百花一路の魔法道。転生した庶民が伯爵子息と目指す迷宮探索!

野干かん

金木犀の一隅

一話①

「かわいい女の子ですよー」

 ふくよか、いや恰幅かっぷくの良い産婆が額の汗を拭い取り、臍の緒を切っては抱き上げては、彼女の母親の眼の前へ連れて行く。


「…はじめまして、百々代ももよちゃん。…?」

「産声を上げませんね、まだ産まれたことに気が付いていないのでしょうか」

「こういう、こともあるのですか?今までの子はみんな元気に、産声を上げていたので」

 シンと泣き声をあげず、薄っすらと開いた目蓋で周囲を探り手足を動かすだけの赤子を、変わっている、と思いながらも母親は抱き寄せて頭を撫でる。


「元気に育ってね、百々代ちゃん」

「あーうー」

(なんだ、周囲がよくみえない…。どうなっているの?)

「あら、変わった瞳をしていますね、右はお母さんと一緒の青色ですが、左は月のような金色」

「本当ですね。これは…大丈夫なので?」

「…お医者様をお呼びしましょうか」

 左右で異なる瞳の色に産婆は困惑し、急ぎ部屋を飛び出して町医者の元へと向かっていく。虹彩異色は殆ど見かけることのない奇病、知られていないのも何ら不思議ではなく、場合によっては不吉の象徴やら至宝の瞳やら様々言われる病なのだ。


「け、京子けいこ、産婆が大急ぎで出ていったがどうしたんだ?」

「母さん大丈夫?」「赤ちゃん産まれた?」「あー赤ちゃんだ!」

 賑やかに部屋へ雪崩込んでくるのは、彼女の夫と三人の息子たち。入室するなり百々代を見つけては大はしゃぎして、声が大きいと雷を落とされる。


「そうか、女の子か。百々代、元気に育ってくれよ」

「うー」

(何か話しているのか、言葉?…う、眠く…なってきた)

 眠りに就いた百々代は妙なことに赤子らしからぬ思考をする。

 彼女は死後に再びの生を得たのだ。

 状況を理解できるようになるには生後数十日も要して、どうしたものかと落ち着けるのには更に時間を要す事となる。


―――


 兄の三人いる末妹。腕白に育ってしまうのではないかと父親の安茂里あもり千璃せんりは散々心配したのだが、そんな事とは裏腹に非常に大人しくお人形のような幼少期を過ごすこととなった。

 簡単な話、百々代は長い事混乱の最中にあり、周りを見回し家族の話を聞いて状況の整理に務めていたのだ。

 安茂里百々代。赤茶色の癖の付いた髪に、開いているのか閉じているのか判り難い糸目をした少女。目蓋の裏には青と金の瞳が鎮座しているとのことだが、それを見れるものは多くない。口端は常に上向いており何時見ても笑顔をしている愛嬌のある娘だ。


百港国ひゃっこうこく、しらない国。前の生涯に未練など…未練、…。色々と処分しておきたかった…けどいい、もう死んだのだから関係ない)

 溜め込んだあまり見られたくない品々を処分することなく、世を去ってしまった事に後ろ髪を引かれる思いをするが、既に生まれ変わり縁もゆかりもない人生だ。気にするだけ無駄だ、と思考を放棄する。


(星の巡り、配置が合わない。世界は丸い、回っているとどこかで聞いたのだけれど、星を見て結ぶことが出来ないのはどういう理屈なのだろう?ひっくり返ったら合うのだろうか?…かかは床に寝そべると怒るから)

 椅子の座布団を床に敷いては寝そべって、逆さまに星を観測する。

 身体の向きを変え右に左に。やはり知り得る星の繋がりはなく、瞳を覆う目蓋を持ち上げ、青い瞳を晒しては遠望する。


(まあいいかな、わからないけど。新天地で頑張ろっか)

