文化祭ライブ開始

僕達の出番は3番目のバンドだ。

1年生なので比較的に早い順番に割り振られた。

実績も何もないので当然の事で想定内だ。

昨日あきちゃんが言っていた通りだった。


2番目のバンドの演奏中に準備のためにバックヤードに集まる。

なるべく誰にも顔を見られないように隅っこに僕は行く。


1番目のバンドも2番目のバンドもそれほどレベルは高くなかった。

ただ演奏しているだけのような感じでクオリティも何もなく、音も外れまくっていた。

中学生の文化祭レベルなのでまぁこんなもんなんだろう。

僕達は比べ物にならないほどの演奏が出来ると確信すると、自信が湧いてきてアドレナリンが大量に流れてくる感覚がする。

2番目のバンドの演奏が全て終わり、拍手が鳴り響く中で僕達とステージを入れ替わる。


『続いては今回の文化祭で唯一の1年生のエントリー。

「No Name」の皆さんです。』

進行のアナウンスに紹介され僕達はステージに上がった。

あきちゃんがステージの中心にあるマイクスタンドからマイクを奪い去る。

『No Nameでーす。まだこれから方向性が変わるかも知れないしバンド名は今の所この名前で行こうと思ってますが、活動は本気でやってるので応援してねー』

他のバンドは全くしなかった自己紹介をサラッとやってしまうあきちゃん。

もう完全にエンターテイナーのスイッチが入ってしまっている。


『それじゃあ早速、最高のメンバーと最高の演奏に入るね!

あき達の演奏に、みんなメロメロに惚れさせてあげるから覚悟して聴いてねっ。』

煽るのも上手い。スイッチの入ったあきちゃんは無敵なのだ。

生意気な事を言う1年の演奏はどんな物かと興味津々にさせて会場全体に聴く体制を作らせる。



そして演奏は始まった。

もう後戻りは出来ない。

目の前の1000人以上の人達が僕達が演奏する音楽に意識を集中させる。

今この目の前の人達が感じている空気を僕達が創り出しているのだ。

この空間に僕達の演奏が混ざり、まるで世界を創作しているようだ。


イントロが終わり、あきちゃんの歌が始まると会場全体が一瞬だけ騒めき静まり返る。

あきちゃんが歌う世界を身体に感じて衝撃を受けたのだろう。

何度も聴いている僕達ですら衝撃を受けるのだ。

初めて聴くなら仕方がない。

最初の騒めき以外は誰も一切声を出さずに1曲目の演奏を夢中で聴いてくれた。


1曲目が終わり、会場全体が歪むほどの大きな歓声が飛び込んできた。

歓声が大きすぎて地震でも起こったかのように感じる。

すごいエネルギーだ。

この歓声が僕達に向いているなんて信じられない。

全身の毛が逆立つような感動が身体中を支配する。


1曲目は想像を絶する大成功だった。

僕の存在もバレていない。(と思う)

あきちゃんが目立ちまくっていて、注目を集めているおかげだろうか?

多分僕の存在に気付いているのはちえさん達「scramble」のメンバーだけだろう。


『いや〜いいねぇ。みんなあき達の演奏を堪能してるねぇ。

1曲目の演奏どうだった??

もっともっと聴きたい人、拍手〜』

あきちゃんの煽りで再び湧き上がる体育館内。

すっかり空間を掌握しているのだ。


『OK!あきの想像してた3倍くらいは盛り上がってるねっ。』

『それじゃあ次の曲行くよっ!!』

ゆいちゃんのハイハットシンバルが響き渡り2曲目の演奏が始まる。

テレビのCMで起用されている人気曲で多くの人が知っている曲だ。

普段よく聴くフレーズなので観客みんなノリノリだ。


サビに入る手前のフレーズ、徐々に盛り上がって行く部分であきちゃんはマイクをスタンドから外して客席にマイクを向けみんなに歌わせる。


『それじゃあ、みんなで一緒に行くよ〜』

サビを客席のみんなと声を合わせて大合唱。

空間全体が1つとなり、全員が立ち上がって大きな声で歌う。

会場内の盛り上がりは異常だ。

こんなに楽しい演奏が僕達から聴けるとは思ってもいなかっただろう。


感動して泣いている人やあちこちから称賛の声が聞こえる。

余韻が消えず2曲目が終わってもテンションが下がらない。


2曲目の余韻による大歓声が続く中、ゆいちゃんのドラムが鳴り響いた。

2曲目に演奏したこの曲のサビに入る直前のフレーズを繰り返し叩き続けるゆいちゃん。

続いてシュウのベースが演奏にのる。

僕も察してギターを合わせ繰り返しサビの手前のフレーズを演奏する。

ノブの演奏が合わさる頃にあきちゃんがいつもの「ニヤリ」の表情になっている。


『おいおい、お前ら打ち合わせてない事までしちゃって最高かよ。

ねぇ、みんなっ。あきの仲間は最高すぎだよー!!』

会場内は大盛況。

『もっかい行っちゃうよ〜!!』

あきちゃんのボーカルが乗り、もう一度サビが始まる。


あきちゃんは天才だ。何事においても天才でなんでも最高に仕上げてくれる。

あきちゃんがボーカルだからこそ成功するんだと僕は心からあきちゃんの凄さを感じた。

3曲目はバラード曲だ。

盛り上げすぎて聴いてる人がボロボロになってしまわないように少し休みを入れるためにこの選曲にしてあるのだが、3曲で終わりと思っている観客は少し物足りなさそうな感じだ。


僕がギターを外し、据え置きのピアノを演奏する。

バラード曲は全体的に静かな演奏であきちゃんのボーカルがよく響く。

最後の選曲と思っている観客は噛み締めるように曲を堪能する。



クラスの人達が『あきちゃ〜ん』とか『シュウく〜ん』など叫びながら名指しで応援を始めた。

僕は焦った。誰も僕の事を知らないのだ。

予想通り『あれ誰?見た事ある?』などと聞こえ始める。

僕はバレたと確信して覚悟を決める。

元々バレる前提でここに立ったのだ。

最後まで気持ちよく演奏をしよう。


そんな事を考えながら3曲目の演奏が終わった。

とても中学1年生の演奏を聴いていたとは思えない大歓声が会場を包んだ。


『以上、「No Name」の皆さんでした。

大変盛り上がりましたねっ。

まだ皆さん1年生なので今後の活躍に期待していきましょう。』

進行のアナウンスが鳴り響いた。


このままバレずに(?)終われる雰囲気だったのだが、あきちゃんが満足するハズがない。

『みんな気になってるみたいだから教えてあげるね!

この子は「ゆうちゃん」って言ってあきの彼氏なの。

1つ年下で小学6年生。この学校の生徒ではありません。』

『No Nameはこの5人で活動していきます。

今後はライブとかもしていく予定だから応援してねっ♪』


サラッとバラしてしまうあきちゃんはさらに全体を煽る。

『バラード曲でしっとりとしたまま終われる?

もっともっと盛り上がりたいよね?』

いつもの「ニヤリ」で演奏しろと手をパタパタして僕達を煽った。

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