない話ではないか。

 などと考えていてもしょうがないので、早速俺は本題に入ってもらうことにした。


「まあどうぞお座りください。今日は相談があると伺ってますが……それはいったい?」


 席に着くよう促してから相談内容を尋ねると、ナミさんはこう語りだした。


「実は今日……ちょっと配信で凡ミスしちゃいまして、私が実は女子高生じゃないことがバレかける事態になってしまったんです」


「……とおっしゃいますと?」


 実はも何も、前提が分からないから何も話が入ってこないんだが。

 俺は順を追って説明してもらうことにした。


「あ、すみません、まず私の活動のコンセプトからご説明しますと……」


 ナミさんは1から自分の状況を説明してくれた。

 実際は32歳だが、錬金術の才能を活かして見た目だけ若返る薬を発明し、配信のたびにそれを飲み、女子高生のフリしてアイドル配信者をやっていること。

 凄腕錬金術師だとバレないように、「海の女神」という二つ名を付け、あたかも海に関係するスキルしか持ってないフリをして活動していること。

 しかし、今日の配信で予想外の強敵と遭遇した際に、間違えて配信上で「マジン・ザ・ランプ」という高位の錬金術師にしか扱えないポーションで敵を撃破してしまったこと。

 それにより、実は凄い錬金術師なんじゃないかと9割方バレてしまい、「普段から若返りの薬とか飲んでたりして」と”邪推”(※合ってる)され始めてしまっていること。


「このままだとマズいんで、タマちゃんの力で『海の女神ナミ、錬金術師説』をどうにか反証したいんです! ご協力いただけますか……?」


 最後にナミさんは、そう言って相談内容を締めくくった。


「う、う〜ん、なるほど……」


 俺は言葉に詰まってしまった。

 何に困ってるのかは分かったのだが、聞いてる感じタマの力で問題を解決できるビジョンが全く浮かばないんだよな。


 何を以てこの人はそれが可能だと考えたのだろうか。

 まさか、「因果律操作で今日という一日を無かったことにしろ」とか言わないだろうな。

 できるかどうかも分からないし、できたとしても、たった一人のためにそこまで世界中を振り回すのはちょっと承りかねるのだが。


「それで、タマは何をすればいいのでしょうか?」


 とりあえずネルさん曰く「後輩の中にプランはある」とのことだったので、まずはそのプランとやらを聞き出してみることにした。


 すると……ナミさんはこう答えた。


「私が調合している若返りの薬を、タマちゃんに調合できるようになってほしいんです。その上で、調合方法はタマちゃんが独自開発したことにして、明日以降のどこかで『タマちゃんが新しい薬を開発した』という動画を回してください」


 なんと――依頼内容は「薬の作り方をパクった上でオリジナルと主張しろ」という、耳を疑うような内容だった。

 マジか。年齢詐称ってそこまでしてでも維持したいものなのか。

 しかし……それをやったところで、果たして本当に疑いは晴れるんだろうか?


「ま、まあナミさんが心からそうしてほしいと願うのであれば、乗らなくはないですが……それでイケると思った根拠だけお伺いしても?」


「若返りの薬は私のオリジナル魔法薬で、過去に誰かにあげたことも販売・流通させたこともありませんから、現時点では存在そのものが都市伝説なんです。そしてそここそが、年齢詐称がギリギリ確定してない唯一の逃げ道なんですよね。そこで、タマちゃんがこれから『たった今薬を発明した』と発表すれば……時系列的に、過去の私は薬なしでJKの外見をやってたことになります。アリバイとしてはちゃんとできて……ますよね?」


 聞いてみると、ナミさんはそう言ってロジックを説明してくれた。

 理屈は分からなくもないが……なんかちょっと杜撰な作戦な気もするのは、気のせいだろうか。


 ま、とりあえずまずはタマが調薬を模倣しないことには話が始まらないな。

 今までの数多の技のコピーを見るに、できないことは無いように思えるが、なにぶん錬金術というのが新たな分野なので確かなことは言えない。


「とりあえず……調薬方法をタマに教えてもらっても?」


「ありがとうございます! 早速お見せしますね!」


 尋ねると……ナミさんは俺が作戦に前向きなのがよっぽど嬉しいのか、ウキウキとして調薬の準備を始めた。

 収納魔法で器具や原料を取り出し、机の上に並べていくナミさん。


「材料はこちらです。ほとんど全て、危険度Bダンジョンで手に入る特殊資源のみで調達可能なものとなってます。器具については、普通に研究室で使うような実験道具があれば大丈夫です」


 へえ……ダンジョンのカプセルって、高難易度のになるとプラスチックとかセメントとかだけじゃなくて、魔法薬用の特殊資源とかが手に入るパターンもあるのか。

 勉強になるな。


 ナミさんは手際よく実験器具に各原料をセットし……蒸留したり撹拌したりしつつ、時折魔法もかけたりしながら調薬を進めていった。

 何をやってるのかは全く理解できないが、タマが真似できればオッケーなので俺はチンプンカンプンなまま眺めてても問題ないだろう。


「できました!」


 しばらくするとナミさんはそう言って……最終生成物の赤紫色の液体をグイッと飲み干した。

 すると――ナミさんの外見が変わり、どう見てもネルさんの後輩で間違いなさそうな初々しい高校一年生くらいの見た目になった。


「これを飲んで、いっつも配信してるわけですよ。タマちゃん……これ、真似できそうですか?」


 幼くなったナミさんは、タマに視線を向けてそう質問した。

 それを聞いて――タマは変なことを言いだした。


「にゃ(そんなに材料いらないにゃ)」


「「は……?」」


 思ってもみない一言に……俺もナミさんも、目が点になってしまった。


「にゃ〜ん(テツヤ、水を一杯持ってきてほしいにゃ)」


「お、おう……」


 何がしたいのかよく分からないが、とりあえず言われるがままコップ一杯水を注いで持ってくる。


「にゃ(じゃあやるにゃ)」


 タマはそう宣言すると……コップの水に向けて肉球を翳した。

 い、いやいやいや……まさかな。


「にゃ(ほい無からの創造にゃ)」


 かけ声と共に、肉球から魔法陣が一つ出現する。

 次の瞬間……コップの中の水は、先程ナミさんが作った液体よりも濃い、深い赤紫色に変色したのだった。

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