 暢気に考えては星を眺める。

 床を叩く足音に頭を向けて誰かを確認すれば、父親の千璃が目をしばたかせ百々代を見つめていた。


「いないと思ったらこんなところに寝転んで。母さんに見つかったら怒られちゃうよ」

「うん、だから座布団しいた」

「そういうことじゃないんだけどなぁ…。寝転んで何をしてたんだい?」

「お星見てた」

「よいしょっと。お星か楽しかったかい?」

「うん」

 百々代を抱き抱え、座布団に腰掛けては千璃も星を見上げる。


「あのいっぱい光ってるお星を五つ繋げると星の神様、星鯱ほししゃち様になるんだよ」

「ほししゃちさま。…ほげつさまと…いさなびさま」

「よく覚えたね。そう、鯆月ほげつ様と勇魚日いさなび様、三柱の神様は空と海と地上を作ったんだ」

 三天魚さんてんぎょ。この百港国は数々の島からなる島国で、主神や支神といった存在は海に因んだ姿をしているとされているのだ。


「…ふぁう」

(…眠い)

「しっかりと寝台で寝ようね」

「…うん」

 舟を漕ぎ始めていた百々代は体重を預け、寝息を立ては夢の世界へと旅立っていく。

 髪を撫でながら抱きかかえる千璃は、月明かりに照らされた彼女が右の瞳を晒していた事を思い出しては小さく溜息を吐き出す。


(産まれた直後、町医者が色の異なる瞳を気味悪がった事を、赤子ながら覚えていたのかもしれない…。藪医者やぶいしゃめ…、あんなに綺麗な瞳を気味悪がるなんてどういう美的感覚をしているんだ)

 眉を曇らせては心の内で町医者へ文句を垂れ憤る。娘溺愛中の父親なんてこんなものなのだろう、原因になったかはさておき気味悪がったことが許せないのだ。


(百々代なりの自衛なのかもしれないな。あんまり見れないのは悲しいけれど、傷つく姿は見たくないし、…これでもいいか)

 愛娘を起こさないよう慎重に運び、寝台に寝かしつけては千璃は用を足しに再び部屋を出る。


―――


 四歳になりすくすくと成長している百々代は、活発に動き回るようになっていた。

 安茂里家は工房の長を代々務めている家系で、母屋には職人の詰める工房が隣接している。

 把手はしゅを下げて扉を開けば、賑やかしく金属を叩き延ばす音と、金属を溶かす熱気が百々代を覆う。ててて、と忍び込んでは若い職人見つかっては、捕まり脇に抱えられた。


「百々代ちゃん…危ないから入ってきちゃ駄目だって。お母さんに怒られちゃうよ」

「秘密にしといてくれたら怒られないよ」

「駄目駄目バレたら俺が怒られちゃうんだから。頭あ、百々代ちゃんがまた忍び込んで来ましたー!」

 これで何度目かの捕縛。危ないものに直接触ったり、悪戯をするでもなくただ興味深そうに見ているだけなので、腕白な三人の兄と比べれば可愛い。然しながら工房は安全と言い切れない場所なので、見つけ次第捕まえる手筈になっている。

 幼い身体の膂力りょりょくではどう足掻いても抜け出せず、ここ最近では抵抗もなしに、だらりと手足を揺らしてるばかり。


「百々代~、お父さんの仕事を見に来たのかな~?」

「うん。見たい」

「ぐう…」

「頭、揺らがないでくださいよ。怒られるの俺らになっちまいますよ」

「…なんでそんなに見たいんだい?」

「魔法、使いたいの!」

 安茂里工房で生産されている品、それは魔法を使用するための器具だ。外莢がいきょうという筒状の器に、導銀筒盤どうぎんとうばんという魔法陣が刻まれた板を入れ、触媒しょくばいを詰める事で魔法莢まほうきょうという導具どうぐが完成する。


(前世では……………。なんだったっけ?……特殊な、集団に選ばれた?…。うん、使えなかったから使いたい!物語の登場人物とかは使えてたんだけど、縁がなかったんだよねっ)

 零れ落ちた記憶をさらおうとするも縁遠い部分はどうにも難しいらしく、半ば諦めながら前世に楽しんだ娯楽に思いをせて、今生は、と期待に胸を膨らませ千璃を見つめていた。

 ちなみに「特殊な集団」というのは特定の神を信仰する集団を指し、彼らの行っていた洗礼により人の持ちうる魔力の蓋を抉じ開けることで魔法を使用可能とした。彼女の前世はそれらに遠く縁のない状態にあったのだろう。


