第三話

 ボディータッチを小一時間ほど練習した日の翌日、早速実践することになった。

 生徒会室には会長を始め、俺と右京うきょうの三人が揃っている。

 今日の俺は『万が一会長のアプローチが上手くいかなかった時の助っ人』という立ち位置だ。

 事前に会長から「私がテンパったら助けてほしい」と言われていた。

 おそらく……いや十中八九じゅっちゅうはっくテンパるだろうから、いつでも出動できるように腰を浮かせた状態で待機しておく。

 俺はパソコンで作業にいそしんでいる右京を見た。

 紫色の髪を左サイドでかきあげ、眼鏡の奥に同じく紫の瞳を隠すイケメン。

 王子様だの何だのと呼ばれていることにも納得ができた。

 非常に大人っぽい印象を受けるが、これで俺と同じ高校二年生だと言うのだから世の中分からないものである。

 ちなみにこの生徒会では会長のみが3年生で、俺と右京は2年生だ。

 会長に目で合図すると、ギクシャクしながらも立ち上がった。

 そのままロボットのような動きで歩き、右京の目の前で立ち止まった。

 

 「……あ、あの、右京くん!」


 会長が上擦うわずった声を上げた。緊張しているのが目に見えてわかる。

 

 「なんでしょう?」

 「……え、えっと、あのね? その、ね?」

 「はい」

 「あの、えっと……」


 既に会話に困った会長がチラチラと視線を送ってきた。

 しかし、俺には動く気がなかった。

 会長には「私がボディータッチをするまでは手出ししないで!」とも言われているのだ。

 俺が介入するのは、会長がボディータッチを済ませた後ということになる。


 「……え、えい!」


 意を決したらしい会長はそう言って、右京の頬にちょん、と触れた。


 「……なんですか?」

 「え、あ、あれっ? おかしいな、なんでだろ……」


 怪訝けげんな視線を向けてくる右京に、会長が困惑の声を上げた。

 恐らく会長は右京が何かしらのアクションを起こしてくれると期待していたのだろう。ドギマギしたり、顔を赤らめたり。

 しかし返ってきたのは困惑の表情と冷たい一言のみ。

 ……会長、『さりげなく』って部分を完全に忘れている気がする。

 あんな風に急に触られたりしたら、誰だって困惑するに決まっている。

 緊張により、正常な判断力を失ってしまっているのだろうか。

 会長は何を思ったのか、「そうか、押しが足りなかったのかな……」とトンチンカンなことを呟いている。拳を握り、グリグリと右京の頬に押し付けていた。

 ……何してんだ、アレ。

 右京がドキドキしてないのは力が足りていないからじゃない……。

 「さりげなく触れる」というのがポイントなのに、アレじゃただの暴力だ。

 はたから見れば副会長が会長にいじめられているようにしか見えなかった。

 右京の表情は既に恐怖に染まっている。会長を見る目に怯えが含まれているのが遠目に見ている俺にも分かった。

 

 「これでもダメか……」

 「ヒッ……!?」

 

 それから会長は、少女漫画で勉強した様々なアプローチを右京に実行し始めた。

 会長は別に困っているわけではないし、見ていてかなり面白かったのでしばらくくの間は見物していたのだが、身体に壁ドン、限界まで顎クイ、続く袈裟固けさがためを始めたところで流石に止めた。

 ここまでいくともうアプローチでもなんでもない。

 半泣きの右京が可哀想だった、というのも勿論あるが……。

 会長から救われた右京は、脱力しながらもカバンを手に立ち上がった。

 

 「ぼ、僕、今日はもう帰ります……」

 「……おう、おつかれ」


 気の毒で仕方がない。

 今度からもう少しだけ優しくしてやろう。

 

 「あ、あれ右京くんもう帰るの!? まだあと30個くらい試したいのがあったんだけど!」

 「ヒッ……!? きょ、今日は用事があるので! じゃあ僕はこれで!」


 そのまま生徒会室から出ていく右京。

 右京は結構クールなイメージだったのだが、彼は意外にも打たれ弱い性格だったらしい。

 会長は右京が帰宅すると聞いて残念そうな表情を見せていたが、やがて満足気な笑みを浮かべて頷いた。


 「うん! 今日のアプローチはなかなか手応えあったよ! うまくいって良かったぁ!」

 「……………」


 ……アレで良かったとか、やはり会長は感性が残念な人なのかもしれない。

 あと、右京と付き合うとかはもう諦めたほうが良いと思った。



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 伏見ダイヤモンド

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