【ボツ】怪Vtuberの殺人オークション・チャンネル(6).text


 貸切状態のライブハウスというのは、薄暗く──ほのかにタバコと機材の金属のかおりが漂っていた。まるで、感情の燃えカスが残っているような──どこか物悲しさも感じられる。

 今日の出し物はひとつだけ。殺し屋ドモンと、ホロウと名乗る化け物の、時間無制限デスマッチ。敗北は死を意味する。


「ビールあるぜ。飲るか?」


 返事も聞かずに、サイは客席に併設してあるバーカウンターを漁り、冷蔵庫から瓶詰めのタフ・ビールを二本取り出すと、栓を抜いてそのまま口をつけた。


「飲まなきゃやってられませんか」


「……すまん、ドモン。そのとおりだよ。自分が死ぬかもしれないって思うと、な」


 ビール瓶の底がカウンターに触れ、ガタガタと音を立てた。慎重に置いた意味はまるで無かった。


「君を死なせる気はありませんよ」


「ありがたいね。持つべきものは友達だよ。……TJはうまくやるかな」


 彼女には、ドモンたちが明るくないネット上での工作を依頼している。マリー&ホロウは、ネット上に巣食う化け物だが、言い返してみれば同じリングの上に立てば戦えるのだ。

 とはいえ、TJはただの動画配信者であり、ハッキングなどの専門知識はない。あくまでもドモンの立てた仮説を元にした『プランB』だ。あてにはできない。

 ならば、どうするのか?

 このライブハウス──Wifiが通り、逃げ場のないこの地下空間で、ホロウの存在を逆に完全消滅させるしかない。


「彼女はアテにしてません。もとから、僕らの無茶に付き合わせるわけにもいきませんからね。僕が負けたらそれで終わり。君はホロウの頭をくっつけて、次の獲物を狩りに行くことになるわけです」


 サイは視線を落とし、無言のままビールを煽った。つまりは二人とも死ぬということだ。言葉に出さなくてもそれは確かだった。

 ホロウは、三日以内に相手の首を切るという。今日は三日目。これまでなんとか凌いできたが、ドモンには懸念があった。

 昨日のホロウは、一日目のホロウより明らかに力が強かったのだ。一日目に手を抜いていたのなら良いが──ドモンは何か別の理由があるような気がしていた。

 元々ドモンは、こういう修羅場に身を置いてきた男だったが、そこにしか身の置き場がないことにうんざりして──何より恥ずかしかった。そこは自分の居場所ではないような気がしていた。

 だが皮肉なことに、そんな修羅場から離れると生活が立ち行かなかった。ドモンにとって認めたくない事実だったが──彼は誰よりも殺し合いという修羅場に適応していたのだった。

 そんな彼が、不安を覚えること自体、そうはないことだった。殺し合いに挑む者は、覚悟が決まっている。覚悟が決まると、頭の回転が良くなり──勝ちへの道筋が見えるようになる。

 しかしそれは、相手を理解しているという前提あってのものだ。ホロウについては、情報が足りない。不確定要素が多すぎて、予測もつかない。

 加えて、力の強さの増大。不安だった。

 しかし同時に、氷を持った時に、徐々に掌に冷たさが浸透していくように──ドモンの覚悟が冷静さを取り戻していった。

 サイを殺させはしない。どんな化け物だろうと、自分から友人を奪う権利はない。ドモンはバットケースから刀を取り出し、鍔を指で押して、白刃を確かめた。果たして、この刀は化け物を断ち切れるか? 分からない。しかし、やるしかないのだ。

 マリー&ホロウの配信開始のアラートが、警察から借りたスマホに届いた。

 どういうからくりかはわからないが、マリーは動画の視聴者の存在──なんだったらその現在地を感知できると見るべきだ。つまり、この動画にアクセスした時点でホロウを誘い出せることになる。


「ドモン。本当に一人で大丈夫なのか?」


「信用しろとは言わないですけどね。理由はあります。……僕は暗殺者ですから。一対一なら、いくらでも隙をつきようがあります」


「頼もしい限りだよ……」


 そして、マリーの動画が配信が開始されたアラートが鳴った。ステージに警察から借りたスマホを置いて、舞台装置のコンソールを操作し、スポットライトを浴びせる。スマホだけがステージに載っている光景は、どこか異様に感じた。


