第8話 乳児、決める。

《どこまでも続く、目に鮮やかすぎる青い空。白い雲があちらこちらにポコポコと浮かび、風は緑の木々を揺らしている。ただ、ただ……広大な、大自然そのものの光景。今、馬車が向かっているのは、北エルーパウの立憲君主制王国『ノシュクル』のディアヴィナス西岸、人族よりも他の種族が多く住まう地、『ナンセン』。王都から二つほど街を越えた大陸の端にある、誰も好んで訪れようとしない大自然あふれる未開の地である。》


 ゴトゴトと、馬車は走るよ、悪役令嬢わたし(ただしまだ乳児)を乗せて。


 ああー、いよいよ【アナくれ】のゲームの舞台に乗り込むのかぁ。果たしてどんな出会いや出来事が待ち構えているのやら。…というのも、ゲーム中ではやっぱりどうしても聖女プレイヤー視点だったから、アストリットわたしがどんな感じで暮らしてきたのかいまいちよくわかんないんだよね。


 …ゲーム企画の設定書も、大雑把な感じで『怪しいスキルを持っていると認定された悪役令嬢(最大の敵)は何もないクソ田舎に送られたざまあ先行型/色恋沙汰を知らずに育ったため性の知識を得る機会がなかったネンネ/性に嫌悪を抱くようになり目ざとくエロの欠片をつぶすようになるヒステリー/ゼンブシッテルのせいで親のエロさを知ってグレた/ゼンブシッテルで先住民達の恥ずかしいエピソードを暴露し下僕化したせいで嫌われてる/チチのでかさがコンプレックスで人の視線に敏感すぎる/男を見るときは目を合わせないでまず股間を凝視するクセあり』みたいにまとめられててさ、なんていうんだろ…、メインキャラではあるけど敵だしやっつけ仕事でいいやってペラペラのエピソードをホチキスで留めたようなやつでさぁ。

 正式なプレイヤーのライバルなんだから、こんな箇条書きじゃなくてしっかりシナリオぐらい用意しておきなさいよぅ…。


 本人としては、すごーく不愉快というか…、そもそも微妙にスキルの設定と時系列がおかしくて、変な矛盾もあるのが気に入らないんだよね。【ゼンブシッテル】があるんだったら性の知識はフルコンボ可能、色恋沙汰なんかも全部網羅できるはずだし、親のエロも全部筒抜けだろうに一体どのタイミングでグレたんだか。わざわざ先住民の恥を晒して脅さなくても願い事を知ったり困ってる事とかわかるんだから、対処法となる知識をサクッと探して問題解決すれば良いのになんでまた??


 ―――ああ、開発スタッフに悪役令嬢への愛がなくてこんな感じなのか。


 全部後付のこじ付けってわけね、はあなるほど。相変わらず適当すぎてもうおなかいっぱいなんですけど!!


 ゲームの中でアストリットは…、母親譲りのエロい体と不正といかがわしさを見逃さないよう見開かれた気の強そうなつり目気味の青い瞳を持つ、ゴージャス過ぎてゴルゴンみたいになってる縦ロール(ダメージを受けるとほどけていく仕様)がトレードマークのデバガメキャラだった。


 聖女(プレイヤー:名前の初期設定なし)が【神の呼学園かみのこがくえん】に入学した日にさっそうと現れ、『あなたから淫売の気配がします、そのカバンに忍ばせているものをお出しなさい!』と言ってロック付きのスーツケースをすんなりと開け、大勢の学生がいる前で激しめのBL同人誌を読み上げて…まあ、その関係で他の攻略者たちに目を付けられて縁ができるんだけども。

 以降事あるごとに現れては、いろんなことに興味津々の皆さんの隠しておきたい宝物や知られたくない性癖をドッカンドッカン暴露&否定するんだよね…。でもってそれを聖女が優しくフォローして、恥ずかしくなんかないよ、日本という国では色んな性癖が受け入れられているんだよと諭すという。


