塾の初日

4月に入る少し前に塾から連絡があった。

入塾の試験の結果の連絡だ。

僕は3教科の試験、全て100点満点で合格していた。


問題はとにかく簡単だった。

「あれで100点じゃない方がどうかしてる」

などと少しだけ両親に向けて調子に乗ってみたが特に特別なお祝いなどをしてくれるわけでもないのですぐに自重した。


とにかく晴れて塾に行けるのだ。


説明会に呼ばれ、教科書を受け取り説明を受ける。

塾は毎週月、水、金の3回で成績が悪いと土曜日に補習授業。

時間は18時〜21時の3時間。

45分授業、15分休憩、45分授業、30分休憩(食事)、45分授業


土曜日の補習は14時〜16時らしいが僕は補修になった事はないのでどんな事をするのかはあまりよくわからない。

説明会の2日後には初授業があった。

僕はこの初授業が始まる前から「あきちゃん」をどうやって探すかずっと考えていた。

1つ上の学年の教室に乱入するほど根性は据わっていない。

でも話したいしどうにかして見つけたいと考えている。


2時間目の授業が終わり食事休憩が始まった直後、そんなピュアな少年の心配なんて虚しく奴は僕の教室に現れた。

『ゆうちゃ〜ん。なんで探しに来ないんだよ!!』

平気で4年生の教室に入ってきて大声で名指しされる。


こちとら塾に初登校の日。

まだ4年生のメンバーですらほとんどが初対面で話した事もないのだ。

めちゃくちゃ注目を浴びてみんなこっちを見ている。とてつもなく恥ずかしい。


そそくさとあきちゃんを廊下に連れて行き

『なんで教室に来るんだよ。』

聞いてはみたものの、あきちゃんはキョトンとしながら

『えっ?なんで?来たらダメなの?なんで??』

僕はこの塾のルールや常識をまだよく知らない。

違う学年の教室に行くことも普通の事なのだろうか?

『いや…注目されて恥ずかしかったから……つい。ごめんなさい』

謝ってしまった。


ニヤッと笑顔になるあきちゃん。

この笑顔は正直めちゃくちゃずるい。可愛くて逆らえなくなってしまうのだ。

『わかればよろしい。キミが来ないからおねーさんがわざわざ会いに来てあげたんだよ。

合格してるかどうか知らないしいなかったらどうしようって不安だったよ。笑』

めちゃくちゃ嬉しかったけど悔しかった。


塾が終わった後に合格のお祝いにまたジュースを買ってくれるそうだ。

自販機のベンチで乾杯してCDを聴こうと誘われた。


塾は最後の45分だ。

待ち遠しくてワクワクしながら時間が来るのを待った。

授業が終わり、カバンに教材などを急いで入れて教室を飛び出した。

また音楽の話をいろいろしながら盛り上がれるのだ。


学校の友達とはここまで好きな話で盛り上がる事はできない。

初めてここまで趣味を全力で話せる人に出会ったのですごく楽しいのだ。

エレベーターを2階で降りて自販機のベンチに向かう。

あきちゃんはまだ来ていなかったので僕はベンチに座りながら待つ。


10分くらい遅れてあきちゃんは到着した。

先生に呼ばれていたらしい。

『お待たせー』

あのニヤリとする笑顔で手を振りながら近寄ってくる。

きっと僕がこの笑顔に弱いことを見抜いているのだ。

僕は何も言えずに笑顔で手を振り返した。


あきちゃんは至近距離まで近くに来ると僕の頭を撫でながら

『よしよし。先に来てお利口に待てたんだね。良い子良い子。』

完全に僕の事を子供扱いしている。

もちろんあの笑顔で僕の目を見ながらだ。

僕もつい笑顔になってしまう。


『1つしか歳の差ないしそこまで子供じゃないよ…』

反論はしてみたけど全く無視!!

よしよし攻撃は止まらなかった。

主導権を完全に奪われはしたが、約束のジュースを買ってもらう事は忘れていない。


あきちゃんが自販機にお金を入れてくれた。

『今日もオレンジ?笑』

あからさまな子供扱いです。

『今日はコーヒーでも飲んじゃおうかな〜?』

少し強がってみたけど意味は全く無かった。

勝手にオレンジジュースを押して僕に渡す。

『カッコつけなくて良いんだからね!!』

見抜かれている僕は少し恥ずかしくなりながらオレンジジュースを堪能した。


決めつけてくるならわざわざ聞かないで欲しい。

なんて言えないから黙って受け取った方がいいと感じたのだ。


『進学コース合格おめでとー。』

乾杯のお祝いだ。お金のない小学生の感覚だとジュースだけのお祝いでもすごく嬉しい。

試験の時のように片方のイヤホンを渡される。

一緒にジュースを飲みながら大好きな音楽を聴いて、音楽への想いを語る。

お互い音楽に対する想いを語れる相手が同年代にはいなかったみたいで話は尽きず、時間を忘れてしまい1時間に1回「ピピっ」と音がなる僕のデジタル時計の音で気がつく。


『やばっ…もう10時だ。怒られる…』

21時まで授業のある塾の後ではそんなに時間が取れないのだ。

自転車で5分で着く場所にある塾に行っているのに初日から終わってから1時間も帰って来ないと両親は心配するだろう。

『ちょっと家に電話してくるね。』

近くの公衆電話から自宅に電話をかけて言い訳せずに正直に話した。

塾で年上の友達が出来ていろいろと塾の事を教えてもらってたと言うと僕の親は喜んだ。

同年代の友達とあまり遊ばない子だったからだ。

怒られない安堵と共に、帰ることになった事をあきちゃんに伝えた。



帰り際にあきちゃんから提案があった。

『塾が終わってからだと遅くなるから親に怒られるのなら、塾が始まる前に1時間早く来てココで毎回お話ししようよ。』

塾は18時からなので17時に来て1時間一緒に過ごそうと言う事だ。

学校が終わって帰宅するのは大体16時前くらい。

時間的にはかなり余裕があるから問題なさそうだ。

僕は毎週3回もこうやって楽しく話が出来ると考えると嬉しくて堪らなくなり、喜んでその提案を受け入れた。


あとから聞いた話だが、あきちゃんも同年代の子とこうやって楽しく話せる事がほとんど無かったらしく楽しかったと言っていた。

お互い少し変わった小学生であまり同級生とは趣味が合わないのだ。


『じゃあ気をつけて帰るんだよ。また明後日ね♪』

あきちゃんのこの言葉に明後日も会える事を実感して喜んだ。

『うんっ♪明後日からここに1時間早く来るね。ありがとう。』

最後のありがとうが精一杯の表現だったが本当は叫びたいくらい嬉しかった。

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