2-10
対面する正義と虚無。
勝利するのは、果たして。
◇ ◇ ◇
翌日。
完璧にコンディションを整えた俺は、正義の寵愛者として、いつも通りの態度で振る舞うナギと対面していた。
特別な戦闘を行い、それを宣伝し、プロパガンダとするためだけに造られたアリーナで、俺とナギは何の裏もない会話をしている。
「この場にいるのは僕と君、それと・・・審判役のヘッセだけ。だけど、僕らの戦いを見てくれる観戦者は沢山いる」
「国中に中継されてるってことか。まあ、あっち側の技術を模倣したってんなら驚くものじゃないな」
「そう。ありがたいことに、ちょうど
「ああ、ちゃんと話が合いそうな転生者が居て安心した」
むしろ緊張なんて論外中の論外で、今は互いに、どれだけ戦いへの期待を隠せるかを努力している最中だ。
如何せん、これから始まるものは国中に中継されるという都合がある。
余計なイメージダウンを避けるため、互いにかなりの注意を払っているというわけだ。
『───ナギ、そろそろ時間です。つまり、楽しい休憩時間は終わり・・・ということですので、今すぐに仮面を被り直すように』
暫くすると、アリーナの天井からヘッセの声が響いた。
当然ながら、中継開始の時刻は決められている。
たった一日でそれだけのスケジュールを組んだのだから、関係者の人たちはさぞかし大変だったことだろう。
どれだけの苦労をしたか、ヘッセのご機嫌ななめな声色を鑑みるに、それは察するに余りある───と思ったが、このスケジュールは俺の都合にも配慮されている時点で、余計なことは言えないな。
感謝するだけして、俺は精一杯戦うとしよう。
「・・・そうだったね、ヘッセ。了解だよ」
まるで───表情を描いた面をつけたかのように。
ナギの表情は不自然極まりない変遷を経つつ一瞬で変化し、どこか「ヒーロー」という字を思わせる雰囲気を漂わせる。
「どうしたの?グレイア。そろそろ始まるよ」
・・・そう。英雄ではなく、ヒーロー。
俺の独断と偏見による言葉選びだが・・・・・どこか不安定で、何か突発的な事象で崩れ去ってしまいそうな、そんな印象を受ける雰囲気。
それが俺の杞憂だったり、こいつの策だったりするなら構わない。特に後者は、それに口をだす権利なんて、俺にはないのだから。
「・・・・・ああ、準備は済んだ。仮面を被る準備はできてる」
だが、それでも気になるものは気になる。
高身長が故に視野が広く、他人の様子や顔を伺って、気にして生きてきた俺だから思うことだ。
これから仮面を被り、自分を隠すとしても───心の片隅に、こいつを如何にして楽しませるかを置いておこう。
そうすれば、心置きなく楽しめるはずだから。
「─────」
だからもう、余計なことを考える必要はない。
『あと10秒』
気合いを入れなければ。
戦いはもう、始まっている。
▽ ▽ ▽
「グレイア・・・大丈夫かな」
中継開始まであと1分。
私とニアさんの2人は、特別に用意したという部屋に案内され、カウントダウンする数字が映し出されたスクリーンを見つめていた。
「現状で私が判断するに、勝率は80パーセントほどでしょう。マスターがどういった戦い方を選ぶかは分かりませんが」
「・・・8割」
つまり、2割は負ける可能性があるということだ。
戦闘という、不確定要素が交錯し続ける事象は、基本的に予測なんてできるものじゃない。
それこそ、実力差がはっきりしていたり、片方がどう見たって正気な状態じゃなかったりするのは例外だけど───今回みたいに実力が拮抗している戦いは、どっちが勝つかなんてわかるわけがない。
「仮に、もしマスターが手段を選ばなければ・・・その時は、勝利はほぼ確実なものになると予想されます」
「でも、グレイアはそんな手を使わない」
「肯定します」
昨日、午後に図書館に行った時に、その話をされた。
もし彼が手段を選ばなかったら、分身魔法を大量に呼び出してから、それらに自爆魔法を付与して突っ込ませて終わりだと。
対策をされても、件の入れ替えがある以上、少なくとも負けることはないだろうと。
・・・でも、その話をしているときの彼の表情を見た時───私は、その「奥の手」を、彼が使うことはないだろうと確信した。
心の中で迷ってはいたが、表情でバレバレだ。
彼は多分
本当に面白い。
それに、可愛い。
自分が楽しむためだけに、自分の手札を縛るだなんて。
