第十三話

 俺の通っている高校では水曜日が部活休養日として指定されている。

 そのため、普段は園芸部での活動が忙しい鳴宮なるみや志保しほにも、今日は生徒会室に来てもらっていた。

 理由はお察しの通り、溜まりに溜まった生徒会の仕事を手伝ってもらうためである。

 任せてばかりで悪い……というか生徒会でもないのに手伝ってもらうなんて本当に申し訳ないとは常々つねづね思っているのだが、志保は仕事をミスなく完璧に仕上げてくれるのでついつい頼りにしてしまう。

 ちなみに志保に担当してもらっているのは主に会計の仕事だ。

 生徒会には会長、副会長、書紀の三人は在籍ざきせきしているのだが、いまだに会計の席だけが埋まっていないため、その仕事を彼女に負担してもらっているのだ。

 俺は尻目に志保を見やった。

 焦茶の髪はサラリと腰まで長く、茶色で切れ長の瞳を縁取ふちどった丸メガネがよく似合っている。

 これほどの美少女なのだからもう少し自分に自信を持てばいいと思うのだが、彼女は極度のネガティブ思考らしく、悩みである引っ込み思案はなかなか直せずにいるようだった。

 そんな彼女と俺の仲が良いのは、高校一年生の時、隣の席になったのがきっかけだった。

 彼女は初めて俺と対面したとき、警戒していたのか驚いたような顔をしていたが、わりとすぐに慣れ親しんでくれた。俺としてもここまで早く仲良くなれた異性は初めてのように思う。

 

 「た、多々良くん、これ終わりました」

 「お、サンキュー。いつもありがとうな、すごい助かってるよ」

 「い、良いんですよ? 私がしたくてしてるだけですから」


 ……なんていい子なんだろう。胸の奥がジーンと熱くなった。

 やはりここは俺のオアシスだ。

 日頃の疲れが解消されていくのを感じた。

 と、ガラガラと勢いよく扉を開け、入室してくる人物が……。


 「やあやあ翔くん! 仕事ははかどってるかな? 実は今日も相談したいことが……」


 会長が元気よく入ってきて……そして俺の隣に立つ志保を見て固まった。

 そのまま視線を落とし「あ、えぇと……こんなところにホコリが」とか何とか呟いていた。

 例のごとく、右京の話をしようとしたが志保がいてできないとかそんなところだろう。数日前に同じ体験をしたばかりだ。

 「このままじゃ話できないなー、どうしようかなー」みたいな目でチラチラと視線を送ってくる会長に嗜虐心しぎゃくしんが湧き、俺はこの場で聞いてしまうことにした。

 

 「会長、相談というのは?」

 「あ! 翔くん分かっててやってるでしょ! 絶対言わないからね!」

 「いやいや、全然わかんないですよ。言ってもらわないと」

 「なに翔くん、今日生意気だよ! この前好きな人当てられたのまだ根に持ってるの!?」

 「ぐっ……! だから、アレは違うんですって!」


 前回、あまり本気になって否定しなかったせいで会長には俺の好きな人が養護教諭ようごきょうゆだと誤解されたままでいる。

 普通に考えて教員など好きな人の選択肢に入らないはずなのだが、どうやら会長にはその常識は通用しないらしい。

 ふと視線を感じたのでチラリと志保の方を見やると、何故か一瞬だけはぶてたような顔をしていた。


 「……志保?」

 「……ッ」


 怪訝けげんに思い名前を呼んでやると、志保ははっとして我に返った。

 そして何かを思い出したかのように声を上げた。

 

 「わ、私、今日は会長に用があって来たんです」

 「……?」


 会長はいぶしげな視線を俺に向けた。

 もちろん俺もそんな話は聞いていない。

 志保が会長に用事……? 二人が知り合いだという話は聞いたことがなかった。

 志保はあたふたしながらも鞄から一枚のプリント用紙を取り出すと、それを会長に差し出した。

 