「ちょっと早いけれど…魔力質の検査をしてみようか。明日は父さんと一緒に魔法で遊ぼうね」

「いいの?!父だいすきっ!」

「えへへ~、父さんも百々代が大好きだぞー!」

 見慣れただらしない表情に呆れつつ、若い職人は百々代を工房の外へ連れ出して、入ってこないように言い聞かせる。


―――


 明くる日。「魔法で遊ぼう」なんて言葉から、工房で制作されている魔法莢を使用するものとばかり考えていた百々代は、庭に置かれた球体に支柱がさされ自立する謎の器具を興味深そうに観察する。


(思ってたのとは違うね。魔力質の検査って言ったから、何かを調べるのかな?)

 千璃が戻ってくるまでの間、くるくると周囲を回っていれば、賑やかしい三人の足音。


「おー、なっつかしー!」「魔力見るやつだ!」「つまんないやつー」

 彼らは百々代の兄たちで上から、十夜とうや正樹まさき穣治じょうじ。年齢は九、七、六、腕白頻りの悪戯坊主たちである。


「百々も魔力見る時期か、へへっ、兄ちゃんが手本見せてやるよ」

「わー」

(これは怒られる流れだ。ちょっと距離を置こう)

 パチパチと拍手をしてみせて、一歩ニ歩と後退り。

 彼ら悪戯っ子で百々代にちょっかいを掛けてくるのだが、それと同じくらい良い所を見せようと張り切っている節がある。前者は兎も角、後者は成功半分失敗半分で失敗した際には母である京子に雷を落とされる定め。巻き込まれては堪らないので様子をうかがう事を彼女は最近学んだ。


「母さんに怒られるよー?」

「大丈夫大丈夫、前にもやってるしっ。確か球体これに手を当てて、なんかを振るんだっけか。手でも良いっしょ!」

 球体部に手を載せて、自信満々な表情で手を振りかざした十夜の指先からは、パシャパシャと水が溢れ出てくる。


「おー、十兄すごーい!」

 子供でも魔法を使えるなんて楽しそうな世の中だと、拍手を強め小さく跳ねて喜ぶ百々代。そんな姿に気を良くしたのか、格好いい所を見せようと力を込めて更なる魔力を流し込んだ時、十夜の表情が苦悶に変わる。


「なんだこれ!?どんどん魔力が!うわ、ごぼっ」

 パキリ、と音を立て器具にひびが入ったかと思えば、罅の隙間から水が溢れ出しては彼に纏わりつき全身を覆ってしまう。


(これは…非常事態だね、絶対。ととは…まだ来ていない。十兄を助けるには…)

 目蓋を持ち上げ二人の兄の様子を伺えば、溺れつつある十夜に意識が向いており、百々代へは視線を向けていない。

(――背に腹は変えられない、十兄を助けるためなら、土産物を使う他無いっ)

 重い左の目蓋を持ち上げて金の瞳を晒し、器具と纏わりつく水を見つめる。

 ブルンと戦慄わなないた水は一度硬直し、四方八方へと飛び散り、正樹と穣治、そして百々代の三人を軽く押し流した。


(おわうっ、前世ぶりで制御が)

「十兄っ、大丈夫!?」「兄ちゃん!」「十夜兄ちゃん!」

「げほっ!げほっ!はぁ…はぁ…大丈夫に決まってんだろ…」

 飲み込んだ水を吐き出せた十夜、肩で息をしながら弟妹を不安がらせないよう見栄を張り、笑顔を見せては安堵の息を吐き出す。


「よかったぁ…」

(本当に。壊れちゃったけど…仕方ないよね)

 へたり込んだ百々代はチラリと器具の様子を伺い、崩れ去り沈黙している事を確認し胸をなでおろすのであった。

 さて、魔力質検査器を破壊したうえ、四人全員の服をびしょ濡れにし、命の危機にまで陥った十夜は叱られる事を酷く恐れたのだが。実際に怒られることはなく、両親が抱きつき号泣をし始めてしまった事に釣られて彼も号泣の大合唱。

 結局、百々代の魔法遊びは後日に送られる運びとなったのだ。

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