第2話 リンネ

 それからしばらく草原地帯を行くと、魔女の住む小さな森がぽっこりと姿を現す。

 そのまま森の中に入って行くと、視線の先に小さな丸太小屋があった。

 丸太小屋に近づこうとするタムリンとプロトをハンドサインで止めると、2人が訝しげに僕を見た。

「ほう!わらわのトラップ魔法に気付くとは大したもんじゃな」

 突然後ろから声が聞こえた。

 驚いたタムリンとプロトが後ろを振り向くと、幼い少女が木の杖を持って仁王立ちしていた。

「え、アタシが背後を取られた?まったく気配を感じなかったんだけど」

 タムリンが驚愕の表情を浮かべて言うと、

「おぬしなんぞ、この森に入ってから10回は殺れとるぞ」

「………!」

 タムリンは、全身から冷や汗が出るのを感じた。

「んん?どっかで感じた気配だとは思っていたが、ベイカーじゃろおぬし?」

「お久しぶりです、大魔法使いリンネ様」

「かた~い!かたいのじゃ~リンネで良いのじゃ」

「久しぶりで構えてしまった…すまんリンネ」

「うむ、許すのじゃ」


「しっかし、以前もあっさり突破されてしもうたから森の結界をバージョンアップしておいたのに、まったく通用せんとはおぬしズルいのじゃ」

「いや~苦労したよ。森そのものの位置も微妙にずらしているし、森の中なんて認識阻害の結界だらけじゃない。迷いこんだら絶対出られないよ」

「ちっとも迷わず一直線に来た奴が言うなや、わらわ自信喪失しそうじゃ」

 タムリンとプロトが何か感じたかと顔を見合わせるが、お互いに顔を横に振るしかなかった。

「ところで転生したんだね?前会ったときは、おばあちゃんだったよね」

「今さらか!このピッチピチでプルプルなお肌をよく見るのじゃ」

「やっぱり、10歳から80歳を無限にループしているのってホントだったんだ」

「先代魔王の呪いじゃがな…」

 タムリンがおずおずと手を挙げると、

「話がいまいち理解出来ないんだけど、説明してもらってもいいかな?」

「だからめんどくさい魔女の話聞く?って言ったのに~」

 僕は頬を膨らませて抗議した。

「すまん…いやすいません。伝説にして最強の魔法使いである引きこもりのポンコツ魔女ってのが、あまりに胡散臭くてな」

「そいつは確かに胡散臭いのじゃ!ちなみに誰がその様な事を言っておったのじゃ?」

 リンネが真顔で問いただすと、タムリンとプロトは速攻で僕の事を指差した。


「え?だってホントでしょ」

「うむ、断固として否定出来ないとこが痛いの…でも、もうちょっと優しい言い方あるじゃろ~」

「子供か?あ…今はホントに子供か」

「うむ、このピッチピチでプルプルなお肌を触ってみ…なのじゃ」

「やっぱ、ポンコツじゃん」

「引きこもりのポンコツ魔女はその通りなのじゃ」

「え、そっちはいいんだ?」

 タムリンとプロトが同時にツッコんだ。

「伝説にして最強の魔法使いなんぞ、言われても嬉しくも何ともないのじゃ」

「リンネはもう数百年、転生ループを繰り返しているんだよ。先代魔王を討伐した勇者パーティーにいた時に、魔王の呪いを掛けられちゃったからなんだけどね」

「とどめを刺したのは勇者だったのじゃが、魔王が狙いを外しおって、わらわに呪いがぶち当たってしまったんじゃ」

「それは…とんだとばっちりだな」

 タムリンが何ともいえぬ表情で言った。

「魔王討伐は成功したんじゃが、その後が不味かったのじゃ。ダンジョンがすべて消滅してしまって、魔物が無秩序に発生して襲いかかって来たのじゃ」

 リンネはその頃を思い出す様に上を見上げた。

「その被害は、魔王軍との小競り合いをしていた頃の比じゃなかったのう…ダンジョンからの素材や資源、宝物も手に入らなくなってしまって、大損害じゃったわ。」

「魔王がいなくなって、めでたしめでたしじゃなかったんですね」

 プロトが感慨深げに言う。

「世のことわりは、そんなに単純ではないと言うことじゃな。人間というのは恐ろしいもんでな、世の中が混乱するとロクでもない事を考えるんじゃよ」

「それはどういう事です?」

「散々魔王討伐を叫んでいた輩が、手のひらを返したように魔王討伐は間違いだったとして、勇者パーティーと派遣した王国を攻め始めたんじゃよ」

「そんな…」

 プロトが自分の口を押さえる仕草をした。


「人間というものは、いつの時代でも攻撃する対象を欲するものなんじゃよ。英雄として祭り上げられた勇者なんかは、妬みそねみもあって手頃だったんじゃろうな」

「勇者はどうなったのですか?」

 プロトが尋ねると、

「王国も自分達に怒りの矛先ほこさきが向いては堪らんと、勇者を擁護するのをさっさとやめてしまったからの~パーティーも空中分解して、わらわもアホ臭くなって引きこもったから…知らんのじゃ」

 まるで自分達の過去を閉ざすかの如く、リンネは目を閉じて応えた。

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る