 「わ、私……生徒会に入りたい、です……」

 「……………」


 それをいた会長は、しばしのあいだ黙り込んだ。

 そして俺のもとまで駆け寄ってくると、コソッと耳打ちしてきた。


 「翔くん翔くん。この子は入れちゃダメだ。きっと右京くんのことを狙ってる」

 「……」


 ……なに言ってるんだろうこの人は。


 「いやいや、それは突拍子がなさすぎるでしょう。いくらなんでも断定しすぎですよ」

 「だって右京くんがいる生徒会に入るんだよ? 右京くんを狙ってるに決まってるよ」

 「なんで生徒会に入ることと右京を好きなことがセットなんですか」


 ちなみに当然のことのように俺は除外されていた。

 いやまあ、俺のことを狙うはずもないのだが、こうも当然のことのように言われると少し思うものがある。

 そうして会長と小声でささやきあっていると、何故か志保の頬が目に見えて膨れ上がっていった。……さっきから志保の様子がおかしい。本当にどうしたんだというのだろう。

 俺としては志保が生徒会に加入してくれることについては大賛成なのだが、会長はそうではないらしく、猛烈に反対していた。恋敵こいがたきができるのが嫌なのだろう。

 それを言うのなら俺にとって右京は恋敵にあたるわけだが……。

 まあでも、会長がどうしても嫌だと言うのなら仕方ないか。

 ここはやんわりと断っておくとしよう。


 「……あー、なあ志保。その……実はこの生徒会、けっこうブラックでだな。完全下校が過ぎても帰らせてもらえないことだってあるし、仕事の量は莫大ぼうだいだし」

 「の、望むところです。今までやってこれたので」

 「あとはほら……会長ってけっこう声でかいし、うるさいって思うこともあるかも」

 「そ、それも望むところです」

 「あ、そ、そう。いや、他にも、右京はけっこう対応が冷たくてだな。俺も冷たくされることがあるし、辛いんじゃないか?」

 「ぜ、全然大丈夫です。望むところです」


 ……うーん、なかなか引いてくれない。こうまでして生徒会に入りたいものだろうか。

 何か生徒会に入りたい理由でもあるのか?

 どうすれば諦めてくれるだろうかと頭を悩ませていると、突然生徒会室の扉が開かれて右京が姿を現した。


 「ううう右京くん!? きょ、今日は珍しいね! どうしたのかな!?」


 視線で右京を捉えたらしい会長が上擦うわずった声を上げて立ち上がった。

 その拍子に思い切りすねをぶつけてしまったらしく、打撲した部分を抑えてうずくまっている。

 右京は俺を見て、志保を見て……最後に会長を見て顔を曇らせた。

 改めて、「嫌われてるなぁ」とその様子を傍観ぼうかんしていると。

 

 「い、いまね! この志保ちゃんって子を生徒会に入れるべきか悩んでたんだけど、右京くんはどう思うかな!?」


 突然会長がそんなことを訊いた。

 OKするはずがないだろう、と俺は嘆息した。

 右京は学園屈指のイケメンとしてもその名をせているが、極度の女嫌いでも有名なのだ。


 「いいんじゃないですか? 会計の席は空いていましたし」

 「……え」


 予想外の言葉に俺は思わず顔を上げた。

 あの、右京が……?

 バレンタインのチョコはすべてゴミ箱に捨てているという、あの右京が……?

 女性から貰ったラブレターは全て破り捨てているという、あの右京が……?

 まあこの情報についてはただの噂で、信憑性はないのだが。

 しかし、ここまですんなりと受け入れたことは素直に驚きだった。

 そしてそれは俺だけではないらしく、会長も目を見開いて固まっていた。

 右京は新生徒会メンバーについて既に興味を失ったのか、プリントを会長の机に置いて帰宅しようとしている。今日はこのプリントを提出するためだけに来たらしい。

 そういえばコイツ、会長が生徒会室にいる時は家で仕事してるんだったな、と今更ながらに思い出した。

 俺は退室しようとしている右京の背中に声をかけた。

 

 「おい右京、珍しいじゃないか。女嫌いのお前のことだから、てっきり断ると思ったんだが」


 右京は未だ固まっている会長を一瞥いちべつすると、小声でポツリと。


 「メンバーが増えれば、会長と二人きりになる確率が下がりますからね」

 「ああ、そう……」


 嫌われてるなぁ、とそう思った。



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 伏見ダイヤモンド

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