とても律儀で可愛いと思う。
『─────』
パチンという音がして、スクリーンに景色が映し出される。
中継が、始まった。
『王都戦闘中継アリーナより、先日予告しました特別戦闘中継の時間です』
この声は───あの時の試験官だ。
鼻につく声をしているが、信用はできる。
『今回は王国議会の要請により開催される戦闘であるため、中継のみの公開となります。ご了承ください』
淡々とした声色で言葉が並べられていく中、映像にはグレイアと正義の寵愛者が距離をとって対面している姿が映し出された。
『そして、戦闘を行うのは・・・スネス王国が誇る正義の英雄、正義の寵愛者と───先日転生してきた異邦人、虚無の寵愛者となります』
カメラを向けられたグレイアが、それに気づいて無邪気に笑う。
そして両手を振り、愛想を撒くような素振りを見せると、彼はキッと正義の寵愛者の方向を向き直して、少し立ち方を変えた。
『両者は既に準備が整っているようですので───戦闘開始の前に、まずは身体強化を自身に付与していただきます』
彼はまた笑った。
今度は少し、悪そうな笑い方をして。
『それではまず、正義の寵愛者から───』
この中継で、彼はいったいどれくらいの人の心を掴むのだろうか。
とても、わくわくする。
彼がどうやって、あの正義の寵愛者に勝つのかが。
▽ ▽ ▽
「まずは僕からか。それじゃ皆、よく見ていてね」
ナギはドローンカメラにピースを送りつつ姿勢を変えると、体に力を込め、魔力を集中させていく。
「はあああ・・・」
気合いの声とともに、ナギの体を魔力の粒子が覆い、オーラとして魔力の波を打つ。
「・・・身体強化、フルパワー。
そうして詠唱をした瞬間、静かな波を打っていた魔力は弾け、今度は体の中から湧き出る魔力が激しく波打ち、新たなオーラとして激しい圧力を生み出す。
シュインシュインと音を立てて白く輝くその様は、どこか少年期によく読んだ漫画を思い起こさせる。
「どうだい?君も、フルパワーの強化魔法は初めて見ただろう?」
「ああ。強そうだな」
次は俺の番だ。
魔力を使わない身体強化の、その特異性と実力を見せる時。
『それでは次、虚無の寵愛者』
指名され、カメラが向けられる。
俺は先程とは違って、カメラには一切の目を向けず───ただ左手を胸に当て、それを起動する。
「───身体操作、プリセット
瞬間、俺の体は小さく跳ね───構造が大きく変わる。
「っ・・・これは・・・!」
筋力も、骨の耐久力も、内蔵の強度も、機能も、体に流れる魔力の内圧も。
全てが変化し、より戦闘に特化したものへと、自動的に作り替えられていく。
「ふーっ・・・」
体内に流れる魔力の内圧が上がったことにより、俺の体の周りには魔力漏れによる薄い膜が張られ、それが静かに波打つことにより、まるでオーラのように振る舞う。
そして、銀色に輝くそれは無音の圧を放ち───俺の髪をゆっくりと小さく揺らす。
静寂を体現したかのように、神々しく輝き。
威圧感の塊として、対象を睨みつけて。
「・・・・・準備は、万端だ」
胸から手を離し、真っ直ぐにナギの方を見つめて、冷徹な口調を意識して言葉を放つ。
もともと集中すると全く無言になる性分だ。
無口な風に振る舞うには丁度いい。
「・・・ははっ、カッコいいね。少し羨ましくなっちゃうかな」
「・・・・・」
ナギの言葉に対し、俺は少しだけ悪めな微笑みを見せつつ、黙り込んだままでいる。
『───両者、身体強化による準備はできたようで何よりです。では、アリーナの中心に落下してきた魔石が弾けると同時に戦闘開始です』
そんなアナウンスが鳴り響くと、上空から小さな紫色の石が落ちてきて、チカチカと輝き始めた。
「グレイア」
「・・・?」
ナギが話しかけてくる。
「お互い、楽しくやろう」
微笑みながらそういったナギに対し、俺は再び悪めの笑顔を見せつつ、言葉を返す。
「・・・ああ。真面目に楽しく、有意義にな」
俺がそう言ってから3秒くらい。
チカチカと輝いていた魔石が凄まじい音を立てて弾け、戦闘開始の合図がアリーナに響く。
それを確認した俺は右手を動かし、大きく一歩を踏み込みながら唱える。
「千変万化───短剣」
右手に呼び出された短剣に俺は全力で魔力を込め、剣圧でナギをぶっ殺すくらいの勢いで刃を振り抜く。
「ッ!」
威圧感に攻撃の意思を感じ取り、ジャンプして上空に退避したナギの下を、俺が放った魔力込めの剣圧が通過し───先程までナギが立っていた場所の後ろにある壁を大きく抉る。
