第38話:不公平な『勝負』


『スパイさんの晩ごはん。』

第三章:ツーク・ツワンクの老人たち。

第十話:不公平な『勝負』


あらすじ:老将軍とゲームをすることになった。

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戦争とは国と国とが争うことで、1人でするものじゃない。


剣を取って前線で戦う者、弓で援護をする者、策を練って挟撃を企む者。それらを指揮する者に補給物資を運ぶ者、連絡を伝える者。もちろん、兵士の食料を作る農夫や武器を作る鍛冶師なんかと、たくさんの人間が関わっている。


手を汚さなくとも、その国に住んでいるだけで戦争に関わっている。国中の人間が関わっている。


だから、いくら老将軍が英雄といえども、どんなに優秀な国王がいたとしても、ひとりで戦争を終わらせるなんてできない。だが、老将軍は首を縦に振った。


「けどな、ちょっと面倒な頼みだからなぁ。三回くらいは楽しませてもらうぞ。」


老将軍は三回戦。先に二勝した方を勝ちと条件を増やした。だが、それだけの勝敗で私の願いの代償になるとは到底思えない。私が狼狽している間に話は進み、老人のひとりが将棋の盤を卓に乗せる。野次馬は何時の間にか増え取り囲み、ボーイは涼しい顔をしてドアの前を守っている。


逃げ場はない。


今さら、無かった事にできそうにない。


たった一言、つまらないことを言ったばかりにと、後悔するが悪い事ばかりでもない。もしも、私が勝利をもぎ取り、老将軍が本当に戦争を終わらせることができれば、それはそれで良いし、戦争が終わらなくても今の状況が続くだけだ。仮に負けても私にペナルティらしいものは無い。


「ああ、そうだ。オレが勝ったらどの娘が本命か教えろよな。」


初手の『歩』を摘まみながら、老将軍は条件を追加する。パチリと小気味よい駒の音を聞きながら、私は苦虫を嚙み潰した。


せっかくペナルティが無いことを喜んでいたのに、老将軍は後出しで追加したのだ。だが、戦争を終わらせるという荒唐無稽な願いの代償が、私の好きな女性を教えろというのでは釣り合わない。


どこの世界に自分の命を賭けて、他人の恋愛に首を突っ込む男がいるのか。戦争を止めるには暴力で戦場を治めるか、政治的な方法、少なくともバスケット王国の国王と、フォージ王国の国王の両方を説得をしなければならない。


私は老将軍の歩の動きに併せて、自分の駒を動かした。


「答えが無かったとしたらどうするんだ?」


生憎と今の私は恋愛をするつもりは無い。誰かを選ぶつもりも毛ほども無い。誰かを好きになったとしても、相手に好かれる資格など無い。私はこの国の毒だから。


それはクエイルも同じだ。お互いに傷を舐めあうような関係が健全なわけがない。なので、最初から老将軍の期待には応えられない答えなんて無いのだから。


「ひとりくらい気になる娘がいるだろう?花街の女もえらい美人だったそうだし。」


「ターニップちゃんを裏切るというのか?!」

「まさか、他にも女がいるのか?!」

「女の敵じゃ!!」


ターニップもシャロットも、そしてクエイルも、それぞれ方向は違うが大抵の人物が振り返るだろう。ターニップは純朴な美しさ。シャロットは活発な美しさ。クエイルは妖艶な美しさと言ったところだろうか。そして、性格もそれぞれに良い所が有る。だが。


「美人なのと好みは別の話だ。」


憤りで顔を赤くする老人達は無視する。いちいち彼らに反応しているとキリがない。老将軍が無駄な話ができないように私がどんどんと駒の動きを早めると、老将軍も私に負けじと駒を動かすスピードを速める。パチパチと駒が軽快に動いていき、すぐに言葉は無くなってゲームは決着を迎えた。


「王手。」


「ふふ。オレの癖が完全に読まれているな。」


私の勝ちだ。


将棋では何度か手合わせしていたから、いくつかのクセを知っていた。考える時間が少なければ、自分のクセは出やすくなる。


「まったく、怒らせると怖いな。」


「大見得を切っておいてどういうことだ将軍!」

「マートンを怒らせると失敗すると言っておいただろう!」

「この不始末はどうするつもりだ?」


ワイワイと野次馬が騒ぐ中、老将軍は冷静にボーイを呼ぶと野菜ジュースを頼む。野菜ジュースは潰した野菜を絞ったもので、萎びた野菜しか手に入れれあれないフォージ王国では手に入れられない。日持ちがしないのだ。


新鮮な野菜は酔いに効くので、私も同じものをを頼む。シードルを少ししか飲んでいないが、酔いを醒まして万全を期さないと老将軍に勝てない。私は次の対局に備えて盤に散りばめられた駒を集めていると、老将軍は駒を片付け始めた。


