夢中劇場

基維ひなた

第1話 Escape

セレブな高校の卒業パーティー。

豪華客船のワンフロアを貸し切りにしての開催。

あたしは中流家庭の長女、ここで金持ちの男を捕まえなきゃ。

そう張り切ってドレスアップした。


ジェイクったら、相変わらず女に囲まれてるわね。

ちょっといいなと思った時もあるけど、チャラい男はごめんだわ。


お手洗いから会場に戻る途中で、船が大きく揺れた。

慣れないヒールで思いっきり転んでしまった。

他にも数人倒れている。

一人が立ち上がり、ふらふらと近くの人に歩み寄って…噛みついた。


悲鳴。

血しぶき。

何が起こっているのかわからなかった。


騒ぎを聞きつけて、会場から出てきた人にも噛みついている。

最初に噛まれた人が立ち上がり、会場に入っていった。


悲鳴。

悲鳴。

どんどん増えていく生きた死体…ゾンビ。

友達と合流して逃げたけど、転んだ時に足を痛めたせいで追いつかれた。


ジェイク。

最期にもう一度、顔が見たかった。


諦めた瞬間、視界が切り替わった。

さっきまで「あたし」だった女を、アタシは振り向いて見ている。

「あたし」の絶望する顔が、ゾンビの群れに覆われて見えなくなった。


意味が分からない。

自分を見捨てるという状況に戸惑う暇もなく、アタシは走った。

アタシは「あたし」の友達だ。

意識だけが移ったらしい。


それから何度か同じことを繰り返して、法則がわかった。

助からない状況に陥ると、近くにいる人間に意識が移る。

その際、その人物の記憶と性格がインストールされる。


余談だが、今わの際でジェイクに助けを求める女子が相当数いた。

あなた何股かけてたのよジェイク!


他の階に逃げた先で、小さな女の子に転移した。

母親に手を引かれて逃げる途中、転んで手を離してしまった。

数メートル先で母親が唇を震わせている。

わたしは、意識ではダメだとわかっていたのに、言ってしまった。

「…ママ…」


絶叫。

狂乱という言葉がぴったりな。

目の前で娘を無惨に殺された母親が泣き叫ぶ。

娘に駆け寄ろうとする母親を、人の良さそうな男が引き留める。

それをオレは冷めた目で見ていた。

ゾンビどもが母親の声にひかれて寄ってくる。

オレは二人に構わず逃げた。


適当な客室のドアを開け、忍び足で進むと寝室から物音がした。

「もう…こんなに誘ってるのに、興奮してくれないの?」

「ふふ、綺麗だよハニー」

どうも外での騒ぎに気付かず、お楽しみ中らしい。

お邪魔しました。

そっと部屋を出たところにゾンビがいた。


気が付くとベッドの上。

「オレ」の悲鳴が聞こえる。

僕の上には妖艶な秘書がまたがり豊満な胸を揺らしていた。

「おっほぉ」

「今!!?」

つい鼻の下を伸ばしたら、異常事態に気付いた秘書に怒られた。

ゾンビどもがわらわらと入ってくる。

くそ、一回くらい揉んでおきたかったな。


それからもゾンビに捕まって、諦めて、意識が移るを繰り返した。

死ぬ覚悟をした直後に助かってまた逃げる。

正直、しんどい。

もう嫌だ。


ここは豪華客船の8階。

海に飛び降りれば死ねるだろう。

永遠に続く鬼ごっこも、生きたまま食われるのもごめんだ。

俺は窓から飛び降りた。

6階の窓からゾンビに引きずり込まれた。

また移るのかと思ったが、周りのゾンビが銃で撃ち抜かれた。


走りながら俺は思った。

助けてくれてありがとうございますクソが!!!


声に出ていたらしい。

俺を助けた男が横を走りながら吹き出した。

「ははっ、こんな状況で面白いヤツだなあんた!死ぬなよ!」

「あんたもな!」

こいつには生き延びて欲しいと願った。

二手に分かれて逃げ、次に会った時、そいつはゾンビになっていた。


もうヤケだ。

意識が移る先がいなくなれば終わるんだろ。

俺はとにかく船内を走り回った。

生きている人間を積極的に探し、犠牲者を増やしていった。

最後にたどり着いた船長室。

ゾンビどもに押しつぶされながら、鍵がかかった重い扉にもたれた。


豪奢な部屋。

艶があるマホガニー製のテーブルに、座り心地の良いソファ。

私はゆったりと腰を掛け、扉を叩く音を肴にワイングラスを傾ける。


ああ、やっと終わる。

扉がぶち破られた。


さあさあウェルカム愚民ども!

この肥え太った腹を裂き、極上のワインを楽しむがいい!!

両手を広げ来訪者を歓迎する私の耳に、無線の声が聞こえた。


「緊急信号…上空に到着…負傷者を確…これより救出作業に…」


「勘弁してくれ」

私は死者達の熱い抱擁を受けながら、意識を手放した。


【完】

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