「早速か───」
そうやって独り言を呟きつつ、視線を破壊の痕に向けたナギに対し、俺はいくつかの魔法を発動して隙を突こうとする。
まずはその場に分身を残し、次に瞬間移動で向こうの俺を捕捉しているナギの頭上に現れた。
そして、このまま脳天を叩き割ってやろうと刃を振り下ろしたが───寸前で気づいたナギに回避され、足で腹を蹴られてしまう。
「ぐっ・・・」
俺はかなりの距離を吹っ飛ばされてから着地し、探知魔法でナギの位置を確認しつつ迎撃の準備を整える。
「はっ!」
ナギは後ろに瞬間移動して薙ぎ払いをしてきたため、俺はナギの正面の少し離れたところに瞬間移動して攻撃を避け、瞬間移動した時の上下反転した姿勢のまま攻撃魔法を放つ。
「
左手で発動した魔法を投げてから、俺は姿勢を反転して着地する。
ナギは魔法をバリアで受け止め、今度は地面を蹴って肉薄してきた。
上段からの斬撃に対しては体をひらりとかわして回避し、切り返してきた斬撃には後ろへ飛び、再び瞬間移動で後ろに回ってきた攻撃に対しては、俺も半回転して刃を受け止める。
「っ・・・」
鍔迫り合いのような状態になり、単純な力押しでは体格の差で負けるだろうと判断した俺は───ナギの、そのがら空きな脛を蹴り、姿勢を崩す。
「い゛っ!?」
そのまま左手で腹に一発をぶち込み、魔法を起動してナギにダメージをくらわす。
「がっ・・・」
「
ナギの腹と俺の拳との間に爆裂魔法を挟み、爆破の衝撃によってナギを後方へとぶっ飛ばした。
俺も少し後ろへ押されたが、向こうの方が圧倒的にダメージは大きい。
「・・・・・やるね」
そう呟いたナギは飛び上がり、空中に浮遊しつつ何かの魔法を展開した。
恐らくは何かのバリアだろう。
転移阻害と、他には何が混ざっているだろうか。
そしてまた、今度は攻撃魔法らしき何かをナギは発動する。
「くらえ!」
詠唱をせずに放たれた魔法は分裂し、無数の光弾となって次々と俺に迫り来る。
あのバリアによって、今は瞬間移動と、恐らくは入れ替えも対策されていることだろう。
残された手段は全ての光弾を跳ね返すか、受け止めるか、避けるか、突っ込んで攻撃をぶち込むか。
もちろん俺は、突っ込んで攻撃をぶち込む。
「ははっ!」
脚に力を込め、全力で地面を蹴る。
そして、俺はそのまま勢いを落とさないように光弾を左手で弾きながら、一直線でナギに接近していく。
「そう来ると思ったよ!」
俺の体をコーティングする魔力の膜は、魔法を正面から受け止めることこそできないが───受け流すように使えば、このくらいの魔法は弾くことが可能だ。
それは昨日、ティアと一緒に検証した。
「でも・・・まだだッ!」
あと少しというところまで接近し、バリアの範囲内に入ったところで、ナギは先程の光弾とは比べ物にならないほど特大の光弾を俺目掛けて打ち込んできた。
「千変万化、刀」
目の前を覆う巨大な光弾に対し、俺は固有武器を変質させて魔力を込め、居合の構えで相対する。
そしてタイミングを見計らい───ぶった斬る。
「─────」
俺の両側を通り過ぎていく光弾。
その向こう側から、ナギが光を背後に飛び込んでくる。
「はあッ!」
全力の振り下ろしをギリギリで受け止め、押しつぶされないように調整しながら空中に留まる。
形を維持できずに崩壊した光弾が背後で大きく爆発したため、ナギは俺をそこにぶち込もうと思ったのだろうが───そう上手くいかせるものか。
逆に
「・・・っ、まさか!?」
「遅い!」
俺の体の表面からバチバチと白い雷が走り、それが瞬時に、かつ放射状に広がっていく。
「ストーム・プロテクション!」
周囲10メートルという範囲内に、無差別に魔力の流れを乱すジャミング効果を与える俺の自爆は、ナギを巻き込み、特大のデバフをくらわしてやったかと思われた。
しかし、ナギはそれを寸前で回避し───俺の少し遠くに着地した。
「・・・危なかった」
「チッ」
さっきの爆発でバリアが崩壊したのか。
それでギリギリの瞬間移動が間に合ったらしい。
「・・・」
キラキラと散らばり、宙を舞うバリアの欠片の中でゆっくりと着地した俺は、キッとナギの方を見る。
よく見ると、ナギの左肩から右の脇腹にかけて、斜めに大きく斬撃の傷が残っているようだ。
恐らくは先程、俺が光弾をぶった切ったときの斬撃が貫通してナギに当たったのだろう。
