第6話
それから1週間ほど経って消しゴムが完成した。
「使い方は簡単。これを机の上に置いておけばいい。あとは消しゴムが相手を見つけて勝手に転がっていくから」という柏田ゆいの言葉に従って机の上に置いておく。
「これだけで本当に運命の人が見つかるの?」と僕は訊いた。
「むしろ君が関与してはならない。なぜなら運命とは転がる石のようなもの。その回転は誰にも止められないし、変に捻じ曲げようものなら悪い方向へ転がらないとも限らないからね」
「……たしかに」
「画家が大成する時に必要な人……ファム・ファタールと言ったかな? その人が誰であれきっと君の力になるよ。信じて待ちたまえ」
……という事らしいけど、本当に大丈夫なのだろうか?
僕は登校してから下校するまでの間ずっと消しゴムを机の上に置いた。授業中はもちろん。休み時間や掃除時間、移動教室の時でさえ肌身離さず消しゴムを持ち歩いた。いつ運命の人とすれ違うのか分からないのだから、トイレに立つ時でさえ僕は消しゴムを持ち歩いた。
女子がそばを通るたびにドキッとする。
こちらに近づく人があれば視界の隅に捉え、離れていくとがっかりする。あの子が運命の相手だったらどうしよう。いつも笑顔を浮かべている吉岡さんやいつも元気な川口さん。丸っこい瞳の可愛らしい
この中に僕の運命の人がいると思うと宝探しをしている気分になって、僕は普段いかないような教室にまで足を運んだ。
しかし消しゴムはピクリともしない。
1年教室から3年教室までまんべんなく練り歩いたというのに懐の消しゴムはピクリともせず、人でごった返す昼休みの購買部では人を避けるので消しゴムどころではない。
この学校にはいないのか? それかたまたま休みだった?
僕の疑念は募るばかりだったが、しかし柏田ゆいは信じて待てと言った。
「そうだ。運命は転がる石のようなもの。こちらから探しに行ってしまったら、僕を訪ねて教室へ行っていた運命の人とすれ違ってしまうじゃないか。これからは教室でどっかり構えて待つことにしよう」
僕は絵を描くことにした。
そもそもはモデルになってくれる人を探すための消しゴムである。僕の描いた絵を見て「なんて上手な絵なの。素敵! 私をモデルにして!」と言う人が現れるかもしれないじゃないか。
なんたる失態か。運命の人は僕を一流の画家にしてくれるファム・ファタールである。僕が絵を描く人だと分からなければ声の掛けようもないではないか。
「そうとなれば……そうだ。この教室の様子を描いてみよう」
僕はさっそく教室内のデッサンにかかった。
こうして観察してみると教室の様子は刻一刻と変化している事が分かる。毎日同じクラスメイトが集まり、代わり映えのしない授業を受けてばかりの教室。しかし、よくよく目を凝らせばいつもうるさい男子グループがいなかったり、グループの中心にいる女子がぽつねんと机に座っていたりする。いつもいる人がいなかったり、他クラスの生徒が訊ねて来ていたりする。
教室は生き物なのだ。毎日同じように見えて同じところなんて一つもない。僕はその違いを丁寧に写し取っていった。
そんな日々が1週間ほど続いた。
「わっ、君すごいね! 君が描いたの?」
とうとう僕に話しかけてくる女子生徒が現れた。
なんと3年生の先輩で、学校一可愛いと評判の美人である。
その人が近づいてきたとき、消しゴムがことんと揺れた。
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