 普通の人だったら拾わないような薄いエピソードまで几帳面にほじくり返しては大げさに指摘してさぁ、ちょっとでも草葉の陰に隠れてエロい空気を出そうもんなら秒で飛んできて甘い雰囲気を爆散させちゃうパワー系で…何でもかんでもエロに結び付けて大喜びしている自分と若干重なる気がしないでもないけど、とにかく目の上のたんこぶキャラだった。


 ……とはいえ、ナンセンが聖女&アルフの悪政のせいで危機に瀕した時は一生懸命立て直そうと奮闘するし、わりと実はいい人なんじゃないかフラグは立ってはいたんだよね。シナリオ深読み民がこぞってアストリットに昏倒したのはそのあたりの事情もあって…、エロボディデザインに惑わされた結果の人気キャラではなかったのだなぁ。


 なんでこんなに性格がひん曲がっちゃったんだろうって不思議に思うユーザーも多くてさ、わりとIF物の同人誌がたくさん出てたんだよね。分厚い研究本も出てて、私も2000円出してウマの穴で買ったもん…って、ああなんだ、あの研究本書いたのはナレすけだったのかぁ。無事完売して重版かけた途端に事件に巻き込まれて…ああ、気の毒に…印刷代¥253,840ェ……。


《…オーラヴは、この何もない地でこれから人脈を広げ、信頼を勝ち取らねばならないのだ。元来人好きで心が広く、話題も豊富で非常に明るい性格をしており人望の厚い男ではあるが、人との交流を避けて暮らすエルフや獣人、妖精たちとコミュニケーションを図らなければならないという重責に些か表情の硬くなる父を、愛娘アストリットは屈託のない青色の瞳で見上げている。これからどんな困難が待ち受けているのか、その美しい瞳はまだ何も知らない。五歳になる年に、アストリットはこの地を離れなければならない。それまでに一体どのような悲劇が起きるというのであろうか……》


 人がほとんどいない場所なのに、『人脈を広げる』って表現はちょっと…どうなんだろ。…まあいっか。

 たぶんだけど、ナレすけはアストリットの謎に迫ることができて魂レベルで興味津々なんだね…いつになく思慮深さのない、気持ちが先走ったナレーションをしているのがなんともいえない。


 ……私はあと五年たったら、お父様とお母様、メイドの皆さんや執事のおじさんなんかと別れて【神の呼学園】に入学することになる。


 この世界ではスキル持ちは全員、神から与えられた (とされる)能力を無駄に使う事の無いよう、5歳になる年に必ず全寮制の学校に入学しなければならないと定められているのだ。国のためにすすんでスキルを使う心を育てるべく、なんと18歳になるまでソフト軟禁状態にされてみっちりと学ばされてしまうという恐ろしい制度!!

 貴重なスキル持ちが見逃されることが無いよう、出産の際には産婆や医師と共に分娩に立ち会う見極め専門家『バスティバル』までいるという徹底振りで、入学は絶対に拒否できないシステムが確立されているのである!


 ゲームでは、私がナンセンを去ったあとにお父様が浮気に走り、お母様を亡き者にして、辺境伯を首になっちゃうんだよね。トップを失ったナンセンは荒れ始めて、そこにアルフが辺境伯目指してしゃしゃりでてきて奮闘するんだけどうまく行かず、追い詰められて聖女を召喚するんだよ。


 聖女はスキル【ソウゾウムソウ】を持ってて、想像と創造の能力でさらにナンセンをめちゃめちゃにし、その責任を色々と茶々を入れてきてウザかったアストリットになすり付け、最終的にどうにもならんと星を破壊して逃げ出し、日本の変態文化って最高だよねで終わるというクソ展開が待ち構えている。


 ……どう考えても、私が【神の呼学園】に入学するのはヤバそうだ。


 私が出て行ったことがきっかけでお父様が浮気をするのは間違いないだろう。

 ずっとお父様のそばにいて、怪しげな女が近づくたびに排除をしていけば何とかなりそう?