「次は変わったゲームをしようか。『人棋』は知っているか?」


「ああ、昔教わったことはある。」


将棋の駒が軍隊を現わしているとすれば、『人棋』の駒は人体を現わしている。元々は武術を教える時に人体を現わした駒を利用されていたらしいが、流用されて遊び道具になり、武芸を嗜む貴族の間で一時期は流行ったそうだ。


だが、その『人棋』はルールが難しく、将棋やチェスのように一般には広まっていない。人体の立体的な動きを盤の平面で表現するのが難しいのだ。なので、相手の駒と重ねて取り合うのではない、足を置く位置や腕の振り方によって点数の縁が変わり、武器の有無によっても変わってしまう。


そして、立体的な動きをする人間と違って、盤の上の駒は平面的な動きしかしない。異世界から来た勇者や聖女が広めたゲームの方が解りやすく、面倒くさく非現実的な『人棋』は廃れていった。


今では遊ぶ者も少ないゲーム。これなら、お互いのクセを知らないので、戦いは手探りになる。もっとも、私はほとんどしたこともないゲームだし、老将軍が得意としている可能性も高いのだが。


「…いいだろう。」


初戦は将棋で勝ち星を掴んだが、次は老将軍も引き締めてくる。同じように勝てると限らない。どうぜ、五分五分の勝ち目なら、老将軍の手やり方を見せてもらうのも悪くない。


「武器はどうする?」


老将軍は剣と盾を自陣に置いて、私に武器の選択をうながした。『人棋』は人を操るゲームなので武器を持たせる事ができるし、両者の同意があれば、盤上に三人だろうが四人だろうが増やす事もできる。これもルールの難しさに拍車をかけたひとつなのだが、今回は初めてということで、お互いに一人ずつだ。


私も故郷のクソジジイに無理やり教え込まれなかった、覚えようともしなかっただろう。人生、何の因果が役に立つか判らないものだ。


「槍で。」


「ふっ!槍を選ぶとはシロートが!」

「近接では剣こそ正義!」

「ワシはメイスが好きなんじゃがのぉ。」


老人達は言うが、人間の部位を模した駒を動かすのだから、実戦と同じように長い武器ほど有利になる。私は盤面に槍の駒を置いて、右足の駒を一つ下げて半身の姿勢に変える。老将軍は片手で剣を構えて槍の穂先とは逆方向へと回り込む様だ。


現実と同じように槍は長いので小回りが利かない。懐に入られたら厄介なので、私も老将軍の駒に併せて回転をしなければならないだろう。


「このままでは埒が明かないな。」


現実の戦いと違って、盤上の駒は疲れる事を知らない。たとえ操っている人間が疲れたとしても途中でゲームを止めて休憩すればいいのだ。くるくると盤を回る駒たちにしびれを切らしたのか、老将軍は駒に地面を蹴らせ盤上に砂の駒を置いた。


砂は飛び道具になり私はこれを躱すか受けるかしなければならない。そうしなければ現実と同じように目潰しの状態になる。目の前に刃を持った人間がいる状態で目潰しになればそれでゲームは終わってしまう。


砂を避けるために大きく動くと、今度は老将軍が私に逃げる方向へと剣を投げた。投げるためには事前動作が必要になる。剣を投げるならば、振りかぶる動作が。その動作を砂を蹴り上げる動作に紛れさせていたのだ。


だが、いくら不意打ちで投げようと、盤のゲームである『人棋』では時間に余裕がある。体を動かす事が苦手な私でも投げられた剣を余裕をもって槍で往なすことができる。


老将軍は少しできた時間で後ろへと回り込んむ。だが、現実と違って後ろに回り込まれたからと言って見えないと言う訳ではない。穂先は回せないが、槍の尻には石突と言う重りが付けられている。相手は剣を手放している。拾うまでには時間がかかる。


「暗器を使わせてもらうぜ。」


「よし!将軍得意の暗器じゃ!」

「マートンもこれでおしまいじゃ!」

「ふっふっふ、絶対にターニップちゃんと言わせてやるぞぉ!」


暗器と言うのは武器を隠し持つことだ。現実でも起こりうることなら『人棋』でも使える。『人棋』は稽古の道具として作られた歴史があるが、想定されているのは戦場だ。戦場では盾の内側にナイフを仕込むくらいはいくらでもあるだろう。


もちろん、暗器と言うからにはゲームを始める前に仕込んでおかなければなら無いが、私が考え事をしている間に、老将軍はちゃっかりと仕込んでいたようだ。暗器だから私に気付かれないように仕込むのは当然で、老将軍の動きを見落としたのは私の失策だ。


老将軍は石突を盾で受け流して、ナイフを私の喉元に突きつけた。たぶん、暗器など使わずとも、素手の攻撃でも私は終わっていただろう。今さら文句を言うつもりもない。


一勝一敗。


ゲームは振出しに戻った。



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次回:秘密の『抜け穴』

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