「やりますよ」


「分かった」


 ドモンがステージ上でアプリを立ち上げ、動画を再生させる。マリーの甲高い声が響いてくる。今のところ、普通の雑談をしているようだ。しばらくそんなとりとめのない話が続いて、サイはふと口を開いた。


「すまん、ドモン。……トイレ行っていいか」


「……君ねえ、緊張感どこに置いてきたんです?」


「ビール飲んだのがまずかったな……すぐ戻るから」


 ホロウが出てくるとすれば、あのスマホだろう。そこから離れると言うのなら、問題はないはずだ。ドモンはそう判断し、彼を見送った。 バンドのフライヤー、ライブの告知、小劇団の公演ポスターがところ狭しと貼り付けられた薄暗い通路の先に、トイレはあった。

 男性トイレだったが、通路と同じようにポスターとフライヤーだらけなのを除けば、そこそこ綺麗にしてあるトイレだ。用を足して、手を洗うために蛇口をひねる。ドモンがなんとかしてくれるとはいえ、あの異様な空間に戻るのがなんとなく躊躇われる気がして、普段より念入りに手を洗う。ハンドソープを使って、よく泡を立て──手を洗い終わり、顔を上げる。鏡の中には、ひどい顔色の自分がいた。無理もない。わけのわからない存在から一方的に命を狙われているのだ。サイは自分の後ろに、白塗りのデスメタルバンドのフライヤーが貼ってあるのを見つけて、顔を洗うことにした。

 冷たい水が、自分の焦燥感を少しだけ取り除いてくれた。ハンカチでぐいぐいと顔を拭う。

 再び顔を上げると、そこには顔色がマシになった自分と、ニヤリと笑みを浮かべるホロウの顔が映り込んでいた。

 絶叫したと思ったのに、声が出なかった。恐怖から口をパクパクさせるだけだ。ホロウは笑い、左手に握り込んだナタを容赦なく振りかぶると、横一文字に薙払った。サイは咄嗟にそれを屈んで避け、転がるようにトイレを出て駆け出した。 後ろでは、ホロウが足でトイレの扉を蹴破っているところだった。

 殺される。左腕に握ったナタをホロウが再び振りかぶり、廊下の先にいるサイに向かって投げつけてくる。

 自分の背中に深々と刺さるそれを想像し、サイは思わず息を呑んだ。

 走っている背中に何かが触れたような気がしたのは、その直後の事だった。ドモンの羽織っている黒いジャケットが影となって、サイを軽々飛び越えていったのだ。

 彼は刃を鞘に滑らせて、剣を抜き、ナタを弾き返す。空中で逆回転したそれが、今度はホロウに向かって飛ぶ。しかし敵もさるもので、左手を臆せず前に出し、なんとそのままナタを掴み取ってしまった。刃が交錯し火花が散る。鍔迫り合いが始まる。ドモンは歯を食いしばる。明らかに『昨日より』力が増している!


「あんたねえ……聞いてないですよこっちは。スマホから出てくんじゃないんですか」


「んんッ! オバケに常識は通用しない」


「そりゃおみそれしましたね……ッ!」


 ドモンは力を抜いて、体勢を右側へわざと崩す。力で押していたホロウにとっては、思わぬ形で虚を突かれ、前のめりになってしまった。鍔迫り合いの時に有用な、受け流しの高等テクニック。いわば剣を使ったウィービングだ。崩した背中に向かって、心臓めがけて刃を振り下ろすが──当たらない。ナタがそれを防いでいる。

 ホロウの肩が意味不明な方向にネジ曲がり、ナタをむりやり背中に持ってきて刀を防いだのだ。


「言っておくけど……そもそもこっちは死体だから痛くね〜んだよ。ビビっただろ、お前ェ」


 ホロウの首がぐるりと背中に回転して、けたけた笑う。ドモンはそれに反応もせず、今度は首を落とさんと刃を構え直した──が、すぐに悪手だと気づく。

 ホロウに関しては首を落としても死なない。すると、首のつなぎ目が僅かに開き始め、間から荒いポリゴンのような淡く光る触手が、ドモンの顔めがけて迫った。首を反らして回避するが、頬に傷を残すほどの勢いで撫でた。


「惜しい。惜しい惜しい〜ッ。いい加減くたばれよォ!」


 今度はホロウの腰が百八十度回転し、空中に浮かんだかと思うと、そのままドモンを蹴り飛ばし壁に叩きつける。直後ナタが同じ壁に突き刺さった。同時に、ホロウはドモンの腹に足をかけ、そのまま紙でも裂くように、壁を滑らせる。到達点はドモンの首だ!