 ……そもそも入学を阻止することができれば、悪役令嬢という立ち位置になることはなくなるはずなんだよね。スキル保持者として召喚された聖女は【神の呼学園】に途中入学をすることになるから、その時に私が学園内にいなければ出会うことはないわけで……。


【神の呼学園】は、スキル保持者は全員入学するべしと決まってはいるけれど…退学させられる子供もたまにいる。スキル能力が明らかに役立たない場合や、意味のないもの、放置しても問題がないと判断された場合だ。

 髪の毛が毎週五センチ伸びる【毛髪の自己主張】、猫のにおいをかぎ分けることができる【毛皮くんくん】、にきびをつぶしても傷にならない【ニュルのすご技】など、製作スタッフが頭の片隅にぼんやり浮かべた結果発現してしまったであろうクソスキルを持って生まれてしまった…気の毒な子供ってのが年に数人はいるんだよね。…ああ、なんという悲劇、ホント製作スタッフの罪が重すぎる!!


 クソスタッフのせいでおかしな世の中に仕上がってしまってはいるけれど、この世界の人はわりと争うことを好まない穏やかな人が多くて、基本的に【優しい世界】ではある。たまにアルフみたいなむかつくやつはいるけど。

 もともとはバスティバル制度だって、生まれたての乳児がスキルを暴発させて事故を起こさないよう、親御さんたちの安全を配慮した結果設定されたものだしね。


 育てにくい特殊能力もちの子供を育てる負担を軽減する【神の呼学園】制度は、よくよく考えればそこまで悪いものではない…と思う。月に一回家に帰れるし、全部無料だし、お小遣いももらえるし。


「アストリットのスキル【ゼンブシッテル】…おかしなものじゃなければいいのだけれど。まったく意味がわからないなんて初のことだと…バスティバルも言っていたわ?」

「……大丈夫だよ、心配してもなるようにしかならない、ってね?何も起こらないかもしれないし!」


「……でも」

「万が一スキルが暴発して一帯が吹き飛ぶことになったとしても、ナンセンは何もない広大な土地だから被害は少ないって!!あまり悲観的に考えなくてもいいと思うよ!頼りになるイェンス牧師もいるし、…五歳になるその時までは、幸せに暮らせる、暮らして…み、みせるからね♡」


《まだ若い夫婦は仲睦まじい様子で、先行きの不安を口にしている。見つめ合う両親を不思議そうに見上げるアストリット。天使のようなあどけない笑顔で…アアッ!!!おっぱいの揺れすごッ!!!やがてこの母そっくりな容姿に育って…あすタン…♡ぐふ、ぐふふ…!!》


 お母様の豊満すぎる胸部のお肉が馬車の振動でタップタップと揺れて…ああ、それを見てナレすけもお父様もご満悦と。ああー、こぼれた乳をさりげなく直してるお父様が…今晩の連戦を心に誓っていらっしゃる!!なんという若さ性欲大暴走期!!…まあいいや。


 私の【ゼンブシッテル】は未知のスキルと認識されている。

 単語としての『ゼンブシッテル』は、この国では意味の通じないものなのなんだよね。

 

つまり、私が『全部知ってる』と言うことは、この世界において私しかいない…いや、ナレすけもいるか。


 ……ヘタにいろいろ口に出して【ゼンブシッテル】の効果を知られては…詰むこと間違いなしだ。


 でもコレってさ、だまっとけば…、大丈夫なパターンなんじゃない?

 いちいち事実を周りの人に教えて、自分の能力さらけ出す必要、ないよね?


 ただの普通の乳児、幼児を装えば…【ゼンブシッテル】=【生まれた時に見たこともない色で光るスキル】という風に認識させることも、可能なんじゃないの……?


 あー、もー!!

 私、絶対に余計なことしゃべらない!!


 無口な子になると・・・いま!!決めた!!!

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