慣れているのか、痛くはなさそうだ。
「まったく・・・君の実力は、本当に予想以上だよ」
ナギはそう言って笑うと、左手に何か特殊な魔法を起動し、握りつぶす。
「・・・だから、僕は本気で相手をする。君も、準備はできているだろう?」
すると、ナギを覆うオーラの質が変化し───より濃度の高い、ギラギラしたものへと変わる。
魔力の流れも硬くなり、波打つ動きも硬く、小さなものとなっていく。
「ちょっと魔力の消費が馬鹿にならないけど・・・でも、これで君の攻撃は僕に通らない」
見た目と魔力の動き、そして本人の言葉から導き出すなら、ナギは常に硬いバリアを纏っているような状態となったわけだ。
・・・だとしても、それが俺にとって厄介なバフになるわけじゃない。
方法ならある。思いつく。試すことができる。
「・・・そうか」
「ああ、それと。この魔法を模倣をしようだなんて思わないこと」
「どうして?」
「これはイメージじゃなく、理論で組み立てた魔法だから。真似しようとするだけ無駄なのさ」
なるほど、心外だな。
そんな狡い魔法、真似しようなんて思わない。
俺にとって「攻撃が通らなくなる」なんて、戦いがつまらなくなる魔法は───真似しようと思うどころか、ゴミほどの興味すら湧かない。
「忠告ありがとう。だが、心配しなくていい」
「・・・?」
「そんな魔法・・・俺にとっては、真似をする価値すらない代物なんだからな」
ただ俺の嗜好に合わないというだけのことを、煽りに変換して口に出す。
この言い方をすれば、俺がその魔法を使い物にならないゴミだと思っているのか、それとも単に興味が向かない魔法ってだけなのかが判別できない。
だからといって、俺が嘘を言っているわけでもないのは本人が嫌でも把握してしまうことだから、そこそこ頭にくる事だろう。
「・・・ちょっと、ピキったかな」
「言ってろ」
「・・・・・ははっ」
俺が短く返すと、ナギは乾いた笑いでこちらを睨み、魔法を準備し始めた。
続いて、俺はさらに煽りを入れるために───上着を収納魔法に脱ぎ捨て、軽く肩を回してから、左手でそれっぽく手招きのジェスチャーをしてみせる。
「・・・来いよ」
俺も本気だと言わんばかりの仕草に、ナギは準備した魔法を全力で放つ。
「はっ!後悔しなよ───」
接近してきた光弾は凄まじい威圧感で、内部には特大の爆裂魔法が仕込んであることだろう。
対して俺は固有武器を収納し───その爆発寸前の光弾を、魔力を込めた右腕の手刀で弾き返す。
「・・・ふーっ」
そして、弾き返した光弾はナギの頭上で凄まじい爆発を起こし、その威力を見せつけてくる。
「─────」
瞬間、俺の懐に潜り込んでいたナギは、俺の死角から刃を振り抜き───俺の体を両断しようとしてきた。
俺は探知魔法でそれを察知していたため、瞬間移動による回避行動でナギの刃を避けつつ、そのがら空きの背中に蹴りをぶち込む。
「ぐっ・・・」
流石といったところか、ナギの体は先程のオーラにより、背中までがっちりガードされている。
だが、衝撃は通る。
こうして動くことが出来ている以上、柔軟にしなければならないそのオーラは───衝撃を完全に防ぐことはできても、逃がすことはできていない。
加わった衝撃は運動エネルギーとして大部分が消費されることにより、採算を取っているのだろう。
「お前、さっきより軽くなったか?」
現に、ナギの体はぶっとばしやすくなった。
正面からではなく、不意打ちを主体にすれば───ナギを疲労させることもできるし、魔力切れを狙える。
「どうだろう・・・ねっ!」
だが、その弱点は把握されているはず。
嘘をつけないという特性を持っていながら、わざわざ弱点を言ってのけたのは・・・そういった意図があるからという可能性が高い。
「
もしかしたら、それすらもハッタリである可能性すらあるが───そんなことはどうでもいい。
「逃げてばっかりじゃあ終わらないよ!早く攻撃を・・・おっ!?」
俺が目指すのは、こいつの防御を正面からぶち抜くこと。
例えその行動が予測されていようと、関係ない。
「・・・分身を使った背後からの攻撃か!本当、君は頭が回る!」
翻弄してぶち抜く。
その余裕そうな態度、すぐにぶち破ってやる。
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