第19話 マフィアとの対決③

タマの一撃により――暗黒観音は瞬時に弾け飛び、黒い靄一つ残さず消え去った。


「おおー、さっすがタマちゃん!」


もはや特に驚きもせず、笑顔でパチパチと拍手するネルさん。


「……ハ、ハアァァ⁉︎」


対象的に、フードの男は先ほどまでの威厳も何もない奇声を発し、目に見えて狼狽えだした。


「ウ、嘘ダ……浄土ノ主ガ……ナ、ナ、何故ダ!」


よほど暗黒観音という技に自信を持っていたのだろう。

フードの男は、あろうことか敵である俺たちの前で頭を抱えて震えだした。


:暗 黒 観 音 秒 殺

:【朗報】誘拐未遂犯、精神崩壊ww

:タマちゃんの力を見誤ったのが運の尽きだったなwwwwww

:非常事態とは思えないこの安心感w

:てか暗黒観音、実態無いよな? 何で渾身で破壊できるん

:ヒュージスライムも秒殺やったんやし今更やろ

:いや、ヒュージスライムは切ってもくっつくってだけで、いうて実体あるし……

:仮にもAランク相当の必殺技が危険度Dのボスと同列扱いで草


視聴者も、もはや俺たちの心配など一ミリもしておらず、みんなこの状況を楽しんでいる。


「にゃ?(こいつどうするにゃ?)」


タマは次の一手をどうするべきか、俺に尋ねてきた。


そうだな……悪人とはいえ人には変わりないし、他のモンスターみたいに殺してしまうのは問題だよな。

タマが渾身の一撃の粉砕対象にフードの男本人を含めなかったのも、そこを考慮してだろうし。

それに、せっかくそれなりに立場が上っぽいマフィアに遭遇したからには、生かしたまま警察に突き出したい。

これで警察がガチで動けば、今後のマフィアの脅威は大幅に減るだろうし。


というわけで、俺はこう指示した。


「奴を気絶させることはできるか? こう……今後数時間起きない感じで」


タマにそんな都合のいいスキルがあるのかは知らない。

もし無ければ、「念力でガチガチに拘束して運ぶ」とか、別の手段を取る必要があるだろう。

だが俺は、なんだかんだでタマならそういうこともできちゃうんじゃないかという気がしていた。


「にゃ〜(わかったにゃ。ちょっとうるさくするから耳を塞いどくにゃ。あとネルちゃんは一旦タマから降りるにゃ)」


案の定、やりようはあるみたいだ。

しかし耳を塞げとは……いったい何をする気なのか。


分からないながらも、とりあえず俺は指示に従った。

続いてネルさんもタマから降りたあと、同じく両手で耳を押さえる。


すると――。


「フシャ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!」


タマは全身の毛を猛烈に逆立て、これでもかというくらいの圧倒的な声量で叫び声を上げた。

その叫びを真正面から受けたフードの男は、魂が抜けたようにドサっと倒れ込んだ。


う〜〜〜ん、まさかの声で威嚇かー。

恐怖で気絶させるとはなんて滅茶苦茶な……。


想定外の原始的なやり方に、俺はしばらく開いた口が塞がらなかった。


:音 割 れ タ マ ち ゃ ん

:びっくりした

:心臓に悪ぃよww

:どこから声出してんだよwwww

:フード野郎気絶したww

:流石に草


これには視聴者たちも笑うしかない様子だ。



さて、やり方はともかくフード男の無力化には成功したんだし、あとはどうにかしてこいつを運ばないとな。

担いで行くのは重そうだし……タマの念力で移動させるのが妥当か?


と思いかけた俺だったが、ふと俺は一つ別の案を思いついた。


「ネルさん……魔法収納であの男を一旦しまうことって可能ですか?」


家でネルさんがカメラをプレゼントしてくれた時のことを思い出し、俺はそう尋ねてみた。

だが……ネルさんは少々残念そうな表情でこう答えた。


「それは不可能です。魔法収納は、生きている生物を入れることができないんです」


う〜ん、そういう制約がある魔法なのか。

フードの男は気絶こそさせているものの、まだ生きてはいるからそこに引っかかっちゃうのか……。

とはいえ収納のために殺すわけにもいかないし、そうなると消去法で念力による移動しかないな。

ちょっと白昼堂々気を失っている人間を連れ回すのは画的にアレだけど。


「タマ、男を念力で――」


というわけで、俺はそう指示を出そうとしかけた。

しかし、その言葉はタマに遮られた。


「にゃ〜(ならタマが魔法収納するにゃ。タマ、一度見た技はだいたい真似できるにゃ)」


なんと――タマ、たった一回ネルさんの魔法収納を見ただけで、そのスキルを既にラーニングしてしまったというのだ。


って……おい。

話聞いてたか?

魔法収納には生きてる生物を入れられないんだって。


「いや、それはできな――」


俺はそうツッコもうとした。

が……その瞬間、目の前で起きた現象を見るや、俺は続きの言葉を発せなくなってしまった。


タマは魔法収納でフードの男を収納してしまったのだ。


え……なんでなんでなんで?

ちょっと何が起こってるか意味が分からないんだが。


:??????

:収納……あれ収納魔法だよな?

:え、人が入った……

:なんで入れれんの?

:もうわけがわかんないよ……


視聴者のみんなも俺と同感のようだ。


「あの……タマちゃん、今何を?」


しばらくの静寂のあと、まずはネルさんが口を開き、そう尋ねた。


「にゃ、にゃ〜ん(ちょっとしたアレンジにゃ。因果律操作したら魔法収納に生物が入るようになったにゃ)」


……いやいやいやいやいや、因果律操作て。

いったいそれのどこが「ちょっとしたアレンジ」だというのか。


「えー皆さん……タマの魔法収納は因果律操作により生きてる生物が入るそうです……」


俺は考えるのをやめ、無心で視聴者向けに解説した。


:因 果 律 操 作

:なんかもう……何て言えばいいん?

:飼い主も引いとるやんけ


心なしか、コメントの流れる足後が若干ゆっくりになっている気がする。

おおかたみんな、タマがやっていることがあまりにも異常すぎてコメントを打つ手が止まっているのだろう。



とにかく……これで持ち運び問題も解決したんだし、あとは警察への引き渡しに行かないとな。

配信は開始からまだそんなに時間が経っていないが、撮れ高に関してはこれだけ色々あればもう十分だろう。


というわけで、俺たちはここらで今日の配信を締めくくることにした。

エンディング代わりにむ〜とふぉるむで軽くボス部屋までの残りの道中を蹂躙し、ボスを瞬殺し、入り口に帰還する。


「というわけで、これが本日のダンジョン攻略でした。ネルさん、今日はありがとうございました。皆さんもまた次の配信でお会いしましょう」

「ばいば〜い!」


締めの挨拶を終えると、俺は配信停止のボタンを押した。

そして俺たちは、その足で最寄りの警察署に直行した。

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