「んんん゛ッ! 教えてやる。生贄になった人間の首から下は、わたしになる。お前もそうなるんだ。あの記者もな……」


 ドモンは刀で迫りくる刃を防ごうと試みるが、彼女の力はあまりにも強かった。とても防ぎきれるものではない。刃が首を断つ前に、防ごうとしている刀の背が、首に食い込み始め、意識が朦朧とし始める。

 ヤバイ。

 首に血がにじみ始めているのがわかる。いよいよマズい。


「強い体は好きだぞ? だがあの記者は期待できそうにないな……お前の体を使って、試し斬りの的にしてやるか? ん? どうだ? 『お前がそうする』んだぞ? どんな気分だ?」


「最悪の気分ですよ。……あんた、余裕なくなると口数多くなるんですねえ」


 首からゆるゆると血が流れ始める。刀が折れて首を切られる前に、窒息しそうだ。

 もう駄目なのか。

 ドモンが覚悟を決めそうになった、その時であった。


「大人しくしろ!」


 廊下の奥で、サイがスマホを持ってこちらにかざしながら、仁王立ちしていた。ステージからスマホを取ってきたのだろう。


「お前は後だ。……二秒もあれば……んん゛っ! 殺せるからな」


「おい、ナメてもらっちゃ困るぜ、バケモンが。これ見ろ」


 サイが画面に表示していたのは、違反報告通報ページであった。そこには、現在まさに配信されているマリーのチャンネルを通報すべく、必要事項がすみからすみまできっちり埋められている。


「俺のダチを離せ。これを送信したら、お前の大元のチャンネルは大変なことになるぞ」


 ホロウは呆気にとられていたが、やがて笑みを浮かべ、咳を交えながら笑い始めた。


「お前ェ……馬鹿か? 馬鹿だろ。情報弱者がよ。お前ごときが一回違反報告したところで、マリーのチャンネルは消えねえよ。あ? イライラさせてくれるな……イライラ……イライラよォ……イライライライラさせて……イライライライライライラ!」


 ホロウは刃を引っこ抜き、ナタを再びサイに向かって投げつけた。彼は思わずその刃に背を向けてながら、ただ違反報告を送信した。

 ナタは当たらなかった。それどころか、『ナタごと消滅』してしまった。同時に、ホロウの姿も消滅した。ドモンは壁から背中をずるずる滑らせ、地面に尻もちをついた。


「ドモン! 生きてるか!?」


 刀を握りすぎて、手が白くなっていたところに、首からの血が少しだけ散った。刀の背が食い込んだことによる傷で済んだのは、運が良かった。ナタを防げていなかったら、確実に首と胴体が別れを告げていただろう。


「君ねぇ……秘密兵器があるならもう少し早く使ってくださいよ」


「悪いな。報告に配信URLが必要だったもんだから、ちょっと手間取った」


「警察でわざわざスマホを借りだしたのにも意味があったってことですか?」


「そういうことだ。こいつはサイバー犯罪対策室のものでな。このスマホからの違反報告は一撃垢BAN──つまり即動画削除ってことだ。効くかどうかはわからなかったし、お前のオカルト推論以下の付け焼き刃だったからな。内緒にしてた」


「そうですか。僕を見殺しにしないでくれて感謝しますよ。……でも、今度からはそういう策も僕にも話してくださいよ」


「わかったよ。……さて、お詫びにタバコでも奢るぜ。ここは禁煙だし、早く出よう」


 サイはドモンを引き起こすと、肩を貸して立ち上がった。


「当初の報酬も忘れてないでくださいよ」


「おう。……レッドドラッカーでピザも奢る。ビールもつける」


「持つべきものは友達ですね」


 ドモンはにへら、と弱々しく笑った。サイもそれに釣られるようにして笑った。

 二人の男にとって、生き残ったことはまさしく、笑顔に値することだった。

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